第21話 辺境の地にて
村の輪郭が見えたのは、日が傾き始めた頃だった。
木立の間から、煙が立ちのぼる。今日の狩りの成果を語り合う男たち、棒を片手に鳥を小屋に追い立てる子どもたち──それは、クラリスが幼かったころの記憶にある、“人の暮らし”だった。
「着いたよ。ここが、あたしの村」
わずかな誇りと、どこか照れくささの混じるバルバラの声。
「そういえば、名前はなんていうんですか?」
「名なんて、あってないようなもんさ。前にセラドに聞いたら、地図には載っちゃいないってさ。“北の端”って呼ばれてるくらいだよ」
村に近づいてきた馬車を見つけた子どもたちが、我先にと駆けてくる。
「やっぱりバルバラだ!」
「セラヴィアさんもいる! 今度はいつまでいるの?」
口々に声を上げていた子どもたちの一人が、クラリスに気付いて叫んだ。
「知らない人がいる!」
子どもが指した先に、視線が一斉に集まる。
「おねえちゃんだれ?」
「バルバラの知り合い!?」
「きれいな髪!」
「王都からきたの? ねえ王都から!?」
「お城見たことある?」
「は、はじめまして……」
クラリスがなんとか笑顔でいようとしていると、見かねたバルバラが割って入る。
「ほらほら、きれいなお姉ちゃんが困ってるじゃないか! 帰んな、帰んな」
「えー!」
「ちぇっ!」
「おねえちゃんまたね」
遠ざかっていく子どもたちに、バルバラがやれやれといったようにクラリスに振り返る。
「ったく……」
クラリスはそんなバルバラの様子に小さく吹き出してしまった。
しばらく進んで、村の入り口に馬車を止めると、今度は数人の男たちが警戒するように集まってきた。
さっきの子どもたちとは異なり、クラリスに向けられる視線が刺々しい。
「その娘、どこのもんだ」
「またよそ者か?」
「何度言わせりゃ気が済むんだ。よそ者は持ち込むなとあれほど……」
バルバラは手綱を投げると、がしがしと頭をかいた。
「ちょいと待ちなよ、あんたたち。この子を見て、少しは世話くらいしてやろうって気にはならないのかい」
男の一人が、ふんと鼻を鳴らす。
「バルバラ、あんたの顔に免じて黙っててやるがな、あんまり好き放題するんじゃねえぞ」
そう言うと、男たちは渋々引き下がるように散っていった。
クラリスは、ただ黙ってそのやり取りを見ているだけだった。
──よそ者。
この村にいていい資格なんて、あるのだろうか。
確かに、私はよそ者だ。
王都を追放され、王太子妃候補だったという身分も失った。
もはや、私を証明するものは何もない。
やがて、バルバラは馬車の荷を下ろしながら、誰に言うでもなく言った。
「悪く思わないでやってくれよ。村の連中、いろいろ思うところがあるのさ」
「……はい」
クラリスには、そう答えるのが精いっぱいだった。
「さてと。あたしのとこに置いてやってもよかったんだけど、狭くてねえ。今日は、空いてる納屋をひとまず借りる手筈にしといたよ」
案内されたのは、村はずれの小さな納屋だった。
干草の香りと古びた木の匂い。たまに聞こえる隙間風の音が不安を誘う。
けれど、屋根はしっかりしていて、雨露は十分にしのげそうだった。
「今夜はここで休みな。寝台はないが、藁は新しいのを敷いといたからね」
「……ありがとうございます」
クラリスは、バルバラに深く頭を下げた。
「礼なんていらないさ。あたしがあんたを連れてきたんだ。あんたの気が済むまで……なんなら、ずっとこの村に居たっていい。──それに、セラドの顔もある」
それだけ言うと、バルバラは荷車へと戻っていった。
日が沈み、闇が村を包み始める。
クラリスが簡単な夕食を済ませ、藁を整えていると、納屋の扉が静かに開いた。
「……ここにいた」
現れたのは、セラヴィアだった。腕には包帯と薬草の入った布包み。
「これ……余りもの。もし……また、人を癒すっていうんなら、使って」
「あ、ありがとうございます……でも、私……まだ、ここで“何者”にもなれていないのに」
「どうして“何者”かになる必要があるの? ただ、ここにいて、できることをすればいいだけ」
セラヴィアの言葉は、どこまでも平坦で、乾いていた。
けれどもその奥には、どこか遠い過去を知っている者の重みがあった。
クラリスは、包帯と薬草をじっと見つめ言った。
「はい……そう、してみます」
その夜、干草の香りに包まれて、クラリスは久しぶりに深く眠った。
王都の絹の寝台よりも、ずっと粗末で、
──安心できる匂いだった。




