第53話 宣戦布告の花火
アストラリア王国の海軍の中心地イーストフォーク。王国の軍事と権力の象徴とも言えるこの港湾都市は、巨大なドックと造船施設、無数の艦艇によって埋め尽くされ、常に鉄と魔導エネルギーの匂いに満ちていた。この郊外の静かな佇まいの場所に、レキシントン元帥の別宅がそびえ立つ。市街地の喧騒から切り離されたその一角だけが、異様なほど静謐で、そして異様なほど重々しい空気を纏っていた。
提督として、またこの一帯を支配する総督として用意された公邸も別に存在するが、彼が有り余る財力で築いたこの邸宅は、もはや別荘というよりは壮麗さと堅固さを兼ね備えた「城郭」と呼ぶべきものだった。高い外壁、幾重にも張り巡らされた結界魔法、重装備の警備兵、魔導監視装置。ここは住居というよりも、支配と暴力の象徴として築かれた要塞だった。元帥は公務で元帥府に赴く以外はほぼ終日この城に籠っており、その第一通用門には、利権を貪る豪商や王国の役人、裏社会の顔役たちがひっきりなしに訪れていた。この城は、権力と腐敗の交差点でもあった。
近く行われるアストラリア王国海軍記念日の祝宴。この祝祭は表向きは国家行事だが、その裏側では選ばれた者だけが参加する“密かな祝宴”が存在していた。そのシークレットメンバーにのみ共有される「目玉」が人魚だった。レキシントンは人魚の肉を喰らうことで、自らの霊力と魔力を常軌を逸したレベルまで高めている。それだけでなく、多くの共犯者にも肉を提供し、その口を封じると同時に支配を強固にしていた。共犯関係は、血と罪で結ばれていた。
人魚の肉は、レベルの低い人間が食せば即死するほどの猛毒であり劇薬だ。だが、高レベルの者が正しく摂取すれば不老の力を得る。またその美しい肉体を剥製にして愛でることも、血や肉を魔法アイテムへと加工することも可能だ。それは生命であり、資源であり、商品であり、そして禁忌だった。毎年、三体ほどの選りすぐりの美しい人魚が収容所島から運ばれ、この城塞で「処理」されるのがレキシントンの恒例行事だった。それは儀式であり、享楽であり、力の誇示でもあった。
だが、海軍記念日が間近に迫る中、元帥府は騒然としていた。人魚選定と輸送の任務を命じたワスプ大佐と最新鋭戦艦が、未だ帰還しない。さらに魔導通信も途絶え、島への連絡も不可能になっていた。実は、吾妻良一郎が島を制圧する際に吹き飛ばした「監視塔」が通信施設を兼ねていたのだが、それを元帥府は知る由もない。
ルーティーンが破綻し、面子を丸潰しにされた元帥の怒りが、無能な部下たちに向かうのは明白だった。艦隊司令部は直ちに第二の使者として高速巡洋艦二隻を送り出した。しかし、この二隻までもが行方知れずとなり、異変が確信に変わり始めた矢先――衝撃の大事件が起こった。
***
その朝、レキシントン元帥は別邸の自室で目覚めた。だが、目覚めは悪い。海軍軍人としても騎士としても、自らの命令が果たされず「事がうまく運ばない」などという経験は初めてだったからだ。
彼は既に六十歳を超えたはずだが、その姿に老いの陰りはない。初めて人魚の肉を口にした十数年前、最も脂の乗り切っていた四十代半ばの肉体を完璧に保っている。艶のある茶色の髪に、獲物を射抜くような鋭い黒い眼。長身の身体は、不自然なほど若々しい弾力を持った筋骨隆々の肉体に包まれている。不老不死を手に入れてからも一日たりとも鍛錬を怠らぬその体躯は、まさに暴力の結晶だ。その剣は達人の域にあり、頭脳は一流の作戦家、そして魂は未だ欲にまみれた餓狼そのものであった。力と理性と欲望が、歪な均衡で共存している存在だった。
レキシントンは起床してすぐに執事を呼び尋ねた。
「艦隊司令部からの連絡はまだか? 例のブツはまだ届かんのか?」
「司令部からは未だ連絡はございません。催促の魔導電話は掛けておりますが……」
「海軍記念日まであと一週間だぞ。最高のブツを用意せねば……わしの面子は丸潰れだぞ」
「閣下、ご自身で艦隊司令部へお出かけ頂くのが間違いないかと」
「朝食を済ませたら出向こう。支度をしておけ」
「ははっ」
その一時間後だった。イーストフォーク軍港から、巨大な爆発音と共に火柱が上がった。空気を裂くような衝撃波が、城郭の窓ガラスを震わせる。
「今の爆音は!? 何事だ?」
「直ぐに問い合わせます」
「何だ……何が起こっている?」
やがて司令部から参謀将校がすっ飛んできた。詳細はこうだ。本日未明、行方不明だった高速巡洋艦一隻が入港を申請。司令部は人魚を輸送して帰還したと判断して入港を許可した。全艦が国旗を掲揚する午前七時頃、湾内の真ん中に差し掛かったところで艦が停止。乗組員が海に飛び込む様子が確認された直後――魔法動力炉付近から大爆発が起こり、巡洋艦は四散して轟沈したというのだ。王都への隠蔽も不可能な大不祥事。レキシントン体制になってから初めての事態だった。
***
司令部へ駆けつけたレキシントンは、幹部を招集して情報を収集させた。巡洋艦の爆沈は事故か、事件か。情報が錯綜する中、救助された乗組員が、元帥宛ての「親書」を預かっていたことが判明する。
「内容を確認してみろ」
「ここで開披してよろしいので?」
「構わん。声に出して読んでみろ」
「はっ! 読みます」 参謀が、震える声で読み上げた。
『親愛なるレキシントン閣下へ 永年に渡り私たち人魚族を扶養していただきありがとうございました。 この度、実力を行使して全員で島を出ることにしました。 戦艦レトヴィザン及び物資など今後の生活費の足しにしたいと思い頂戴いたします。 あと巡洋艦は海軍記念日の祝いの花火にさせていただきました。 あしからずご了承ください。 奴隷人魚解放戦線代表より』
会議室に静寂が落ちる。誰一人、息をする音すら立てられなかった。レキシントンのこめかみが怒りでぴくぴくと震える。彼は音もなく立ち上がると、腰の聖サーベルを一閃させた。――凄まじい衝撃波と共に、重厚な執務机が一刀のもとに両断される。
「はぁ……はぁ……はぁ……。殺す。わしを虚仮にした奴は皆殺しだ」
怒りで肩を揺らすレキシントンは、血走った眼で参謀を睨みつけた。
「任務に失敗した馬鹿どもは営倉にぶち込んでおけ。後で処断してやる。……参謀! 艦隊に直ちに出撃準備をさせろ。わしが指揮を執る」
「はっ! 表向きには巡洋艦の爆発は事故、艦隊の出動は緊急の演習として指示します!」
不老の肉体に狂気を宿した提督とアストラリア海軍全艦隊による、人魚族、そしてアズマ一行への苛烈な追撃が幕を開けた。
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