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ネフィリム・エスカトロジー  作者: 弓チョコ
第8章:堕天使の代償
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第87話 悪魔召喚

「しかし……殺風景ね。月とは全然違うじゃない」


 きさらぎは赤い大地を歩きながら呟いた。本当に何もない。見渡す限り地平線だ。


「なんか暑いし。やっぱ太陽と近いから?」

「そうですね。金星は太陽系で一番熱い惑星ですよ。確か地球調べだと、400℃くらいですね」

「いやそこまで無いでしょ。せいぜい40℃だけど」

「暑いのには変わりませんね」

「ウゥルペスさんなんで涼しそうなの」

「僕には魔術がありますから」

「ずるっ」


 愛月を先頭に、きさらぎ、ウゥルペス。彼の魔女がふたり。そしてホウラ。奇妙な組み合わせだとは思う。


「さて。……この辺りで良いかしら」

「!」


 しばらく歩いて。愛月が立ち止まった。そしてしゃがみ込み、地面を確かめる。


「何が?」


 きさらぎが周りを確認する。本当に何も無い。丁度、『九歌島』も見えなくなった辺りだ。


「久々に『使う』わ」

「?」


 その辺の石を拾って。愛月は地面に何かを書き始める。

 否。描き始める。

 それはひとつの大きなサークルと、その中に小さな図形と変な模様。


「……魔術?」

「ええそうよ」


 それは。

 きさらぎが初めて見る『愛月の魔術』だった。


「ちょっと恥ずかしいのよね。わたし下手だから」

「そうなの?」

「だって、歴でいえば娘達と同じなのよ?」

「あー……」


 シレークスと契約し、娘を産んでから魔女になった。

 そう考えるとそうなのだが。


「(愛月ちゃんが魔術下手っていうイメージ全然無いんだけど)」


 確かに、ここまで来て、愛月は『何もしていない』。説明と会議と指示だけだ。あとは笑っているだけ。愛月から『何かする』のはこれが初めてだ。子供達さえ直接見たことは無い。


「(今まで魔術を使わなかった理由——違う。旦那さんと会って『罰』を緩和させたから、ようやく使えるようになったんだ)」

「確かに、ちょっと陣が雑ですね。あっ。ここ間違ってます」

「いいのよっ。発動さえすればっ」


 ウゥルペスの指摘に、愛月は恥ずかしそうに取り繕う。その反応も新鮮だなときさらぎは思う。


「金星の文明? に連絡する魔術?」

「いいえ。そんなことできないわ。『それ』をしてもらう人を呼ぶのよ」

「呼ぶ?」


 愛月が陣の中央に立ち、呪文を唱える。


「——『悪魔召喚』」

「!?」


 石で掘られた線で繋がったサークルが、青黒く光り始めた。


「(悪魔を召喚する魔術! ……って、思えばなんかポピュラーといえばポピュラーね)」


 果たして愛月は、どんな悪魔を召喚するのか。まさかまた夫のシレークスだろうか。それはあり得るなと考えていると。


「!」


 魔法陣を覆うように、煙が上がった。


——


「……うわ、マジで呼びやがった愛月の奴」

「けほっけほっ! えっ? ここどこ!?」

「なんですかこれ。……うわ暑っ!」


 それは、3人の声。ひとりは男性、もうふたりは女性の声だった。


「うふふ。成功したわ。あー良かった」


 愛月の、安堵する声も聞こえる。


「おい愛月っ!」

「なあに?」


 煙が晴れる。

 きさらぎが初めに見たのは、男性の方だ。

 灰色の短髪。青白い肌。


「見ろこれお前、脚ちょっと地面埋まってんじゃねえかっ!」


 喋る時に見せる、ギザギザの歯。明らかに——『悪魔』と分かる容姿の男性。見た目は若い。20代に見える。

 その彼が、右足を膝まで金星に突っ込んだ状態で現れた。


「いや、だって。しょうがないじゃない。まだ慣れてないんだから。召喚できただけ褒めてよ」

「アホか! おいおい靴の中まで土が」

「あ…………!」

「あ?」


 それを見て。

 ホウラが震えだした。


「キャサリン……様!?」

「……おう。お前は……何だ?」


 両膝を突いて。両手も着いて。

 平伏した。


「ホウラは月の兵長さんよ。今回の協力者」


 愛月が説明する。


「なるほど。顔上げろホウラ。俺は別にお前らの上に君臨したことねえし、するつもりもねえよ。『護神』になるつもりは全くねえ」

「し! しかし……!」


 戸惑い、焦るホウラ。それ見たきさらぎは状況について行けていない。


「え? 誰?」

「ええ紹介するわ。私の友人で『半魔』の、ケイ君よ」

「半魔? アルテちゃんと同じやつ?」

「そうそう。で、ケイ。こちらが佐々原きさらぎちゃん。『復活の奇跡』を持ってるわ」

「ほう……?」


 ケイは興味深そうにきさらぎを見た。


「よ……よろしく」

「おう。よろしくな。あっちのふたりは俺の魔女だ。んで……」


 そして、ケイは次に、もうひとりの『悪魔』を見付ける。


「よう。ウゥルペスか。元気そうだな」

「!」


 声を掛けられて、ウゥルペスはびくりと大きな反応をした。


「なんだよ」

「いえ。……お久し振りですね、王子」

「その呼び方やめろ」

「(ヤバイですね。なんとなく、愛月さんのやりたいことが分かってきました。イコール、僕のやりたくないことなんですが)」


 続いて、ざくろと色葉もそれぞれ自己紹介をする。きさらぎは日本人の色葉を見て、少し安心したようだ。


——


「あれ文月達は?」

「お留守番よ」

「アレックスは?」

「同じく」

「…………」


 その意図を。ケイはなんとなく察した。


「なら、なんでこの——きさらぎだっけ。——が居るんだ?」

「えっ?」


 ケイからすれば。『当然』出てくるその疑問に、きさらぎは反応した。


「どういうこと?」

「は? おいまさか知ら——……愛月」

「なあに?」

「っ!」


 愛月はにこにこと微笑んでいた。


「え? なになに? 私とアレックスさんてやっぱ何か関係あるの?」

「あら」

「ほら本人も薄々気付いてるじゃねえか」

「今のはケイが悪いわ」

「いや知るかよ。『全部察して』みたいなお前のやり方は前から好きじゃねえ」

「無粋な男ねえ」

「だから! なんだってのよ! 愛月ちゃん!」


 きさらぎは遂に声を荒げた。アレックスからの微妙な視線や、彼に対する何らかの『違和感』は以前から感じていたのだ。


「……貴女のためなのよ。きさらぎちゃん」

「いーや。そんなんじゃ納得しない。私はフミ君ほど聞き分け良くないから。全部教えて」

「…………」

「(へえ。愛月さんが困ってますね。彼女にとって王子はあまり思い通りに御せない訳ですか)」


 ウゥルペスが興味深そうに見ていた。


「……分かったわ。でも、島へ戻ってからにしてくれないかしら。今は、交渉に集中したいの」

「良いけど、交渉?」

「ええ。その為にケイを呼んだんだから」

「あー。あんま期待すんなよ」

「どういうこと?」

「…………」


 ケイは、きさらぎを見て。この人物には後回しや誤魔化しは逆効果だと察した。


「俺は金星の主——『ルシファー』の子だ。愛月は奴との交渉に、俺を使う気なんだよ」

「はっ!? ルシファー!?」

「奴が最後に召喚された時に、惨めに縋り付いたイカれ女が居た。そのせいで俺は……悪魔王と人間のハーフなんだよ」

「…………!」


 ルシファーは、サタンと同一視される悪魔の王である。元は上位の天使であったが、神の座を狙った傲慢故に堕天使となって地獄へ落とされた。

 神への対抗として、最も有力視される存在である。


「まあ、とっとと行くぞ。俺も一度は『親父殿』に会ってみたかったしな」

「今まで会ったことなかったんですか?」


 ウゥルペスが訊ねる。ケイは、ちらりと色葉達を見た。ウゥルペスの魔女達と何やら話している。


「……あいつらじゃ金星へ辿り着く魔術は編み出せなかったんだよ」

「え? それって、僕の魔女の方が王子より『上』ということでよろしいですか」

「黙れウゥルペス」


 船の操縦も覚束ない色葉は、ルシファーの息子の契約者としては。魔女としての適正はあまりないのだろう。

 ざくろと、色葉。魔女は基本的に、『ふたり組』がセオリーである。アルテとセレネ。ウゥルペスの魔女もふたり組が5組。今彼に付いているのもふたり。愛月にもソフィアが居た。

 お互いの『罰』を治療し合えるからだ。


「……魔術の才能では選んでねえだけだ。それだけが全て、なんてことはねえ」

「ふぅん。僕はそれが全てだと思いますが」


 ウゥルペスは少し考えて思い至った。自分のように魔術と身体の好みだけで選んでいるのではなく、ケイは『妻』としてこのふたりを迎えたのだと。


「(シレークスさんとも、王子とも価値観が違う。あれ、僕ってもしかして、悪魔の中でも異端なんですかね……?)」


——


「さて。切り換えていくわよ。ケイ、ウゥルペス。お願いね」

「分かった」

「え……やっぱり僕もですか」

「あなた以外誰が居るのよ。悪魔が」


 ウゥルペスは露骨に嫌そうな顔をした。


「うぇ~……。本物の悪魔王と対面とか何を言われるか……」

「誰もお前など気にしてねえよ」

「それもそれでショックですね」


 だが彼も『夜』として、愛月の命令に従う他無い。ケイの隣まで進み、先頭に立った。


「やっぱ地下か」

「留守だったら良いなあ」


 そして彼らの魔術で。

 金星の扉が開かれる。

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