秋季攻勢作戦 17
「フェンリル四〇より、フェンリル〇〇へ! 追撃戦のご命令をお願いします!」
ガウス中尉から逃げる敵に対する追い打ちを具申される。
「損害を報告しろ! 追撃戦の判断はそれからだ」
まずは、今の戦闘でのダメージ把握が先決だ。
「損害は、戦闘継続が不能な機体が二機、人的損害として軽いやけどを負ったものが一名。その他ありません!」
「負傷者は戦闘継続が可能なのか?」
「戦闘継続は可能です」
数で勝る相手と戦って、こちらの被害が二機と軽度の負傷者一名ならば凄まじい成績だろう。機体性能が上回っていることを勘案しても高い練度を維持していることが伺える。
本来であれば迷わず追撃戦の命令を出したいところだが、先日の味方部隊の敗走も深追いをして敵の罠にはまったことが原因だ。うかつに追うことはできない。
「ご主人様! 私も追撃戦に賛成であります。追撃戦の予想成功確率は八四パーセントと高い値を指しています」
テトラが具体的なデータをもって追撃戦を推してくる。
クルトは、敵の状況と味方の状況を多角的に判断して追撃戦を行うことを決心する。
「分かった。ついげ…」
クルトが追撃戦の指示を出そうとした瞬間、別の無線がクルトの声を遮った。
「こちらHQ、こちらHQ。大隊長クラス以上の指揮官に通達。部隊の戦闘指揮を次席指揮官に預け、至急師団司令部に集合せよ。繰り返す。大隊長クラス以上の指揮官は、部隊の戦闘指揮次席指揮官に預け、至急師団司令部に集合せよ。なおこの通達に対する返答は、事前の調整通りの部隊特定短信音にて行うように」
クルトの追撃命令を遮ったのは、近衛師団の通信手による招集命令によるものだった。
その内容は、信じがたいものだ。戦闘指揮中の指揮官を前線から離脱させるなど前代未聞の命令だ。よほど重要なことがクルトたちの知らないところで起きているようだ。
クルトは、短信音で返答を返すと戦闘指揮の継承のための申し送りをすべくグルーバー中尉を呼び出す。
「こちらフェンリル〇〇。フェンリル一〇、応答せよ」
「こちらフェンリル一〇。指揮権継承の申し送りでしょうか? おくれ」
広大な範囲に向かって送信されていた無線の内容は、すでにグルーバー中尉も理解していてもおかしいことではない。
「そうだ。師団司令部の招集命令に応じるために指揮権をフェンリル一〇に継承する。私が戻ってくるまで、隣接部隊との連携を密にし、これまでの攻勢を維持せよ。第四中隊もそちらに合流させる。質問はあるか?」
「特にありません!」
さすがは、たたき上げの将校だ。いきなり任された戦闘指揮にも動じていない。
「よろしい。少しの間頼む。第四中隊も聞いた通りだ。追撃戦は中止だ。フェンリル一〇の指揮下に入れ!」
「わ、分かりました」
ガウス中尉の無線越しの言葉とは裏腹に不服そうだ。それでもしっかりと士官教育を受けた軍人として命令はしっかりと実行してくれることだろう。
最後に現在の状況をグルーバー中尉に申し送るとクルトは、師団司令部のある大隊宿営地に向け機体を進めた。
クルトが、師団司令部の天幕の中に入ると、すでに近衛第十六、十七歩兵旅団長以下各種歩兵連隊長、近衛第十五戦車連隊長、近衛第十六砲兵連隊長、近衛第八工兵大隊長、近衛第八輜重大隊長の計十名の各部隊指揮官と師団司令部の高級将校が既に集合していた。
クルトが師団長である姫殿下を除くと最後だったようだ。
「遅くなりました。申し訳ございません」
この天幕の中で尉官なのはクルトだけである。他は佐官、将官しかいない。
この招集命令は元々、佐官以上の職責である大隊長以上の指揮官しか呼ばれていないのだから当然のことではあるが、居心地のいいものではない。現に最も遅くやってきたクルトに対して叱責の視線が集中しているのだ。
「シャルロッテ王女殿下、御入来」
クルトが最も下座の席に着くのとほとんど同時に姫殿下が天幕の中に入ってくる予令が外からかけられる。今まで葉巻を口にくわえていた高級将校が葉巻の火を消して椅子から立ち上がり、直立不動の姿勢をとる。
「皆さん、お疲れ様です」
ねぎらいの言葉と共に第五中隊長のノルドハイム中尉が抑えた天幕の布をくぐってシャルロッテ姫殿下が中に入ってきた。
それまで葉巻の煙と体に染みついた硝煙のにおいが充満していた天幕の中にバラの匂いが広がっていく。
姫殿下は、クルトたちの後ろを通って部隊旗が掛けられている上座の席に腰を下ろす。
「休んでください」
姫殿下の言葉で集まった高級将校が自らの席に腰掛ける。
「早速ですが、戦闘行動中の部隊の指揮官に直接伝えなければならない事態についてお話させていただきます。ヘルダー大佐、説明をお願い」
姫殿下の右隣に座っていたヘルダー大佐が立ち上がる。
「ご指名にあずかりました師団参謀長のヘルダーが僭越ながら説明させていただきます。招集理由は大きく分けて二点あります。まず一点目ですが、左翼の第二十南部方面軍が共和国首都のペチカに到達した模様です」
歓声が高級将校の口から葉巻の煙と共に漏れ出る。
「ペチカの攻略もすでに終了したとの報告が先ほどありました」
隣に座る輜重大隊長が「これで戦争も集結したな」とクルトに声をかけてくる。「そうなってくれればいいなと思います」とクルトも希望的感想を交わす。ヘルダー大佐は言葉を続ける。
「しかし、ダリアス共和国政府の要人と首都を防衛していた共和国軍は既にペチカにはいなかったとのことであります。現在左翼の部隊が全力で捜索に当たっているとのことです。次の事柄の方が本題であります」
ヘルダー大佐は少し長めの間を空けた。勝利を確信し、ざわついていた天幕の中も徐々に静かになっていく。
遠目に聞こえる戦闘音しか聞こえなくなるとヘルダー大佐が口を開いた。
「問題の本題ですが、単刀直入にシスリー連合王国が宣戦布告を我らに対して先ほど行いました」
シスリー連合王国は「太陽の沈まぬ帝国」と呼ばれるほどの広大な植民地を世界中に持っている。
クルトの脳裏に敗北の二文字がうっすらと浮かび上がってきた。
最後まで読んでくださった方々、ありがとうございます。
新たな国名も出て来て戦争も新たな局面を迎えます。次回からは章が変わります。
作者のやる気のためにも、評価、ブクマ、感想、レビューを切に願います。
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