第八話 怪人物
その日、船から出てきた男は、かつてないオーラを纏いこの島に上陸した。
その、姿はまさに異形。
その、異貌は唯一無二。
かつて、プロレスの神様 カール ゴッチはこう語った。
「レスリングの技術より大切なことだってある。それは、゛いかに生きるか How to be a man゛だ」
その男は、正に、その言葉の体現者であった。
たとえ、男が彼の意図した言葉の意味とは全く違う意味で、生きていたとしても。
その日、まりは、港までおつかいに行っていたため、件の男と遭遇した。
そして、己のキャラが崩壊するほどの衝撃を受けた。
ばびゅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!
一目散に逃げる。逃げる。逃げる。
その姿は、かつての人気競争馬ツインターボの逃亡劇のようだったと、後に島の年寄たちに語り継がれることとなる。
「大変! 大変! 大変! 大変! 大変! 大変! 大変! 大変! 大変! 大変! 大変! 大変! 大変! 大変!」
「民宿 さくらだ」の前まで来て俺・璃々 のばかっぼーと遭遇したまりは、ひらがなをしゃべることを忘れて説明しだした。
「港から変な人が下りて来たの! 何か気持ち悪いの! こっちの方に来るの!」
要領を得ない話ながら只事ではない雰囲気を察して、三人で屋内に隠れると、件の人物が来るのを中からチラ見した。
「どんが どんが どんからがっしゃん♪ どんが どんが どんからがっしゃん♪ 」
と、その災厄は、堂々放歌しながらこちらへとやってくる。
その姿は、イエロー。黄色いジャケットに、青のシャツ。黄色のパンツルックでネクタイだけが赤かった。ある意味色物であることを除けば仕立ては悪くないはずなのに、彼の人物の体型が全てを台無しにしていた。第一話のドラえもんのような体型といえば、解ってもらえるだろうか?そして、胸ポケットに入れてるセラむんのフィギュア。背中に背負うは、露利魂道の金字の刺繍。カータンのような口もと、そして、何よりも似合わないロン毛。
ああ、これは、こいつの正装なんだな、と神童は理解してしまった。したくはなかったが。
その隣で、璃々がプルプル震えている。
「な、なんで、こいつがこんなところに!?」
「知り合い?」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 言わないでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
小さな声で絶叫した。器用な。
「しんちゃぁぁん、こっちくるよぉぉぉ!」
まりも怯えている。
正に、少女たちが潜在的に持っている男という性に対する恐怖。それを、煮染めたような存在である。
正に、少女達の天敵。おまわりさーんこっちですー。
その、通報しましたな野郎は、あろうことか、家の前で停止すると、大声で叫んだ。
「たぁーのーもーう!」
俺たちが居留守を使うことを決定し廊下脇の洗面所に隠れていると、
「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」
と、ばあちゃんが何事も無かったかのように、営業スマイルで中へと案内してしまった。
すると、気配を察知したのか、匂いを察知したのか、俺たちのほうへ顔を向ける。
やべ、目が合っちまった。すると、突然、
「ふぉーーーっ、璃々たん! 会いたかったですぞーーーーーーっ!」
「うきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
びょーんと跳んだ怪人物は、璃々に避けられて転倒、そのまま突き当りまでゴロゴロ転がっていった。
「お見苦しい所をお見せしました」
そういって、客間に通された怪人は、名刺をばあちゃんに差し出した。
ゲームプロデューサー 力丸 史郎
璃々とばあちゃんに任せるのも可哀想なので、とりあえず、俺とまりも同席している。
力丸氏は、璃々の住んでいたマンションの隣の住民らしい。十年程前にキャッシュで購入して以来の付き合いだと語っていた。
「つまり、幼馴染のお兄ちゃんというわけですな」
と言うと璃々に物凄い顔で睨まれて、へこんでいた。
「桜田 一八氏に頼まれた債券放棄の関連書類に署名捺印をお願いしたいでござる」
ござる?親父の知り合いってことは、ばぁちゃんに言ってた協力者か?
「承りました。本日中に用意いたしますので、今夜は我が家にご逗留下さい」
と、ばあちゃんが言うと、
「かたじけない。しかし、別に宿を既に予約済みですので、本日は、これで」
と、席を立つ。中々に常識的な御仁らしい。
璃々まりも一安心だ。
ばあちゃんたちは、見送りのあと、早速書類に署名捺印をしはじめた。
書類の中身を確認しながらの作業なので、時間がかかりそうだ。
俺は、今日の夕飯の買い出しを引き受け、町まで出かける。スーパーまるはんの前まで来たとき、向こうから来る力丸氏を見つけてしまった。
「先ほどの少年であるか。少々話をききたいのだが、御時間はよろしいだろうか」
と、言われて、スーパーの駐車場脇で話し込む。
「少年は、璃々嬢の母上が自殺した話を聞いているだろうか?」
力丸氏は、その事件の目撃者だということだ。当時マンションの前を通りかかった氏は、上から落ちてきたアンジュさんを見て、腰を抜かしながら警察に連絡したそうだ。
その時、第一通報者が璃々になっていれば、璃々がアンジュさんを突き落したなんて説は通用しなかったのではないかと、彼は後悔しているらしい。
「目の前で最愛の母親が自殺したのだ。あんな小さな子が茫然自失となるなど当たり前であろうに!」
そういって警察にも抗議したらしいが、警察は璃々に対してかなりえぐい取り調べをしたらしい。
「一応、証拠不十分で釈放されたらしいが、当たり前だ、そんな証拠があるわけない」
そう、怒ってくれるこの人は、無条件で璃々の味方になってくれる人なのだろう。
成程、親父が協力者に指名するわけだ。奇矯な恰好に騙されるが、それを言いにわざわざ神津島まで足を運んでくれたこの人はとてつもなくいい人なのだろうなぁ、と思う。
こうなると、璃々のあの態度は、是非はともかく、彼が憐れに見えてしまう。
その日は、食材を買い、店の前で別れた。また、明日書類を取りにくるそうだ。
最後に、彼は、
「璃々嬢は、東京を離れることには最後まで反対していた。事件がおちついたら、また東京で暮らせるといいのだがね。彼女には、華やかな街が似合うのだから」
と、言っていた。璃々自身は、どう思っているのだろうか?
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