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王太子妃(仮)でしたが、聞いたこともない予言のせいで追放されました。ですから、今さら呼び戻されても困ります。  作者: 實藤圭
1章:辺境の村、風の道

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第21話 辺境の地にて

 村の輪郭が見えたのは、日が傾き始めた頃だった。

 木立の間から、煙が立ちのぼる。今日の狩りの成果を語り合う男たち、棒を片手に鳥を小屋に追い立てる子どもたち──それは、クラリスが幼かったころの記憶にある、“人の暮らし”だった。


「着いたよ。ここが、あたしの村」


 わずかな誇りと、どこか照れくささの混じるバルバラの声。


「そういえば、名前はなんていうんですか?」

「名なんて、あってないようなもんさ。前にセラドに聞いたら、地図には載っちゃいないってさ。“北の端”って呼ばれてるくらいだよ」

 

 村に近づいてきた馬車を見つけた子どもたちが、我先にと駆けてくる。


「やっぱりバルバラだ!」

「セラヴィアさんもいる! 今度はいつまでいるの?」


 口々に声を上げていた子どもたちの一人が、クラリスに気付いて叫んだ。




「知らない人がいる!」




 子どもが指した先に、視線が一斉に集まる。


「おねえちゃんだれ?」

「バルバラの知り合い!?」

「きれいな髪!」

「王都からきたの? ねえ王都から!?」

「お城見たことある?」

「は、はじめまして……」


 クラリスがなんとか笑顔でいようとしていると、見かねたバルバラが割って入る。


「ほらほら、きれいなお姉ちゃんが困ってるじゃないか! 帰んな、帰んな」

「えー!」

「ちぇっ!」

「おねえちゃんまたね」


 遠ざかっていく子どもたちに、バルバラがやれやれといったようにクラリスに振り返る。


「ったく……」


 クラリスはそんなバルバラの様子に小さく吹き出してしまった。


 しばらく進んで、村の入り口に馬車を止めると、今度は数人の男たちが警戒するように集まってきた。

 さっきの子どもたちとは異なり、クラリスに向けられる視線が刺々しい。


「その娘、どこのもんだ」

「またよそ者か?」

「何度言わせりゃ気が済むんだ。よそ者は持ち込むなとあれほど……」


 バルバラは手綱を投げると、がしがしと頭をかいた。


「ちょいと待ちなよ、あんたたち。この子を見て、少しは世話くらいしてやろうって気にはならないのかい」


 男の一人が、ふんと鼻を鳴らす。


「バルバラ、あんたの顔に免じて黙っててやるがな、あんまり好き放題するんじゃねえぞ」


 そう言うと、男たちは渋々引き下がるように散っていった。

 クラリスは、ただ黙ってそのやり取りを見ているだけだった。




 ──よそ者。


 この村にいていい資格なんて、あるのだろうか。

 確かに、私はよそ者だ。

 王都を追放され、王太子妃候補だったという身分も失った。

 もはや、私を証明するものは何もない。


 やがて、バルバラは馬車の荷を下ろしながら、誰に言うでもなく言った。


「悪く思わないでやってくれよ。村の連中、いろいろ思うところがあるのさ」

「……はい」


 クラリスには、そう答えるのが精いっぱいだった。


「さてと。あたしのとこに置いてやってもよかったんだけど、狭くてねえ。今日は、空いてる納屋をひとまず借りる手筈にしといたよ」




 案内されたのは、村はずれの小さな納屋だった。

 干草の香りと古びた木の匂い。たまに聞こえる隙間風の音が不安を誘う。

 けれど、屋根はしっかりしていて、雨露は十分にしのげそうだった。


「今夜はここで休みな。寝台はないが、藁は新しいのを敷いといたからね」

「……ありがとうございます」


 クラリスは、バルバラに深く頭を下げた。


「礼なんていらないさ。あたしがあんたを連れてきたんだ。あんたの気が済むまで……なんなら、ずっとこの村に居たっていい。──それに、セラドの顔もある」


 それだけ言うと、バルバラは荷車へと戻っていった。




 日が沈み、闇が村を包み始める。

 クラリスが簡単な夕食を済ませ、藁を整えていると、納屋の扉が静かに開いた。


「……ここにいた」


 現れたのは、セラヴィアだった。腕には包帯と薬草の入った布包み。


「これ……余りもの。もし……また、人を癒すっていうんなら、使って」

「あ、ありがとうございます……でも、私……まだ、ここで“何者”にもなれていないのに」

「どうして“何者”かになる必要があるの? ただ、ここにいて、できることをすればいいだけ」


 セラヴィアの言葉は、どこまでも平坦で、乾いていた。

 けれどもその奥には、どこか遠い過去を知っている者の重みがあった。


 クラリスは、包帯と薬草をじっと見つめ言った。


「はい……そう、してみます」




 その夜、干草の香りに包まれて、クラリスは久しぶりに深く眠った。

 王都の絹の寝台よりも、ずっと粗末で、

 ──安心できる匂いだった。




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