第99話 斃れゆく仲間たち
頂上のフィールドでの戦いは続いている。僕らは盤上の上で見守るしかなかった。眼下に広がる光景は、まるで神に見せつけられる見世物のようで、逃げ場などどこにもない。どれほど目を逸らしたくても、視界は強制的に戦場へと固定されるのだ。
「ああ……トラ子さんがぁー! 傷を早く治さないと!」
思わず叫ぶ僕の声は、空虚に響くだけだった。届いているのかすら分からない。胸の奥が締め付けられる。
《うろたえるな良一郎! 装備品の使用は許可されておる》
確かにそのようで、トラ子は武闘着のベルトに仕込んでいたハイポーションを取り出してグッとあおると、腹の傷は塞がったみたいだった。だが、完全ではない。癒えたはずの箇所に、なおも微かに残る光の灼け跡が見える気がした。
《ポーションでは光のダメージは治りきるまい……勝負を急がねばならぬな》
僕は彼女のために手を合わせることしかできない。ノワールもだが、大事な仲間が傷つき倒れるのを見るのは怖くて辛い。自分が死ぬよりも、だ。眼から自然と涙が零れる。だが観戦は強制だ。このゲームは、戦う者だけでなく、見ている者の心までも削っていく。
***
聖堂騎士セリアと闇の武闘家トラ子の一歩も引かない戦いは続く。トラ子の攻撃で愛馬は傷つき、必死で立とうとしている。セリアはその顔を撫で「もういいぞ」と優しく囁き、愛馬のためにハイポーションを飲ませてやる。オルフェはひと鳴きしてその場でうずくまる。セリアは馬上槍を再び聖ブロードソードに変化させ、白兵戦に備えた。その所作には、敵であってもどこか騎士としての誇りと優しさが滲んでいた。
応急処置を終えたトラ子と交差する。トラ子のヌンチャクは速く重くトリッキーなフレイルだ。聖盾だけでは捌ききれずガンガンと身体を叩かれる。しかしその硬さと防御力はほとんどダメージを通さない。 鈍い衝撃音が何度も響くたび、こちらの心臓まで揺さぶられる。
セリアの剣筋は技のデパートだった。その技術だけならアイオワ以上だろう。巧みなフェイントに、見切りの確かさ。剣の達人が完全武装で掛かって来た時……武術の達人とて付け入るスキはほぼない。トラ子はじりじりと押されていく。だが、それでも退かない。牙を剥いた獣のように、前へ前へと出る。
「トドメだ! トラ子!」 セリアの聖剣が再び伸びてトラ子を襲う。
「超神技的足捌!」
絶対回避の必殺スキル。躱した死角から聖剣をヌンチャクで絡め取る。二人の武器がすっ飛んでいく。一瞬の均衡――その隙を逃さない。
「ギャラクティカなマグナム!!」
すかさず放たれる必殺拳。魔力的波動を込めた一撃はセリアの聖鎧を浸透して中身の肉体を穿つ!
「ウウッ……やるな……」
よろめくセリアにトラ子が畳みかける。必殺拳の連続技だ。
「ローリングなサンダー!!」 音速の三連撃がセリアを貫く。
だが勝負は一瞬で逆転する。まるで運命が嘲笑うかのように。
「ウッ……良ちゃん……」 ガクッ……。
その場に崩れ落ちる巨体。セリアの聖盾から生えた光の刃が、トラ子の心臓を一撃で貫いていた。盾は防御……その常識はセリアには通じなかった。光の神聖魔法で全身どこからでも刃を出せるし、どこの部分をも盾に出来るのだ。完全に意表を突いた一撃だった。
二人の戦いを見守っていたアシュレイが声を上げる。
「ああぁー、トラ子ちゃん!」
素早く駆け寄って回復魔法を飛ばすが、トラ子は一閃の下に即死していた。アシュレイは倒れたトラ子を静かに横たえる。その手は震えていたが、表情は不思議なほど冷静だった。
「セリア……貴女を倒す。この仇は取ってあげるよ、トラ子ちゃん」
「アシュレイ……死にたくなければ降参しろ。私は戦闘のプロだ。半端な補助魔法使いに負ける道理は無い」
アシュレイの目が妖しく光る。
「そうかしら? 試してみるといいわ」
***
引き続き連闘するセリア。見た目には無傷。トラ子の必殺拳も何もなかったような涼しい顔をしている。アシュレイは補助魔法で自分の身体能力を強化している。だが、使える攻撃魔法は護身用の中級魔法クラスしかない。普通に見れば勝負は見えている――はずだった。
だからと言って、彼女を侮るのは早かった。
「フィールドにあるもの……出せるものは何でもアリなのよね? じゃあお行きなさい……我がしもべよ」
アシュレイの右隣の空間に歪みが生まれる。そしてそこから現れたのは……メデューサだった。その視線だけで敵を石化するという特級Sクラスの魔獣。古代魔法王国で創造された超レアモンスターだ。セリアがその姿を見て唖然とする。
「ちょっと……あなた……それって反則過ぎない!?」
「つーん……聞く耳はありませんー。さあ、メデューサよ! セリアを石化しなさい!!」
「どうなってるのよ!? 召喚魔法なんて使えるとか聞いてないけど」
「ホホホホホ。これは召喚魔法じゃないわ。私はビーストテイマー。テイムしてる魔獣を収納魔法で持ち運びしてるだけですー」
「くっ……視線を合わせたら即死してしまう。脚力強化!!」
咄嗟に速度上昇の強化魔法を唱えて走り出す。追う視線を意識しながらアシュレイの背後に回り込もうとする。視線という“死”の圧力が、動きを加速する。
「ダメダメ……こっちに来るなー。私まで石化しちゃうからー」
「そんなこと言われても勝負だから仕方ないじゃない」
最強の魔獣をテイムして、緊迫した戦いになるかと思いきや……意外とグダグダだった。だが、その緩さが逆に恐ろしい。どこで死ぬか分からない不安定さがある。
(メデューサは大多数の敵を一気に制圧するのに使うタイプだったわね)
「メデューサ! 私の背中に背中を合わせて!」
「くっ……回り込めない。だが……私にはこれがある。聖光伸刺突!!!」
左手の盾が槍となり、レーザービームのように伸びてアシュレイを襲う。セリアは聖兜で顔を隠して視線を合わせず攻撃してくる。精度は下がるが手数で押す。体勢を入れ替えたメデューサが石化の視線をまき散らしながら襲い掛かる。その身体は触れるだけでも麻痺する状態異常の塊なのだ。
「させるか!そこだ!」
スパーン!! セリアの必殺の突きがメデューサの首を跳ね飛ばす。青い魔導の血を噴き上げて絶命する魔獣。驚異的な一撃だった。
「ええぇー!? 強すぎるんじゃない?」
「アシュレイ……お前も逝け!」
セリアの光の槍がアシュレイを捉える。一撃、二撃、三撃……刺突する光の槍。アシュレイも崩れ落ちる。セリアの完全勝利だった。盤上の誰もが、その結末を疑わなかった。
勝者が倒れた敗者の側に近づく。その時だった。絶命したはずのアシュレイがセリアに左手を向ける。一拍を置いてセリアが突然血を吐いて倒れる。
「ん? ――ガハッ! ……アイオワ……すまない」 そのまま倒れ込む聖騎士。
それはアシュレイの放った執念の一撃。死の間際に放たれた、最後の牙。テイムされた魔獣は極少の魔虫。だが猛毒を持つそいつらは、聖鎧の隙間から潜り込み牙を剥いたのだ。実はトラ子の必殺拳で、鎧の中は傷だらけだったのだ。ギリギリの戦いで猛毒を耐える体力はセリアに残っていなかった。完璧に見えた聖鎧にも、確かに“隙”はあったのだ。
壮絶な幕切れ……フィールドには、死力を尽くした三人の遺体が残るだけだ。歓声も、勝利の余韻もない。ただ静寂だけが、やけに重くのしかかっていた。
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