秋季攻勢作戦 16
間合いが近すぎて間接の駆動部がしっかりと伸び切らなかったことでその威力は大きくそがれていた。 それでもテトラの人工知能が示すように強大なパワーをコンセプトに作られている機体だけあってクルトの上体が大きくのけぞる。
「この機体の特殊能力について何かわからないか? 前回、戦った時に刺したナイフが接触部からあの機体に飲み込まれて致命傷を与えられなかった」
「申し訳ございませんが基本的なスペック情報は内部データベースに記録されているのですがそれ以上のことは機密保持の観点から記載されておりません」
テトラがモニターの中で申し訳なさそうに頭を下げる。
「ですが、もう一度その現象を観測することができれば少しお時間がかかるかもしれませんが解析できるかもしれません」
衝撃を受け流すように上体に合わせて後ずさる。
もはや、彼我の距離間が一、二メートルしかなくなってしまったため長いライフルでは取り回しが悪いとクルトは判断する。ライフルを背中に掛けると右手に拳銃、左手に大型ナイフを構える。
本当であれば拳銃よりも短機関銃が欲しい。しかし、遺物用の短機関銃は当初このような近接戦闘では剣や拳で十分とされていたために絶対的な数が足りていないのだ。装備品が優先的に回される近衛師団にすら配備されていないのが現状だ。
テトラにミノタウロスの特殊能力を観測させるためにも特殊能力を使わざるおえなくなるような攻撃を行わなければならない。
ミノタウロスもこの距離では、大剣は大きすぎると判断したのか二本の片手剣に持ち替えている。
クルトは、ナイフの間合いに入るべくミノタウロスに一歩を踏み出す。ミノタウロスも同様にクルトに一歩を踏み出してくる。
ミノタウロスの動きをけん制するべく右手の拳銃の引き金を続けざまに引く。一瞬だけ銃弾を警戒してミノタウロスの動きが硬直した瞬間をクルトは見逃さなかった。
「もらった!」
内部機構が丸見えの腰の関節部に向けて不可避の刺突を行う。
しかし、ミノタウロスは後ろに自ら倒れつつ、突き出したクルトの左手を蹴り上げる、奇想天外な回避機動で不可避の一撃を見事に避けきってしまう。
「なっっっ!」
さらに、いつの間にか右手に持っていた片手剣をクルトに向かって寸分たがわず投擲していた。投擲された片手剣は空気を切り裂きながら一直線にクルトめがけて飛んでくる。
クルトは、機体が悲鳴を上げるような機動で回避を試みた。
紙一重のところで回避機動が間に合い、剣はテトラの装甲の薄い首筋すれすれを通過していった。
しかし、またもや一定の距離間が二機の間に生まれてしまう。今度はどちらも相手の動きを警戒して中々攻撃を切り出すことができない。
周囲では、第四中隊が数に勝る敵に対して息の合った連携で戦っている。機体性能でも有利なのか敵の数は着々と減っているようだ。
「指揮官が部下に負けてはいられないな」
部下たちの活躍がクルトのギアを一段引き上げる。
深く息を吐く。息と共にクルトの中の雑念が排出されていく。遠くに聞こえる爆破音、味方の叫び声、余分なエンジン音。戦闘に必要ないあらゆるものがクルトの思考から排除され、その分戦闘に不可欠な情報を多く取り込んでいく。
クルトは、アクセルを力強く踏みつけた。すぐさまエンジンが回転数を上げ機体に強大なエネルギーを供給し始める。
操縦桿を倒すと限界まで高まったエネルギーを放出しながらテトラはミノタウロスに向かって突進をし開始する。
振りかぶったナイフを容赦なく振り下ろす。運動エネルギーを上乗せされた斬撃は、片手剣で受け止めたミノタウロスを徐々に押し込んでいく。
しかし、一時的な運動エネルギーの上乗せがなくなるとパワーに勝るミノタウロスにクルトは跳ね飛ばされる。
今度は、ミノタウロスから続けざまに繰り出される斬撃をクルトが上に下に右に左にといなしていく。
クルトは時節、回避動作に拳銃による射撃を織り交ぜていく。片手剣を先ほど投擲してしまったために手数の足りないミノタウロスは、合間に放たれる拳銃弾に対応できなくなり、徐々に攻撃よりも防御が多くなっていく。
「時間操作、二倍」
さらに追い打ちをかけるためにテトラの特殊能力を発動する。これでミノタウロスは今までの二倍の攻撃を捌かなければならなくなる。
限界を超えた飽和攻撃にミノタウロスは、少しずつ捌ききれない攻撃が増えていく。深紅のカラーリングの装甲に少しずつ傷がつき始めた。
残弾のなくなった拳銃を投げ捨て、拳と足も織り交ぜた連撃を絶え間なく放ち続ける。
そしてついにクルトの振り下ろしたナイフが防御を潜り抜け致命傷を与えるべくコクピットのある胸部に振り下ろされる。
振り下ろされたナイフは、深紅の機体に触れると予想された通り、残骸すらも残さずに消え去っていく。今度は刺さったと勘違いすることもない。
「観測開始します」
特殊能力の弱点を導き出すための観測をテトラが搭載されたセンサーを駆使して開始した。
モニターの中に表示された数字が忙しなく動き始める。
大型なナイフがみるみるうちに消えていく。残りは、既に半分もない。
残りの刀身も観測を少しでも長くするべくさらに力を込めて押し込む。
「観測完了しました」
刀身が消え去るのとテトラの声が聞こえたのは、ちょうど同じタイミングだった。本当にきれいさっぱり跡形もなく刀身は消え去ってしまっている。
「観測データから解析に移行します」
「よろしく頼、む」
クルトの体に能力の負荷がいきなり襲ってくる。今のクルトの使用限界ギリギリまで能力を使った負荷は、思っているよりも激しくクルトの体を蝕んでいたようだ。
「終了」
能力の終わりも告げる魔法の言葉を唱えると、一気に負荷から解放される。それと同時に強い衝撃がクルトの体を揺さぶった。
あの時と同じ様にミノタウロスからの右フックがテトラの腹部をを捉えたのだ。
しかし、あの時とは最早、機体性能もクルトの操縦技術も比べ物にならないくらい成長している。
吹き飛ばされないようにぐっと踏み込んで耐える。
それだけでなくクルトも負けじと柄だけとなってしまったナイフを投げ捨て頭部にカウンターを放つ。
科学技術の進んだ今も解析ができないほどのテクノロジーを満載したハイテク兵器で原始的な肉弾戦を繰り広げていく。
拳が当たった場所の装甲がへこみ、つま先がふれたところは装甲が剥がれ落ちる。
どちらも譲らない子供のケンカのような殴り合いの終わりは、唐突に訪れた。
ミノタウロスが戦闘をやめ距離をとり、部下たちを集めるとクルトたちを警戒しながら撤退を開始したのだ。まさかの状況にクルトは、その場に立ち尽くしてしまう。
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