第六話 ギルドの話
その日、ロセリアとクローニはともに村長宅の客室で夜を過ごしていた。羽毛の詰まった上等のベッドに腰掛けながら、ロセリアは大きくため息をつく。半日、グーヤンの案内でクローニとともに村のあちこちを回ったが、領内改革につながるアイデアは特に得られなかった。せいぜい、この村の問題点がよくわかったぐらいだ。
『要はお金なのよ、お金。お金を得る手段がないから駄目なんだわ』
グーヤンに案内される限りでは、トリニの村は特に食糧などには困っていなかった。しかし、村の内部だけで経済が完結してしまっているため、とにかく金がない。輸入超過に陥ることもないが輸出をすることもないため、外貨が入ってこないのだ。なまじ高度な自給自足が成り立ってしまっている分、逆に性質が悪い。村やその近隣で手に入るものだけで全て済ませてしまおうと言う精神が、村人たちに染みついている。けれどこれでは、小さくまとまるばかりで発展性などないに等しい。
『畑の一部で商品作物を栽培してもらうか? けどこれだと、今度は食料が足りなくなるな』
『あんたねえ、異世界人ならもっとバーっと収入を増やすようなアイデアとかないの? これじゃ、農業に詳しいぶんだけまだグーさんの方がマシじゃない』
『なんで俺が下に見られなきゃいけないんだよ。だけどなあ……うーん。なんかこの領の特産品とかないのか?』
『そんなのあったら苦労しないわ! ……でもそうねえ、強いて言うなら魔放石かしらね』
『おい、なんでそれを早く言わないんだよ! 凄いじゃないか!』
魔放石は、グリード大陸におけるインフラの要だ。地球で言えば石油に当たるような戦略物資である。それを制することが、できればどれだけの富がもたらされるのか。それは地球の産油国の繁栄ぶりが証明するところだ。クローニは思わずごくりと唾を呑む。
しかし、ロセリアの表情は暗かった。彼女は駄目駄目とばかりに首を振る。
『魔放石は魔物の体内で合成されるのだけど、魔物の居る魔森は第一級の危険地帯。一攫千金狙いの連中がいろいろやってるみたいだけど、一般人が取るのはまず無理ね。命がいくつあっても足りないわ』
『それじゃ、魔放石はどうやって確保してるんだ?』
『人工品よ。天然ものに比べると質がかなり悪いけどね』
『そういうことか。だけどそれなら、拠点の村は結構儲かってそうだな』
人が集まる場所であれば、それなりに金が落ちるはずである。しかし、ロセリアはそれも違うと首を振る。
『駄目。荒くれ者が好き好き勝手に集まってるだけだから。石を売る業者は領外の連中だし、そういう連中って金を手に入れたらすぐに都会へ戻っちゃうのよ。むしろ居たら治安が悪化するだけ迷惑だわ』
『上手く介入できないのか?』
『有象無象の輩を一人一人きちんと管理するって言うの? ただでさえ人手が足りないのに、無茶だわ』
『業者側は?』
『地元で税金を掛けたら、別の場所に移動するに決まってるわ。石を持って帰るのも金を持って帰るのも、荒くれからしたら変わらないんだから』
『それなら、ギルドに何とかしてもらったらどうだ?』
ロセリアは眼を見開いた。ポカンとしたその表情はお前は何を言っているんだ、と言わんばかりである。
『なんでギルドが関係してくるのよ』
『え、ギルドないのか? 冒険者ギルド』
『そんなのないわよ。というか、冒険者って何?』
クローニにとって、まさに青天の霹靂であった。魔法が存在する世界だったので、ごく当たり前のように冒険者も存在するとして認識していたのである。考えてみれば、冒険者というのは地球のファンタジー小説、特にライトノベル系の小説で活躍する架空の存在。グリード大陸に存在していないというのも当たり前の話ではあった。
『えっと、冒険者って言うのは武装したなんでも屋みたいな存在なんだよ。魔物を退治したりとか、薬草を採取したりとか。クエストってのを受けてとにかく色々活動するんだ』
『なんか魔導師みたいね。魔導師は頼まれないでも適当に魔物を狩ったりしてることが多いけど』
『で、それを統括するのが冒険者ギルド。このギルドに登録して、ギルドカードってのをもらって始めて冒険者として活動できるんだ。活躍するとこのギルドカードのランクが上がって、いろいろ特権が貰えたりする。逆に悪事をするとギルドカードが没収されて、冒険者としての活動ができなくなるんだよ。あとは魔物の素材の買い取りとかもギルドが独占的にやってるな』
『へえ、私たちの言うギルドとは結構違うのね。でも便利そうだわ』
『まあな、謎の便利組織の代表みたいなもんだし』
クローニがそう言うと、ロセリアは顎をさすりながら何やら考え込み始めた。そうしてしばらくすると、彼女はニッと眼を細める。どうやら、良い妙案を思いついたようであった。
『ねえ、その冒険者ギルドをうちの領内に作ったらどうかしら?』
『ん、どういうことだ?』
『まずはギルドでお金を稼ぐでしょ。そのお金でインフラを整備する。そうすればよりギルドに人が集まるようになって、また儲けたお金でって言うループができるわ』
『そんなに上手く行くか……?』
クローニは懐疑的な顔をした。冒険者ギルドというものはあくまで架空の存在。それを実際に運用するなど彼には考えられなかった。しかし今更、架空の話だと言うわけにもいかない。もし言ったら、攻撃魔法で彼の身体が爆発することになる。
ロセリアはやれやれと手を上げると、じっとクローニの方を見下ろした。
『それをうまくやるのがあんたの役目よ。無い知恵絞りなさい』
『あー、わかった。何とかするよ』
『決まりね。じゃ、明日は荒くれたちの拠点があるトッポラ村へ行くわ。結構遠いから、しっかり寝るのよ』
『りょーかい』
ロセリアはクローニを部屋の端にあるベビーベッドへと運んだ。そうして彼を寝かしつけると、自身もまた布団の中へと潜り込んだのであった――。
翌朝、ロセリアとクローニは早速旅立つべく丘の斜面へとやってきていた。なだらかな緑の稜線がどこまでも広がり、遥か先には魔森の黒い影が見える。蒼い空は透き通るようにさわやかで、吹き抜ける風が冷たくて心地よい。スカイクラフトで飛ぶにはまさに絶好の天候であった。
「ロセリア様、御達者で!」
昨日の出迎えと同様、今日の旅立ちにあたってもたくさんの村人が集まっていた。彼らは昨日以上に強張った顔をしながらも、必死に歓声を上げている。しかしその中でただ一人、グーヤンだけは芯から笑っているように見えた。昨日のうちに、わずかではあるが打ち解けることができたようである。
「じゃ、行くわよ!」
『おう!』
ロセリアが地面を蹴ると、ファイアアローが勢いよく斜面を下り始めた。早朝のすがすがしい空気を切り裂き、緑の海を紅い翼が駆けて行く。唸りを上げる車輪。やがてそれが大地を離れ、機体が遥か上空を目指して軌道を描き始める。
数分後。ファイアアローは雲を突き抜け、遥か高空で高度を安定させた。今日はクローニも漏らしていない。おかげでロセリアの気分は最高潮である。
「気持ちいい! やっぱ空を飛ぶのは最高だわ!」
『慣れると結構いいな、これ』
飛ぶことに慣れたのか、クローニも気持ちよさそうな顔をしていた。しかし次の瞬間、彼の表情が曇る。
『なあ、あれはなんだ?』
『ん、何かあった?』
『向こうの雲の下、光を反射してないか?』
二人の行く先に聳える巨大な入道雲。頂上の部分が横へ広がったそれは、まさに空に浮かぶ山そのものだ。その白い裾野の右端で、何かが光っている。七色に輝くそれは巨大な笠のような形をしていた。強いて言うならば、空飛ぶクラゲと表現するのが適切だろうか。
『マズイ、深森類だわ! 普段は深森にしか居ないのに!』
『なんだそりゃ!?』
『とにかく逃げるわよ! 空だと分が悪いわ!』
一気に機首を傾けるロセリア。魔導エンジンが唸りを上げ、翼の後方で緑の粒子が爆発する。たちまち機体が急加速していき、流星よろしく空を一直線に駆け抜けた――。




