第26話:ホテル・マオへようこそ!
「今日も迷宮運営、いい感じじゃん♪」
私はサロンの特等席で、新しく育てた『ミート・苗』をつんつんいじりながら、一人ご満悦だったわ。二階層のふかふかエリアは、今や完全な収穫祭会場。見渡す限りお肉、お肉、お肉!
そこへ――来たわ。例のアルドさん一行。
「お、来た来た。今日こそはゆっくりしてってほしいんだけどなー」
今回は「攻撃しなければ安全」って噂も流したし、さすがに落ち着いてくれるはず。一行は警戒しつつも、私の力作であるレースゲートをくぐり、二階層へ足を踏み入れた。
そこで投入! 背中にミントグリーンのリボンをつけた、うちの子蜘蛛キャストちゃん!
「……お客様。試食、どうぞ」
たどたどしいけれど、しっかり喋れてるわ。えらい! 超えらいわ!
――次の瞬間。
「「「しゃ、喋ったぁぁぁ!!?」」」
うるさっ! 思わず肩がびくんってなったじゃない。
「いやいや、そんな驚くとこ!? そこ!?」
モニター越しにツッコんじゃったわよ。アルドさんたちはガチで固まってるし、「魔物が言語を……? どういう事だ……」って、めちゃくちゃ深刻そうに言ってるけど、ただ教えただけなんですけど。
その中の一人、いかにも脳筋って感じの戦士が、引きつった顔で聞いた。
「……これ、食わなかったらどうなる?」
「え? 別に食べなくても大丈夫ですよ。試食なんで。……あ、でも美味しいですよ?」
子蜘蛛ちゃん、ナイス回答! 押し売りしないの大事よね。
その瞬間、空気がちょっと緩んだわ。「……殺されないのか?」なんて、どんだけ物騒なイメージ持たれてるのかしら。結局、彼らは誰も食べずにスルーして奥へ進んでいったわ。
「いや食べなよ!? せっかくいい感じに育ってるのに、もったいなすぎるでしょ!」
私はソファに転がって足をばたばたさせた。
「なにそれ、あれか? 人の好意をスルーするタイプ? ……あ、思い出したわ」
前世のあいつら。掃除の時間にホウキで野球始めるやつとか。そして極めつけは遠足の時。私のお菓子を奪っておきながら、『こんなもん食ってるから太るんだよー!』って吐き捨てたあのバカ男子!
「はぁ!? あの頃の私はデブじゃないし! ぽっちゃりだし! むしろ『ぽちゃかわ枠』の最先端だったし!」
ふんっ!あまりの怒りに、今でもお尻から変な糸が出そうだわ。
「……ふふん。でも、ちゃんと報復はしたわよ。掃除の時間、バケツの水にたっぷり浸してガッチガチに丸めた雑巾を、あいつの後頭部にフルスイングで叩き込んでやったわ。犯人がわからなくて、濡れた頭で激怒してた姿は最高にざまーみろだ!」
一人でニヤニヤと思い出に浸っていると――。
バンッ! とドアが勢いよく開いたわ。
「ちょっとマオ!! また一人でニヤニヤして! キモいんだけど!」
入ってきたのは、天敵のリリ。
「黒様どこ!? 隠してるでしょ! 運営の権限で教えなさいよ!」
「リリ~、今はお仕事中なの。邪魔したらダメでしょ」
「じゃあリボン! リリも欲しい! あのミントのやつ!」
「はいはい、後でね」
「今作ってよ! このおデブ蜘蛛!」
「…………」
空気が、止まった。
私はゆっくりと、けれど確実に「冷気」を纏って振り返ったの。にっこりと、眼球の奥だけは絶対零度で。
「リリさん。今の私は、擬態のおかげでとーってもスレンダーなんだけど……。もしかして、そのお口には、水に浸した雑巾がお似合いかしら?」
「え、ちょ、なにその顔!? こわっ! 食べられるー!!」
リリは脱兎のごとく逃げていった。ふん、落ち着きのない妹分だ。
アルドたちは奥へ進んでいる。食べなかったけれど、中には入ったわ。
「……まあ、いいか。完全拒否じゃないだけ前進ね」
私はにやっと笑った。
「次はもっと“断れない形”で出そうかしら。試食じゃなくて、フルコース、とかね。……絶対食べさせてやるんだから!」
私はさっそく、モニター(コアの投影映像)を拡大して、アルドさん一行の動向をチェックすることにした。
彼らが足を踏み入れたのは、二階層から三階層へと続く『マオ・アスレチック・エリア』。
ここは元々、私の移動をスムーズにするために作った高低差のある通路なんだけれど、今は若い冒険者たちの絶好の訓練場――あるいは遊び場と化しているわ。
「あはは! 見てピップ! あそこの若い子たち、私が張った『トランポリン糸』で跳ね回ってるわよ。意外と楽しんでるじゃない!」
「……訓練だと言っているだろう。あいつら、あの不安定な足場で戦えるように必死で重心を取る練習をしているんだぞ」
ピップは呆れているけれど、私にはただの楽しそうなレクリエーションにしか見えないわね。
そんな賑やかな光景を、アルドさんたちは「……なんだここは。本当に魔物の巣なのか?」と、引き攣った顔で眺めながら通り過ぎていった。
そして。ついに一行は、私が心血を注いだ迷宮内最大の自信作――『ホテル・マオ』のロビーへと辿り着いたの。
「いらっしゃいませ~、空いているお席へどうぞ~」
リボンを着けた子蜘蛛たちが、キノコのカナッペを乗せたトレイを抱えて、軽やかに配膳しているわ。
ラウンジはすでに先客の冒険者たちで結構な賑わい。ふかふかのソファに沈み込んで、「……ここ、街の宿より最高じゃん」「お冷や代わりの湧き水がうますぎる……」なんて、骨抜きにされている人たちまでいるわね。
「あ~あ! これで、冷えた酒でもあれば最高なんだけどなぁ!」
一人の冒険者がこぼしたその言葉。……ふむふむ、お酒!
「最高なアイデアじゃない! 次は『発酵キノコのワイナリー』を増設しなきゃ……!」
新しいプランが脳内で爆発している私の横で、アルドさん一行は、ホテルの豪華なフロントを前に、なぜか深刻な顔でヒソヒソ相談し始めたわ。……え、泊まる? 泊まるのよね!?
……と思ったら!
「……はぁ!? 何やってんのよ、あいつらー!!」
私が叫ぶのも無理はないわ。
彼らはホテルのすぐ外、通路の隅っこのゴツゴツした岩場に、わざわざ自分たちのテントを広げて野営の準備を始めやがった!
「何なの!? 目の前に魔法の洗浄機能付きシャワーと、低反発糸のベッドがあるのよ!? なんでわざわざ、あんな湿気た地面で寝ようとするわけ!?」
「……当然だろう」
ピップが冷たく言い放ったわ。
「お前を『魔王』だと思っている連中が、毒を盛られるかもしれない城の中で、無防備に寝首をかかれに来るわけがないだろう。あれが熟練の警戒心だ」
「理解できないわ……! 最高のホスピタリティを拒否するなんて、前世のバカ男子が私の特製お弁当を『全部茶色って男飯じゃん』って笑った時くらいショックだわ! あの後、そいつの靴の中にどんぐりを突っ込んでやったけど……流石にここは大人として、もう一度だけ手を差し伸べてあげるわよ!」
私はムカムカしながらも、子蜘蛛スタッフに最高級のソテーを持たせて、彼らのキャンプ地へ向かわせたわ。
「……これ、夜ご飯。差し入れです。……敵意なんて、ないですよ」
子蜘蛛ちゃんが、ほかほかのお肉と湧き水をそっと置いて、すぃーっと去っていく。
アルド様たちは、まるで爆弾でも見るような目でその皿を見つめているわね。
「ふんっ。食べるも食べないも自由だけど、冷めないうちに決断することね!」
私はぷいっと画面から目を逸らしたわ。
この『甘い毒』のような快適さに抗いきれず、泥沼のようにハマってしまうのか。それとも、鋼の精神でおもてなしを突っぱね続けるのか……。
「……ふふ、どっちに転んでも面白いわね。もし食べないなら、次は…ひらめいた!」
親切は、逃げようとするほど加速する。
彼らが『ホテル・マオ』の虜になる日は、そう遠くない気がするね!




