表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネフィリム・エスカトロジー  作者: 弓チョコ
最終章:旅の終着点
115/120

第115話 無題(アルティミシア)

「アルティミシアお嬢様」

「!」


 名前を呼ばれて、はっとした。

 自分は、今、何をしていたのか。

 壁を丸々くり貫いて作った大きな窓から、外の景色を見ていた。丘の下の、町の風景を。


「おはようございます。アルティミシアお嬢様。朝食の準備ができてございます」

「……フランソワ?」


 振り向くと、フランソワが部屋の入口に立っていた。ここは、どこなのか。

 自分の寝室である。『九歌島』ではなく。

 『月影島』の。


「さあ、お早く準備をしませんと、学校に遅れてしまいますよ」

「…………『学校』?」


 学校など、通っていただろうか。そもそも、どうしてこの屋敷に居るのだろうか。アルテは首を傾げながら、部屋を出る。


「……あれ、セレネはまだ寝てるの?」

「…………『セレネ』さん、ですか? 学校のお友達でしょうか」

「えっ?」


 違和感がある。

 何か、おかしい。

 アルテは立ち止まって、固まった。

 思考に、集中した。


「お嬢様?」

「(夢だ。……あり得なさすぎる。明晰夢と気付いても覚めない。これが『全能』の力……?)」


 顎に手をやり、ぶつぶつと考え始める。


「(理想の世界、ということでも無い。セレネが『居ない』世界を、アルテが考え付く筈が無いもの。だとしたら、誰かが見せている夢? でも、『覚める』条件は分からない)」


 何が起きているのか。冷静に分析する。


「……~~」

「お嬢様?」

「……魔術は、使えないか」


 現状把握から。アルテはそう考えた。


——


 月影島の『町』へは、実は初めて来るのだ。これまで、日本へ来るまで屋敷から出たことは無かった。


「(お父さまは居らず。お母さまもお屋敷に居なかった。アルテはもう、11歳になっているのに。災害も起こっていない。……お兄さまは、まだ日本に居るのかな)」


 学校。小学校だ。アルテは今、可愛らしい『制服』というものを着ている。これも初めての体験である。今のアルテにとっては。


「……アルカディアさん」

「(取り敢えず来たけれど、この『学校』にヒントはあるのかな。早く戻らないと。地上に出向いていた神々が戻ってきてしまうから)」

「アルカディアさん!」

「わっ」


 変な名前を呼ぶ声と共に、肩を叩かれた。驚いて振り向くと、女の子が頬を膨らませていた。

 顔も名前も知らない、会ったことも無い女の子だ。


「もうっ。いくら呼び掛けても返事をしないのだから。失礼しちゃうわ」

「えっ。……アルカディアって、アルテのこと?」

「そりゃそうよ。あなた、アルティミシア・アルカディアでしょう?」

「!」

「なに、違うなんて言わないわよね。市長の孫娘が」


 アルカディア、とは。

 思い出した。『アレックス』の姓だ。


「……市長」

「ほら、そんな所でぼうっとしてないで。授業が始まってしまうわ」


 川上ではない。アルティミシア・アルカディア。


「(『これ』は、誰……? 何かおかしい。川上姓を捨てるなんて、絶対にアルテの夢なんかじゃない)」


——


 学校には、沢山の友人が居た。皆、笑顔で話し掛けてくれた。お調子者の男子や、大人しそうな女子も。皆、アルテを慕っていた。

 同年代の友人など存在しなかったアルテにとって、この『学校』という空間はとても素晴らしく思えた。


「ではまた明日ね。アルカディアさん」

「……うん」


 授業が終わると、玄関に車が停まっている。

 迎えであると、直感した。


「この後ですが。お嬢様の楽しみにしておられた、川上文月様との会食がございます」

「えっ!?」


 運転手のブライアンが言った。その名前を。


「お兄さまが、いらっしゃるの?」

「……もう、そのような呼び方をされる間柄なのですね。恐らくは、お嬢様の卒業後の、挙式などについての話し合いだとは思いますが」

「!?」


 普通に。さらりと言ったブライアンの言葉に。

 目を白黒させてしまう。


「お兄さまと……きょ。きょっ」

「決まっていたこととは言え。お互いに愛し合えるのは素晴らしいと思いますよ」

「……!!」


 なんという事だ。

 あり得ない。

 だが。


 アルテは『揺れてしまった』。


——


 一度屋敷に戻り。精一杯おめかしをして。

 どこか、大きなホテルのレストランだった。

 キョロキョロとしていると、見慣れた顔をした男性がやってくる。


「アルティミシアさん。もう着いていたんですね」

「お兄さまっ……」

「ん。あはは。あの時は冗談で言ったのですが。そう呼んでいただけて嬉しいです」

「!?」


 だが。顔は見慣れていても。様子がおかしい。表情は緊張した様子で、言葉遣いも他人行儀で。


「席はこちらですよ」

「…………はい」


 そんな『文月』は。アルテの目に新鮮で、心をくすぐった。


「お兄さま」

「はい?」


 袖を掴んで。

 アルテは、我慢できそうになかった。『これ』は、夢だ。


「アルテのこと、どう思いますか?」

「…………」


 もう、冷静な思考はできなかった。『これが』『こんな』。

 こんな『世界』が。


「例え家が決めた結婚でも。僕は貴女を一番愛しています」

「!!」


 片膝を突いて目線を合わせて、真剣な表情で。

 アルテの心は、ぐちゃぐちゃになった。


「(…………ぐっ!)」


——


「——駄目です」

「えっ」


 だが。

 踏ん張らなければならないと。震えながら。目に涙を溜めながら。


「(きっと、このまま『これ』を肯定すれば。一生『この』ままだ。アルテは、幸せに、お兄さまと暮らす。誰も何も、文句も言わない。きっと、そうだ)」


 歯を食い縛って。


「…………アルテは」

「はい……」


 泣きながら。笑顔を作ろうと心掛けた。


「セレネや、お母さま。『夜』の人達や美裟さん。……いや、お姉さまを」

「?」

「『全て』を裏切ってまで、自分だけ幸せになろうとは、考えられません」

「……何を……。アルティミシアさん?」


 『この』アルテは。知らないのだ。だから、幸せになれる。なって良い。

 こういう、『自分』もあるのだ。それ自体は、嬉しい。嬉しく思っても、良いじゃないか。


「……お兄さま」

「えっ。はい」


 アルテ目線からしたら、似合わない礼服を着た文月に。

 精一杯、笑い掛けて。


「『アルティミシアさん』をどうか、幸せにしてあげてくださいね」

「勿論。……えっ?」


 そう言った直後に、アルテは意識を手放した。


「アルティミシアさんっ!?」

「……ん」


 ふらりと、倒れるところを文月が支えた。周囲から注目を浴びるが、文月はそんなことは気にしない。


「…………あれ、ここは……」

「アルティミシアさん。大丈夫ですか?」

「えっ。川上さま?」

「!」

「あれ。えっ? 私、どうしてこんな……」


——


——


——


「アルテ!」

「!」


 ぐい、と。身体が引っ張られる感覚に襲われた。いきなり、空気が変わった。


「きゃ……っ」


 車が吐き出す煙の臭い。前は見えない。誰かに抱き締められているらしい。


「ったく。ふらふら歩いてんじゃないわよ。おー危な……」

「……お姉ちゃん」

「なに、命の恩人を敬いたくなった?」


 きさらぎに抱かれていた。ここはどこかの街の、車の往来がある道路だった。

 きさらぎはアルテの無事を確認するとすっと立ち上がり、道路に飛び出す前に放ったであろう自分の鞄を拾う。


「ここは、どこですか?」


 アルテは自分の服装が変わっていることにまず気付く。文月とホテルで会うために、ドレスを着ていた筈だ。だが今は、以前まで着ていた修道服だった。


「なに言ってんの。恐怖で記憶無くなっちゃった?」

「多分、そうです」

「はぁ? あのね、私のことは?」

「佐々原きさらぎお姉ちゃん。22歳のシングルマザーで、娘の名前は神奈ちゃん」

「…………」


 自分の知る、きさらぎの情報を言う。するときさらぎは、一瞬固まり、呆れたように頭を掻いた。


「私に娘なんか居ないけど」

「……そうですか」

「私に居るのは妹ひとりだけ。あんただけよアルテ」

「…………!」

「だから、死なないで。久々の外だからってフラフラ歩いて、行き遅れの私をひとりにしないでよね」


 きさらぎとの直接の血縁関係は、無い筈だ。文月からしたら再従姉だということは知っているが、自分との血縁は無い。

 だが『ここ』では。


「……はい。お姉ちゃん」

「ん」


 もう一度、きさらぎに抱き締めて貰いに行った。


「……『今度』も、セレネが居ない」

「ん? なんか言った?」

「いえ……。ちょっと疲れました」

「えーっ。まだ30分も歩いてないのに。全く、昔っから魔法研究に夢中で引き籠り体質なんだから」

「…………」

「仕方ない。一緒に観たい映画があったんだけど。帰ろっか」


 徐々に。薄々。

 アルテは勘づいて来ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ