第30話 聖女の婚礼
翌日、セラドが評議の間に行くと、すでに何人かの上級貴族や、執政官らが集まっていた。
王命により、開かれる枢密会議は、王が呼び掛けた重臣たちによって、この評議の間で開催されるのが常である。
「ん? 貴公、見ない顔だな?」
一人の大柄な男がセラドに声をかけた。
身に着ける勲章、装飾品の数々が、その男の身分の高さを示している。
訝しげな表情を浮かべる男に反して、セラドの方は、背を反らし自分を見下ろすその男を知っていた。
「お久ぶりです、フェルナンド・デ・アルメイダ公爵閣下。ご息女と先王の婚礼の儀の際に、閣下の警護を務めさせていただいておりました、セラド・ヴァレンティスと申します」
アルメイダ公爵家は、過去幾度も王家に娘を嫁がせるなどしてきた、アルトラディアでも、一、二を争う上級貴族である。クラリスの追放は、リオネルに近づこうとする彼の謀略なのではないかと考える者も少なくなかった。
「ヴァレンティス……?」
もともと糸のような目をさらに細くしセラドを見つめるアルメイダ。
「ああ……もちろん覚えているとも、ヴァレンティス殿。あの時は世話になった。それにしても……」
アルメイダがセラドを舐めまわすように見ている。
「……?」
「今日は殿下より枢密会議があると聞いたのだが……わしは、部屋を間違ったのかな。……そうか! 君がここの警護を?」
「……いえ、”騎士団長”としてこの枢密会議に呼ばれておりますが……」
その言葉に、アルメイダは二、三度瞬きをした。
「──やあ! それはすまない。そうか……君のようなものまで招かれているとは……ふん、それはさぞかし重大な案件とみえる」
喉元まで出かかった言葉をぐっとこらえるセラド。
「……閣下のおっしゃる通りで──」
「安心したまえ。慣れぬことゆえ不安だろうが、何か困ったことがあればわしを頼るといい。助けてやらんでもないぞ」
遮るようにそういうと、アルメイダは、別の貴族のもとへと向かって行った。
「公爵に悪気はないのだろうが……いい気はしないな……」
セラドは腕組みをすると、壁にもたれるようにし、部屋の様子を眺めた。
──貴族同士、挨拶、趣味の近況など、上辺だけの言葉を交わす。
アルメイダに限らず、ほとんどの貴族がそうふるまうものであるから、深刻さなどみじんも無く、その様子はさながら華やかな社交場である。
「これが枢密会議だというのか……」
セラドは一人嘆息した。
やがて評議の間に、王太子リオネル・アルトラディアが現れると場が静まり、一同自席にて直立する。
セラドも周りに倣い、姿勢を正した。
「一同ご苦労である。これより枢密会議を開催する」
そうして、枢密会議が始まった。
多くの者は、今日の会議の内容について知らされてはおらず、集まった国の中枢を担う面々の中では、先日神託の間の騒ぎがあったこともあり、おそらくそれに関連する会議であろうと囁かれていた。
だが、いくつかの前置きの後、若き王太子の発した言葉は、そんな想像のはるかに上をいく言葉であった。
「……そこでだ、私は、聖女ミラ・セレスタを、次代の王妃とすることと決めた」
文官、貴族、騎士団の長たちが息を呑んだ。
皆が、いったい、この発言にどのような答えを用意すればよいのか戸惑い、神妙な空気が広がっていく。
セラドをはじめ、一部のすでに知っていた者以外にとっては、まさに予期せぬ宣言であった。
「これは──聖女様が、聖女の務めを退いてからの話でございましょうか?」
若い貴族のひとりがゆっくりと、言葉を選ぶように発言した。
リオネルは、言葉の主を一瞥すると、正面に向き直り、おそらく準備していたであろう答えを朗々と披露する。
「否。ミラは聖女のまま、王太子妃となる。神の加護を授かる者こそ、国の礎にふさわしい。民もまた、聖女の加護に包まれて暮らすことを望んでいるはずだ」
評議の間がざわめきたつ。
真っ先に声を上げたのは、アルメイダ公爵だった。
「殿下! 聖女は本来、信仰に専心する立場にあるもの。それを王太子妃に、などとは、”聡明で鳴る”殿下ともあろう御方のお言葉とは思えません」
アルメイダの発言を皮切りに声が続く。
「アルメイダ公の言う通り」
「王妃の責務とは、政と王統の継承……聖務とは重ならぬものです」
「教権と王権の併合は、前例が無いかと……」
次々とあがる反対の声に、しばらくの間リオネルは耳を傾けていたが、やがて、片手をあげてそれらを制した。
場が静まるのを待つと、リオネルは静かに、睨みつけるように一同を見回す。
「過去に前例がないのであらば、我が代にそれを成すだけだ。”神託”は我らに変革を求めている。本日の建議、これは予言に込められた神の意思に従い、余が形にするものである」
神託──?
言葉のさざ波が起こった。
リオネルは、小さく頷くと、ゆっくりと口を開く。
「改めて宣言する。”神託”は、”余”と”聖女”の婚姻を求めている」
誰もが言葉を失った。
もし、王太子殿下の言葉が事実なのであれば──
評議の間に集まった者たちの脳裏に、数日前のクラリスの姿が浮かぶ。
──反論は、すなわち神意への抗いとなる。
セラド・ヴァレンティスは、腕組みをしたまま、目を静かに閉じていた。
──リオネル殿下は“神託が変革を求めている”とおっしゃられた。これが神の意志なのだと──
「……」
セラドは口を開きかけた。
だが、その一瞬の逡巡を、誰かの賛同の声が追い越した。
その声は高位の神官の一人だった。
「王太子殿下の仰る通りにございます。聖女様こそ、この国の未来の光──」
沈黙が破れたのはその瞬間だった。
次々と賛同の声が広がっていく。
どこからか拍手が鳴る。
次第に大きくなっていく拍手の音に、最初反対していた者たちも、いつの間にか、「神託に従うべし」等と、賛成を口にしていた。
満足そうに頷くリオネル。アルメイダが軽く唇を噛み、力なく手を打っている。
セラドは、声を吞み込んだ。
神に仕える身として、正義を貫く者として──今、その言葉を放つことが何を意味するのか。
それが、あまりに明白すぎた。
いつの間にか場は「王太子殿下万歳、王太子妃殿下万歳、聖女様万歳」の声に包まれている。
セラドには、ただその喧噪の中、万歳の声を聴くことしかできなかった。




