春の食卓と一切れのパン
以前書いた小説と同じ世界(隣の国)の話を書きたくなりました。
今回は王女と近衛兵長のお話です。
完走するまで見守って頂けると幸いです!
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物心がつく前から、春になると何か素敵なものが届くような気がしていた。
王宮の庭園では淡い花が散り残り、風が運ぶ花びらが石畳を優しく撫でる。
亡き母が愛した庭園。
侍女達のお手伝いをしつつ幼い私はいつも庭園に居た。
記憶の中にある私は、肩まで伸びた髪に淡い青のドレスをよく着ていた。
長い廊下を歩くとドレスの裾が小さく揺れる。
ゆらゆらとしたフリルを見るのも、石畳に落ちるその影を見るのも好きだった。
苦手なこともあった。
たんなる夕食が晩餐会になる日がある。
幼い私には、そこで交わされる会話は理解しがたく煩わしいだけで億劫な日だった。
彼との初めての出会いはそんな晩餐会の席だった。
私たちの王国は、魔族との戦いが歴史そのものと言っても過言ではない。
その成り立ちも、発展も皮肉なことに戦争と共にあった。
戦が起きれば財政は逼迫するため、贅沢のために晩餐会が開かれることはない。
外交や情報交換、様々な人材のお披露目が主な目的となる。
今宵は近衛兵の新入りのお披露目である。
王座の近く、ひときわ大きなレリーフが壁面いっぱいに掘られている。
そこに刻まれるは建国の勇者と召喚士の姿。
召喚士の女性は異世界からやってきたと伝わっている。
勇者の左手は光る剣を掲げている。
この国で生まれ育ったものには馴染みの物語だ。
王女は大きすぎる椅子に座って、宝石のように彩られた料理をぼうっと眺めた。
重厚なシャンデリアが輝き、反響する銀食器の音。
あまり食欲はでない。
今日も聞こえてくるのは国境の警備やら、戦績の披露やら子供には遠い世界の話ばかりだ。
指先が無意識にテーブルクロスをもてあそぶ。
習い始めた魔法学の宿題がまだ残っている。
できれば早めに切り上げたいところだ。
「さて、ここに並ぶのが今回新たに近衛の門を叩いた見習い達だ」
選抜試験を勝ち抜いたのは間違いないだろうが、まだ鎧に着られているようなあどけなさが残る。
年の頃は15前後。それでも戦力として数えられる。
「いつも王国のために大儀である。待ちかねただろう。食べてよいぞ」
王のねぎらいの言葉が終わるや、少年たちは料理に飛びついた。
一人の少年が遠慮なく、つぎつぎと皿を平らげていく。
そのつもりで皿を並べ、山盛りにした卓だが、お世辞にも行儀がよいとはいえない。
笑いながら王は近衛兵に尋ねた。
「彼が噂の」
「はい。剣の魔将軍が滅ぼした辺境の村の子です。なぜか彼だけが生かされました。人一倍努力をしています。近衛の盾を継げる可能性があります」
王は食卓に近付いた。
「いい食べっぷりだな」
急に声をかけられた少年は慌てて手を引っ込め、直立不動になった。
「突然すまんな。食べながらでよい」
少年は近衛兵長に助けを求めるように視線を向けた。
「陛下の許可が出ている。腹が減っては戦は出来ぬからな」
少年は心底嬉しそうに食事を再開した。
「なぜ近衛兵になろうと思った」
「最前線の兵よりも強い方が多いと聞きました」
「なぜか。と聞いたのだが」
「すみません!今度こそ護りたいからです!」
さきほど少年の生まれ育った村は滅ぼされたと聞いた。
護るべき村はもうないはず。護るべき国はあると考えたのだろうか。
いや、もっと単純な動機。
(復讐心か)
当然の感情である。
装備、資金、環境。この場所を活用すれば仇討ちも叶うと考えたのだろう。
「ならば力が要る。励むといい」
それだけ言うと王は少年の肩をぽんと叩いた。
「私も護ってもらえるの?」
少年の手が再び止まった。
いつの間にか足元で王女が立っている。その小さな手には一切れのパンがあった。
少年は跪いた。
王女は手ずからパンを渡した。
「もちろんです。そのようなお言葉。私にとって名誉なことです」
「じゃあ私が助けを呼んだらどこに居ても駆けつけてね」
少年の飢えて乾いた心に火が灯り、胸が熱くなった。
「命に代えましても。王女殿下の盾となります」
王女は少し驚いた。命がどうこうとか大げさだ。
なのに、胸の奥が温かい。
誰かが自分のためにそのような言葉を選ぶことにとまどいもある。
「命には代えなくて良いから」
少年は返事に困ったが、代わりに腹が「ぐう」と大きな返事をした。
二人は思わず顔を見合わせて笑った。
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