第1話 過労死からの目覚めと、チュートリアルなしの無人島サバイバル
カタカタ、カタカタ。
深夜のオフィスに響くのは、俺のタイピング音だけだった。
「……あと、この資料と……明日の会議の……」
意識が朦朧とする。
机の上に転がる空のエナジードリンクとコーヒーの缶は、もう数えるのもやめた。
心臓が異様にバクバクとうるさい。息苦しい。
(あ、これ……やばい、かも)
ドサリと机に突っ伏したのを最後に、俺――九郎、25歳の意識はそこで途切れた。
◆
「……う、ん」
目を覚ますと、そこは会社のデスクではなく、むせ返るような緑の匂いがする場所だった。
起き上がり、周囲を見渡す。
見渡す限りの鬱蒼としたジャングル。
見たこともない巨大なシダ植物。
そして遠くからは、どう考えても地球の生物ではない獣の咆哮が地鳴りのように響いてくる。
「夢、じゃないよな」
頬をつねる。痛い。
服はボロボロになったスーツのままだが、あの死ぬほど重かった体のだるさや、心臓の嫌な動悸が一切消え失せている。
徹夜明けどころか、生まれて初めて感じるレベルの信じられないほどの万能感があった。
(異世界転生……ってやつか?)
よくあるネット小説なら、ここで神様が出てきてチート能力やステータス画面の見方を教えてくれるはずだ。
だが、待てど暮らせど誰も来ないし、空中に半透明のウィンドウが浮かぶ気配もない。
聞こえてくるのは、再び響く恐ろしい獣の咆哮だけ。
「……チュートリアルは無し、か。ブラック企業よりタチが悪いな」
だが、嘆いている暇はなかった。
足元の茂みがガサリと揺れ、犬ほどの大きさがある巨大なムカデのような魔物が這い出てきたのだ。
「うおっ!?」
咄嗟に近くにあった手頃な木の枝(といっても丸太のように太い)を拾い上げ、渾身の力で叩き潰す。
緑色の体液が飛び散り、強烈な異臭が漂った。
震える手で枝を握り直す。
(……やるしかない。生き残るために)
神の加護も、便利な初期装備もない。
あるのは、なぜか絶好調な体と、この木の枝一本だけ。
まずは安全に過ごせる拠点の確保と、身を守るためのまともな武器のクラフトだ。
こうして、俺の――後に15年にも及ぶことになる、地獄の無人島サバイバル生活が幕を開けた。




