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ネフィリム・エスカトロジー  作者: 弓チョコ
第8章:堕天使の代償
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第88話 ハーフウェイポイント

「追わないのかしら」

「……!」


 眼下には、既に島を降りて金星の大地へと足を踏み入れた文月が見えた。

 アレックスはそれを、ただ棒立ちで眺めている。


「……私は、金星へ降りられません」

「何それ。どうして?」


 美裟はアルテを抱え上げた。恐らくは脚が動かせなくなっている。それほど本気で、フランソワを止めようとしたのだ。


「……私は元『グリゴリ』のメンバーでした」

「!?」


 アレックスは観念したように、その場に崩れ落ちた。


「急な脱退をしてしまったので、もし『金星に私が戻ってきた』ことを知られたら私を殺しに来るでしょう。九歌島も狙われます。……『大地の上』は全て、彼らが監視していますので」

「…………」


 美裟は、眉と首を捻る。

 当然のことだが。金星への有人探査は人類史上一度も無い。無人であればいくつかあるが、その殆どは通信途絶や大気圏で圧壊している。

 アレックスが、『金星から来た』など。


「『グリゴリ』って何なの?」

「…………メンバーが全て『堕天使』で構成された、組織です」

「……えっ」


 美裟は知らなかった。宗教知識がある程度あるとは言え、神社神道以外の宗教については浅い。文月から聞いたその単語をスマホで調べるには、九歌島は圏外だった。

 何よりその言葉は、市販の、一般的な聖書には記述が無い。『偽典』と呼ばれる、市販聖書外のユダヤ教書物でのみ、その記述があるのだ。


「……アレックス。貴方まさか、堕天使なの?」

「…………はい。但し『元』が付きます。私は今は、完全に人間ですので」

「……それが何で文月を『勧誘』するのよ」


 旧約聖書偽典『エノク書』によれば。


「……ノアの大洪水の引き金となったネフィリムの悪行。彼らの父親が、『グリゴリ』なのです。人間の娘を妻とした、堕天使の一団です」

「だから、それがどうして文月と関係するのよ!」

「理由はいくつかあるでしょう。しかし最も強いもので……『文月様のお父上』が、いらっしゃるからです」

「——!!」


 どくんと、鼓動が鳴った。

 美裟は言葉を失った。


「…………カエルム」

「ええ。……名を、知っておいでですか」


 以前愛月から聞いていた。

 文月が探し求めてきた『父親』が。

 ここに居ると。


「……愛月様が最も警戒していたことが、起きてしまいました。愛月様は、『グリゴリ』にカエルム様がいらっしゃることを『知らない』のです」

「!?」


——


——


『よく来たな。フミツキ』

「あんたが呼んだんだろ」


 赤き大地を踏み越え。文月は愛月達よりひと足先に、金星『内部』へと辿り着いていた。

 月のような街は無かった。金星の地表面にあった移動魔術から飛んだことは分かる。


 そこは『空の上』だった。青い空と白い雲。明るい景色。

 上を見ても果てしなく、下を見ても果てしなく続いている。星も太陽も見えず、陸も海も見えない。

 そんな『無限の空』には、九歌島のように浮いている島がいくつもあった。そのひとつに、文月は着地したのだ。

 まるで古代ギリシャやローマを思わせるような石造りの巨大な神殿が、目の前にあった。

 その柱のひとつに腕を組んで寄り掛かる、ひとりの人物が居た。

 『声』の主だと、文月は即座に理解した。この男が、自分を呼んだのだと。


 黒髪。黒い瞳。

 白い肌。すらりと細長く、しかし筋肉質にも見える体格。

 白いマント。白い服装。文月に詳しい知識は無いが、彼はこれも神殿と合わせて『古代っぽい』という感想を抱いた。

 そして。

 背中から見える、ふたつの。

 鳥のような黒い翼。


『ようやく……ここまで来たか。ハーフウェイポイントと言ったところか』

「!」


 スタートラインだと、言われたことがあるのを思い出す。

 ここは中間地点だと。


「あんたは誰なんだ。何故俺を」

『まあ焦るな。急かして悪かったな。ここへ来てしまえば、もう「時間の概念は存在しない」』

「はっ?」


 ゆっくりと石柱から離れ、腕をほどき、文月と正面から向き合う。

 比べると、身長差があった。文月が日本人の平均身長前後であるのに対し、『彼』は190もあるかと言った所だ。


『……こうして直に見ると、意外と大きくなっているのだなと実感する。人間の成長は早いものだ』

「……??」


 目を合わせる。

 黒い瞳と黒い瞳を。

 文月はその奥に、燃える太陽と煌めく星を見た。


『「初めまして」。私の名はカエルム』

「なっ!!」


 どくんと。

 美裟と同じように心臓が揺れた。

 今。目の前に居る存在が。

 19年間探し求めていた『父親』だと。


『……いや、アヅキに貰った名があったな。そちらでも名乗ろう。カワカミソラだ』

「…………とう」

『む?』


 表情が無い。

 口角は1°も上がらない。眉も1㎜も動かない。仏頂面の、彫刻のような顔。意識して見れば驚くほど整った造形をしている、別の意味でも彫刻のような顔。シワも弛みも全く無い、若々しい顔。


「父…………さん」


 だが。その瞳と。

 彼の中にある血が。

 告げていた。


『……私も、私を取り巻く環境も。たった20年で様変わりしてしまった。自らが選んだ道とは言え、息子に会うだけでここまで複雑な手順を踏まなければならないとはな』

「父さん!」

『だがアヅキの「計画」も大詰めだ。地上でも洪水が始まって七日経った。我々ものんびりはしていられなくなった』

「(いや話聞けよ! 感動の再会じゃねえの!?)」


 文月の言葉に反応しているのかいないのか。カエルムはひとり言のようにどんどん会話を進めていく。


『その様子だと、私の話は聞いているようだな』

「……!」

『まあ立ち話で済む話題でも無い。こちらへ来い。座って話そうか』


 カエルムは踵を返し、神殿の中へと入っていった。文月もそれに続く。ようやく会えたのだ。


「(絡みにくそうな父親だ……)」


 そんな第一印象であったが。


——


 神殿は当然ながら、民家ではない。神の像の前で跪く場所はあっても、座って話す場所など無い。床は石畳であり、像も柱も所々崩れ、割れ、埃を被っている。相当古いものだと予想できる。


『適当に座れ』

「…………」


 どの国の、どの宗教の神殿かは分からない。大広間の中心にある像もどんな神なのか文月には判断できない。

 カエルムはその像の前で反転し、文月に向かって腰を下ろし、片膝を立てて抱えるような胡座で座った。

 床に溜まった埃がふわりと舞う。


『どうした。埃が嫌いか? 汚れが嫌いか? 穢れが嫌いか?』

「…………いや」


 質問の意味も分からない。座って話そうと言って地べたに座る奴を見たら、椅子は無いのかと思うのは当たり前だろうと文月は思ったが。


「俺も荷担した事件で何億人も亡くなってる。充分穢れと仲良しだ」


 別に潔癖性でも無ければ、汚れて困る服でもない。文月も、冷たい石畳に腰を下ろした。


『そうだ。もっと汚れろ。お前は母親に大切にされ過ぎている。そもそもが淫らな女の息子であるというのにな』

「…………淫らな……」


 それを見ると、カエルムは少しだけ口角を上げた。そして、その口で愛月を貶した。


「(……やっぱり、許せない、よな。そりゃあ)」


 シレークスも言っていた。会えば必ず殺し合いになると。

 自分の妻が。それも自分に対して猛アタックを繰り返してこちらが折れる形で結ばれた妻が。息子の誕生から8年後には別の男と子供をもうけていたのだ。

 シレークスの怒りはカエルムにのみ向いていたが。カエルムの悲しみは愛月にも向けられているのだろう。


『驚きはしなかったがな。アヅキは「神のルール」を破壊することのみを目的とし、それしか考えていない。その為に取れる手段は全て取ってきた。必要とあらば、私との誓いを破ってでも悪魔と交わった』

「……誓い」

『アヅキと私の話で聞かなかったか?』

「いや……」


 文月も、その話は美裟から又聞きしただけだ。少しばかり抜けていても仕方無い。


「気になったのは、アレックスが出てこなかったのと、父さんから色んな知識を『知った』タイミングも分からなかったってくらいかな」

『知識については、この空間を利用した。私とアヅキは、お前が生まれるまで——体感で約10年、ここで共に過ごした』

「!」


 時間という概念が無い。カエルムはそう説明した。この『無限の空』と浮遊島では、時間が進まないというのだろうか。


『……アレックスは。アレは私の伯父だ。父の兄だった。……そのツテで、私が堕天した後の世話も受けた』

「えっ!」

『さらに言うならば、佐々原さつきの父親でもある。……分かりやすく言うならば佐々原きさらぎの祖父にあたる』

「…………なっ!!」

『まあ、それには私も驚かされたがな』


 文月は衝撃を受ける。アレックスが堕天使であったこと自体もそうなのだが。


『あなたの、従姉のお姉ちゃんみたいなものなんだから』


 愛月のあの言葉は。


「(……えっと、親の伯父……大伯父? の、孫……って、なんだ?)」


 単に仲が良いとか、同じネフィリムだとかいう理由ではなかったのだ。正確には、従姉ではなく『再従姉(はとこ)』であるが。


『あの男は堕天した挙げ句の果てに転生し、人間となった。曾孫が居る割に若いのはそのせいだな。大昔は、自ら人間へ落ちる天使も多かったらしい』

「…………!!」


 みるみる、情報を与えられる。それは愛月の『説明』の比ではない。当然だが、愛月に知識を与えたのが、この男なのだ。


『まずは全てを知れ。そこから考えて、答えを出せ。知らぬまま考えるのは、愚考というのだ。アヅキの目的の為の教育方針を、私は好いていない』

「!」


 愛月に『文句』を言えるのは。

 今のところ、ケイとこの男しか居ないらしい。

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