第14話:進化論とマイサロン
「……はぁ? なんでよ。他人の部屋の方が豪華とか、意味わかんないんだけど」
ピップの『キノコ・スイートルーム』を見上げ、私は本気で唇を尖らせた。
丸っこくて可愛い外観。無駄のない家事動線。蛇口を捻れば水が出るし、ベッドなんて指が沈み込むほどフカフカだ。おまけに間接照明みたいな、目に優しい淡い光まで漂っている。
「……普通に良くない? これ。作ったやつ、前世で内装デザイナーでもやってたわけ?」
じーっと見つめること数秒。
「――って、違うでしょ!!」
ハッと我に返り、八本の脚で岩床を景気よく叩いた。バシバシと虚しい音が響く。
「私、自分の部屋まだないじゃん! 主の寝床、ただの岩肌だよ!? 湿ってるんだよ、ここ!」
いやもう、QOLとか以前の問題。ただの野宿だ。
「やばい……ダンジョンマスターとしての威厳が死滅しかけてる……」
ぶつぶつと愚痴をこぼしながら、意識の隅でダンジョンコアに触れる。
と、隣で木の実をカリカリ齧っていたピップが、思い出したように口を開いた。
「そういえばマオ。お前、レベルは確認したのか?」
「え? ……あー、そういえば見てなかったかも。なんか色々必死だったし」
軽いノリでステータス・ウィンドウを指先(脚先?)で弾いた、その瞬間。
「……え? ちょ、数字バグってない!?」
表示されたのは――Lv.20。
爆速。いつの間にそんなに狩ったっけ私。
しかも、視界の端で通知アイコンが、まるで警告灯みたいにチカチカと激しく点滅している。
『個体進化の条件を達成。進化先を選択してください』
「しんか……? なにそれ、突然のイベント発生じゃん。心の準備できてないんだけど」
ピップが横から画面を覗き込み、露骨に眉間にシワを寄せた。
「……妙だな。この段階でその選択肢が出るのか」
「え、どれどれ? ……第2段階:ルッキング・タラテクト(擬態種)?」
ピップの声が、一気に低くなる。
「……聞いたことがある。戦闘能力をドブに捨てて、『隠れる』ことだけにリソースを全振りした変異種だ。視認不可能、気配遮断。敵に回せば、気づいた時には首が飛んでるタイプの……かなり性格の悪い種族だぞ」
「へぇ~……」
説明を半分も聞かずに、私は一点だけを凝視していた。
(――あ。これ、めちゃくちゃ着せ替えできるやつじゃん)
「これにする! 決定!」
「おい待て、まだ説明が――」
迷いなし。即決。
直後、視界が真っ白な光に塗りつぶされた。内臓が浮き上がるような妙な感覚。
数分後。
「……ふぅ。……なんか、体が軽い気がする」
ゆっくりと自分の脚を見下ろす。
「さて、Newマオちゃんのお姿は――」
念じる。イメージするのは、今朝見たあの景色。
すると、じわ……と、真っ黒だった節足が変色を始めた。
「……うわ、すご」
深いコバルトブルー。そこに、毒々しいまでの茜色が混ざり合う。
夜の海に、真っ赤な夕焼けがドロリと溶け込んでいくような。
「……めっちゃ良くない? センス爆発してない? グラデーション神ってるんだけど!」
うっとりして脚をゆらゆらと揺らしてみる。
でもピップは――数歩後ろに下がって、本気で引いていた。
「……なんだ、それは」
色がただ混ざっているんじゃない。
マオの呼吸に合わせて、色が脈打つように、蠢くように流動している。
輪郭がボヤけ、そこにあるはずの脚の距離感が、脳に直接ノイズを叩き込んでくる。
「ねえピップ、似合ってる? 都会的じゃない?」
「……ああ。震えが止まらん」
「でしょ? 感動で鳥肌立っちゃってるんだよね。わかるわー」
会話が1ミリも成立していない。
私は上機嫌のまま、コアの操作画面に指を走らせた。
「よーし、このまま自分好みのマイルーム、爆誕させちゃうよ!」
――ビキッ。
無情にも、コアが真っ赤なエラーを吐き出した。
魔力枯渇の警告だ。
「ええっ!? 拒否!? 私、一応このダンジョンの主だよ!?」
「当たり前だ。さっきの進化で魔力を使いすぎたんだ。ダンジョン全体の供給が追いついてない」
ピップが呆れたように溜息をつく。
「……そこまで部屋が欲しいなら、糸で作ればいいだろ。お前、蜘蛛だろ」
「いやいや、何言ってるの。糸だよ? 家具なんて作ったらベタベタして一生離れられなくなるじゃん。地獄だよ」
「…………」
ピップが、深いため息を吐いた。
「お前……『粘着』と『非粘着』、使い分けられないのか?」
「…………えっ?」
時が止まった。
……え、そうなの? 出し分けできんの?
試しに、お尻のあたりに意識を集中して、じわっと力を込めてみる。
スルッ。
「……出た。え、さらっさらなんだけど!?」
テンションが跳ね上がった。
その場で、狂ったように糸を射出し始める。
柱! 椅子! テーブル! 天井を飾るカーテン!
頭の中のイメージが、実体を持って形になっていく。
「ついでに、糸自体に色も乗せちゃえー!」
青と赤が不気味に蠢く、極彩色の糸。
殺風景だった岩穴が、一気に「異様な空間」へと染まっていく。
数時間後。
「……はぁ~……満足。完璧すぎる……」
作業しすぎて脚がプルプルする。完全燃焼だ。
「……おい、起きろ。死ぬな」
ピップが毒キノコを口に突っ込んできた。
「もがっ!? ……んんっ! うま! 復活!!」
秒で回復して、くるっと一回転。
「見てよピップ! この部屋! テーマは『毒かわ・サイケデリック・サロン』!」
「……『かわ』の要素がどこにあるんだ、これ」
ピップの顔が、これまで見たことがないほど引きつっている。
それもそのはず。
部屋全体が、マオの脚と同じ「動くグラデーション」の糸で埋め尽くされているのだ。
遠近感は狂い、床は波打っているように見え、数秒見つめているだけで平衡感覚が死ぬ。
「このカーテン見てよ! 私が動くと色が変わるんだよ!? 天才じゃない!?」
「……ああ、天才だな。侵入者の精神を崩壊させる罠としては、史上最高に天才だ」
「この椅子も座り心地が――」
「座るな。二度と元の世界に戻ってこれなくなりそうだ」
ピップが深いため息とともに、目を逸らした。
(足場は不安定、視界は最悪。おまけに接触すれば拘束……。ここ、ただの拷問部屋だろ)
「やっぱ部屋って、こうやって自分を表現しなきゃね!」
「その結果、ここに来た奴が何匹発狂すると思ってるんだ」
「え? 誰も呼ぶ予定ないけど?」
きょとん、と首を傾げる。
ピップは静かに目を閉じた。
「……まあいい。せいぜい自分だけは引っかかるなよ」
「失礼な! 自分の糸だよ!? 引っかかるわけ――」
ズルッ。
「ひゃんっ!?」
あまりに滑らかな非粘着の糸に足を滑らせ、派手に転倒。
そのまま、うっかり粘着属性で編んでいたカーテンに絡まり、ミノムシ状態に。
「……ほらな」
「いったぁ!? ちょっと、誰これ作ったの! 滑るしベタつくし、性格悪すぎ!」
「お前だよ!!」
もがもがと脚をバタつかせる私を見て、ピップが今日一番の、諦めに似た笑い声を上げた。
「ねえピップー! 助けて! あと次は寝室をもっとフカフカの毒々しさにしたい!」
「……まず安全に立てる床を作れ。話はそれからだ」
今日もダンジョンの奥深くで、
“平和な生活空間”が着実に、生物禁忌の魔境へと進化を遂げていくのだった。




