第87話 悪魔召喚
「しかし……殺風景ね。月とは全然違うじゃない」
きさらぎは赤い大地を歩きながら呟いた。本当に何もない。見渡す限り地平線だ。
「なんか暑いし。やっぱ太陽と近いから?」
「そうですね。金星は太陽系で一番熱い惑星ですよ。確か地球調べだと、400℃くらいですね」
「いやそこまで無いでしょ。せいぜい40℃だけど」
「暑いのには変わりませんね」
「ウゥルペスさんなんで涼しそうなの」
「僕には魔術がありますから」
「ずるっ」
愛月を先頭に、きさらぎ、ウゥルペス。彼の魔女がふたり。そしてホウラ。奇妙な組み合わせだとは思う。
「さて。……この辺りで良いかしら」
「!」
しばらく歩いて。愛月が立ち止まった。そしてしゃがみ込み、地面を確かめる。
「何が?」
きさらぎが周りを確認する。本当に何も無い。丁度、『九歌島』も見えなくなった辺りだ。
「久々に『使う』わ」
「?」
その辺の石を拾って。愛月は地面に何かを書き始める。
否。描き始める。
それはひとつの大きなサークルと、その中に小さな図形と変な模様。
「……魔術?」
「ええそうよ」
それは。
きさらぎが初めて見る『愛月の魔術』だった。
「ちょっと恥ずかしいのよね。わたし下手だから」
「そうなの?」
「だって、歴でいえば娘達と同じなのよ?」
「あー……」
シレークスと契約し、娘を産んでから魔女になった。
そう考えるとそうなのだが。
「(愛月ちゃんが魔術下手っていうイメージ全然無いんだけど)」
確かに、ここまで来て、愛月は『何もしていない』。説明と会議と指示だけだ。あとは笑っているだけ。愛月から『何かする』のはこれが初めてだ。子供達さえ直接見たことは無い。
「(今まで魔術を使わなかった理由——違う。旦那さんと会って『罰』を緩和させたから、ようやく使えるようになったんだ)」
「確かに、ちょっと陣が雑ですね。あっ。ここ間違ってます」
「いいのよっ。発動さえすればっ」
ウゥルペスの指摘に、愛月は恥ずかしそうに取り繕う。その反応も新鮮だなときさらぎは思う。
「金星の文明? に連絡する魔術?」
「いいえ。そんなことできないわ。『それ』をしてもらう人を呼ぶのよ」
「呼ぶ?」
愛月が陣の中央に立ち、呪文を唱える。
「——『悪魔召喚』」
「!?」
石で掘られた線で繋がったサークルが、青黒く光り始めた。
「(悪魔を召喚する魔術! ……って、思えばなんかポピュラーといえばポピュラーね)」
果たして愛月は、どんな悪魔を召喚するのか。まさかまた夫のシレークスだろうか。それはあり得るなと考えていると。
「!」
魔法陣を覆うように、煙が上がった。
——
「……うわ、マジで呼びやがった愛月の奴」
「けほっけほっ! えっ? ここどこ!?」
「なんですかこれ。……うわ暑っ!」
それは、3人の声。ひとりは男性、もうふたりは女性の声だった。
「うふふ。成功したわ。あー良かった」
愛月の、安堵する声も聞こえる。
「おい愛月っ!」
「なあに?」
煙が晴れる。
きさらぎが初めに見たのは、男性の方だ。
灰色の短髪。青白い肌。
「見ろこれお前、脚ちょっと地面埋まってんじゃねえかっ!」
喋る時に見せる、ギザギザの歯。明らかに——『悪魔』と分かる容姿の男性。見た目は若い。20代に見える。
その彼が、右足を膝まで金星に突っ込んだ状態で現れた。
「いや、だって。しょうがないじゃない。まだ慣れてないんだから。召喚できただけ褒めてよ」
「アホか! おいおい靴の中まで土が」
「あ…………!」
「あ?」
それを見て。
ホウラが震えだした。
「キャサリン……様!?」
「……おう。お前は……何だ?」
両膝を突いて。両手も着いて。
平伏した。
「ホウラは月の兵長さんよ。今回の協力者」
愛月が説明する。
「なるほど。顔上げろホウラ。俺は別にお前らの上に君臨したことねえし、するつもりもねえよ。『護神』になるつもりは全くねえ」
「し! しかし……!」
戸惑い、焦るホウラ。それ見たきさらぎは状況について行けていない。
「え? 誰?」
「ええ紹介するわ。私の友人で『半魔』の、ケイ君よ」
「半魔? アルテちゃんと同じやつ?」
「そうそう。で、ケイ。こちらが佐々原きさらぎちゃん。『復活の奇跡』を持ってるわ」
「ほう……?」
ケイは興味深そうにきさらぎを見た。
「よ……よろしく」
「おう。よろしくな。あっちのふたりは俺の魔女だ。んで……」
そして、ケイは次に、もうひとりの『悪魔』を見付ける。
「よう。ウゥルペスか。元気そうだな」
「!」
声を掛けられて、ウゥルペスはびくりと大きな反応をした。
「なんだよ」
「いえ。……お久し振りですね、王子」
「その呼び方やめろ」
「(ヤバイですね。なんとなく、愛月さんのやりたいことが分かってきました。イコール、僕のやりたくないことなんですが)」
続いて、ざくろと色葉もそれぞれ自己紹介をする。きさらぎは日本人の色葉を見て、少し安心したようだ。
——
「あれ文月達は?」
「お留守番よ」
「アレックスは?」
「同じく」
「…………」
その意図を。ケイはなんとなく察した。
「なら、なんでこの——きさらぎだっけ。——が居るんだ?」
「えっ?」
ケイからすれば。『当然』出てくるその疑問に、きさらぎは反応した。
「どういうこと?」
「は? おいまさか知ら——……愛月」
「なあに?」
「っ!」
愛月はにこにこと微笑んでいた。
「え? なになに? 私とアレックスさんてやっぱ何か関係あるの?」
「あら」
「ほら本人も薄々気付いてるじゃねえか」
「今のはケイが悪いわ」
「いや知るかよ。『全部察して』みたいなお前のやり方は前から好きじゃねえ」
「無粋な男ねえ」
「だから! なんだってのよ! 愛月ちゃん!」
きさらぎは遂に声を荒げた。アレックスからの微妙な視線や、彼に対する何らかの『違和感』は以前から感じていたのだ。
「……貴女のためなのよ。きさらぎちゃん」
「いーや。そんなんじゃ納得しない。私はフミ君ほど聞き分け良くないから。全部教えて」
「…………」
「(へえ。愛月さんが困ってますね。彼女にとって王子はあまり思い通りに御せない訳ですか)」
ウゥルペスが興味深そうに見ていた。
「……分かったわ。でも、島へ戻ってからにしてくれないかしら。今は、交渉に集中したいの」
「良いけど、交渉?」
「ええ。その為にケイを呼んだんだから」
「あー。あんま期待すんなよ」
「どういうこと?」
「…………」
ケイは、きさらぎを見て。この人物には後回しや誤魔化しは逆効果だと察した。
「俺は金星の主——『ルシファー』の子だ。愛月は奴との交渉に、俺を使う気なんだよ」
「はっ!? ルシファー!?」
「奴が最後に召喚された時に、惨めに縋り付いたイカれ女が居た。そのせいで俺は……悪魔王と人間のハーフなんだよ」
「…………!」
ルシファーは、サタンと同一視される悪魔の王である。元は上位の天使であったが、神の座を狙った傲慢故に堕天使となって地獄へ落とされた。
神への対抗として、最も有力視される存在である。
「まあ、とっとと行くぞ。俺も一度は『親父殿』に会ってみたかったしな」
「今まで会ったことなかったんですか?」
ウゥルペスが訊ねる。ケイは、ちらりと色葉達を見た。ウゥルペスの魔女達と何やら話している。
「……あいつらじゃ金星へ辿り着く魔術は編み出せなかったんだよ」
「え? それって、僕の魔女の方が王子より『上』ということでよろしいですか」
「黙れウゥルペス」
船の操縦も覚束ない色葉は、ルシファーの息子の契約者としては。魔女としての適正はあまりないのだろう。
ざくろと、色葉。魔女は基本的に、『ふたり組』がセオリーである。アルテとセレネ。ウゥルペスの魔女もふたり組が5組。今彼に付いているのもふたり。愛月にもソフィアが居た。
お互いの『罰』を治療し合えるからだ。
「……魔術の才能では選んでねえだけだ。それだけが全て、なんてことはねえ」
「ふぅん。僕はそれが全てだと思いますが」
ウゥルペスは少し考えて思い至った。自分のように魔術と身体の好みだけで選んでいるのではなく、ケイは『妻』としてこのふたりを迎えたのだと。
「(シレークスさんとも、王子とも価値観が違う。あれ、僕ってもしかして、悪魔の中でも異端なんですかね……?)」
——
「さて。切り換えていくわよ。ケイ、ウゥルペス。お願いね」
「分かった」
「え……やっぱり僕もですか」
「あなた以外誰が居るのよ。悪魔が」
ウゥルペスは露骨に嫌そうな顔をした。
「うぇ~……。本物の悪魔王と対面とか何を言われるか……」
「誰もお前など気にしてねえよ」
「それもそれでショックですね」
だが彼も『夜』として、愛月の命令に従う他無い。ケイの隣まで進み、先頭に立った。
「やっぱ地下か」
「留守だったら良いなあ」
そして彼らの魔術で。
金星の扉が開かれる。




