第37話 素材マニアの天才職人と、深層の貢ぎ物
温泉宿で極上の夜を過ごし、完全に旅の疲れを癒やした翌朝。
俺たちはドワーフの国『ガルド』の中心街にある、一軒の鍛冶工房を訪れていた。
「帰れ帰れ!! こんな『ただのミスリル』なんざ、俺のハンマーを振るう価値もねえ! 王族の騎士団長だろうがなんだろうが、つまらねえ素材しか持ってこれねえ奴の依頼は受けねえって言ってんだろ!!」
工房の扉を開けるなり、怒鳴り声と共に豪華な鎧を着た騎士が数人、店から叩き出されてきた。
中から現れたのは、筋肉だるまのような分厚い胸板と、立派な赤茶色の髭を蓄えた初老のドワーフだ。
「おいおい、朝から血の気が多いな」
「あ? なんだお前ら、見ない顔だな。俺はガルド一の鍛冶屋、ドランだ。言っておくが、そこらの金持ちや貴族が持ってくるような凡庸な素材じゃ、俺は動かねえぞ!」
ドランと名乗ったその天才職人は、鼻息を荒くして俺たちを睨みつけた。
腕は世界最高峰だが、異常なほどの『素材マニア』であり、自分の魂が震えるような未知の素材でしか武具を打たないという噂は、ギルドでも聞いていた。
「安心しろ。金だけ積んで『適当にいい剣を作ってくれ』なんて頼むつもりはない。……あんたの魂が震えるかは、これを見てから決めてくれ」
俺はニヤリと笑い、【時空間魔法】のインベントリを展開した。
そして、ドランの目の前にある作業台の上に、これまでのサバイバルとダンジョン深層で集めてきた『特級の素材』を次々と並べていった。
「まずは昨日、渓谷で狩ったばかりの『ブラッド・ワイバーンの逆鱗』。それから、バベルのダンジョン深層で採掘した『冥界の黒鋼』と『星砕きの竜骨』。……どうだ?」
「なっ……!?」
ドランの目が見開き、咥えていた葉巻がポロリと床に落ちた。
彼は震える手でルーペを取り出し、作業台の上の素材――特に、通常の冒険者では絶対に到達できない深層の鉱石と竜骨に顔を近づけ、穴が開くほど見つめ始めた。
「お、おい……嘘だろ。純度100%の冥界の黒鋼に、欠け一つない深層竜の骨だと……!? どれも神話の時代にしかお目にかかれないような、伝説級の素材じゃねえか!! お前ら、一体どこでこんなもんを……っ!」
「俺がバベルの底から自力で拾ってきたんだ。これで、俺たちのパーティの武器と防具を打ってほしい」
俺の言葉に、ドランは素材を愛おしそうに撫で回しながら、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
「……打つ。いや、頼むから俺に打たせてくれ!! こんな極上の素材を前にしてハンマーを握らねえなんて、ドワーフの恥だ!!」
「交渉成立だな」
先ほどの王族の騎士を追い返した横柄な態度はどこへやら、ドランは俺の手をガシッと両手で握りしめ、熱い涙すら浮かべていた。
「よし! お前さんらの戦闘スタイルと要望を教えてくれ。最高の武具を仕立ててやる!」
「私は、この長剣の耐久度と魔力伝導率の強化を」
「私は、今よりも少し軽くて鋭い、暗殺用の双剣をお願いします」
「私はそうね……深層竜の骨を芯に使った、新しい長弓を打ってもらえないかしら」
レイア、セツナ、シルヴィアの三人が、それぞれの要望と現在使っている武器をドランに見せる。
ドランは職人の鋭い目でそれらを吟味し、「任せておけ、全員分、今の三倍は強い最高のモンに仕上げてやる!」と頼もしく胸を叩いた。
「それで、リーダーのお前さんはどうする? これだけ素材があれば、どんな攻撃も弾く『最高の全身鎧』も打てるが……」
「ああ、武器は俺の身の丈に合った頑丈な大剣を頼む。だが、全身鎧はいらない」
俺はそう言うと、自分が着ている服の生地を軽く引っ張って見せた。
「俺のこの服は、バベルの超級ダンジョンのボスからドロップした神話級の装備……『幻影の万能衣』でな。絶対に汚れないし破れない。サイズも形状も俺の念じるままに変えられる代物だ。だから基本的な防御力は異常に高いんだが……」
俺の言葉に、ドランは「し、神話級のドロップ品……!?」と目をひん剥いてひっくり返りそうになっていた。だが、俺は真剣な顔で言葉を続ける。
「サバイバルの癖でな、いくら神話級とはいえ、布きれ一枚に命を預けるのはどうにも心許ない。だから、アビス・クロークの動きを阻害しない程度に『急所』だけを守る軽量の防具と……いざという時に、パーティの盾として立ち回るための『頑丈な大盾』を打ってほしい」
俺のオーダーを聞いたドランは、一瞬呆けたように口を開き――やがて、にかっと嬉しそうに笑った。
「……なるほどな。神話級のボスを単独で沈めるほどの実力がありながら、決して慢心しねえ。その『強者の慎重さ』があったからこそ、深層から生還できたってわけだ」
「まあ、死にたくないだけだよ」
「面白え! お前さんの機動力を一切殺さねえ最高の軽量防具と、竜の突進でもビクともしねえ『最強の盾』を作ってやる!!」
ドランの目には、職人としての最高に楽しそうな炎が燃え上がっていた。
「おう、任せておけ! 明日までに全員の武具を、俺の最高傑作として仕上げてやる! それまで街で美味い飯でも食って待ってな!」
こうして俺たちは、ガルド一の天才職人の心を完全に掴み、新しい武器と防具の完成という『最高の土産』の約束を手に入れるのだった。




