第108話 エピローグ:その想いは永遠に
勇者と魔王の歴史的な和平を経て、光の大地……聖大陸にはかつてない平和と繁栄が訪れた。
長きに渡り続いた争いの火種は消え、人々はようやく「明日」を当たり前に語れる時代を手に入れたのだ。かつて剣と魔法で彩られていた世界は、今や笑顔と文化で満ちている。聖大陸(アストリア大陸)は復興したアストラリア王国を中心に発展していく。
一方の闇の大地……魔大陸(ディスフィア大陸)は上陸した魔王アズマがその将器を発揮し、いつの間にか一大帝国を築き上げていく。その活躍ぶりは正に戦国大名・毛利元就の如しであった。最初は小さな勢力から内政を充実させて徐々に発展していく。やがて周辺の弱小部族を救援するうちに、数十の勢力を束ねる盟主となる。盟主と言っても最初は『魔大陸西部弱小部族組合・組合長』くらいの感じだった。
だが、その裏では絶え間ない調整と配慮、そして相手を尊重する優しい精神があった。力でねじ伏せるのではなく、信頼で束ねる。そのやり方が、気付けば誰よりも強固な支配を築いていく。とにかく、吾妻良一郎の『おもてなし外交』はどんどん各部族長のハートを鷲掴みにしていった。やがて良一郎の大勢の子供たちが成長すると、各部族に『養子』や『婚姻』で縁戚を結び……多くの部族がいつの間にか一門衆や家臣化しているのだった。
遂に大陸最強勢力となった魔王軍は、その後も対抗する敵をどしどし篭絡。気が付けば……ほぼ無傷で大陸を制覇。そして国号を【呉】(くれ)……都を【広島】(ひろしま)として支配を完了する。その都は活気に満ち、異種族が肩を並べて商いをする光景が日常となっていた。かつて争っていた者同士が笑い合う――それは奇跡ではなく、当たり前の風景になっていた。
魔大陸に未曽有の大帝国が出現した数年後……魔王アズマは退位し、イリスとの間に生まれた長男・吾妻好一郎が二代目魔王として即位するのだった。
***
そして100年の時が流れた。時代は移り変わり、人々の記憶はやがて歴史となる。それでも「魔王と勇者の和平」は、伝説として語り継がれていた。
ここはアストリア大陸の東……港町イーストフォーク。収容人数8万人の大スタジアムでは、いよいよプロ野球ワールドシリーズの初戦・開幕の日が訪れた。空は快晴。観客席は色とりどりの応援で埋め尽くされ、熱気が波のようにうねっている。売り子の声、歓声、楽器の音……すべてが一体となり、巨大な祝祭を作り上げていた。
聖大陸にある24球団と魔大陸にある24球団……その大陸シリーズ優勝チームによる世界一決定戦。勇者大平と魔王アズマ……この二人が世界に伝えたという野球は、熱狂的な人気スポーツとなっていた。イーストフォーク・ドヤーズと広島魔大洋カープスの試合が今まさに始まろうとしている。
満員の外野指定席……獣人の親子が目を輝かせながらグラウンドを見つめている。スタンドのあちこちでは種族を超えた応援が飛び交い、見知らぬ者同士でも自然と笑顔が交わされていた。ここにはもう「敵」など存在しない。
始球式が始まる。ワールドシリーズ初戦の始球式は毎年恒例だった。応募の中から抽選で選ばれた少年が、いにしえの魔王アズマに扮装してボールを投げる。この役目は野球ファン垂涎の名誉であり、当選確率は宝くじの一等より難しいという。
「始球式……いいなぁ……僕も投げたいようー」
「ハハハ……大きくなったら応募しよう。当たるといいな」
「うん! ところでパパ……魔王アズマって今どうしてるの?」
「えーと……どうしてるんだろう? 聞いた話じゃ……不老不死らしいんだけど」
「ずっと魔大陸にいるのかな?」
そのとき不意に隣の席に座っていた青年が子供に話しかける。その声はどこか柔らかく、懐かしさすら感じさせる響きを持っていた。
「魔王アズマが気になるのかな?」
「うん! 学校の授業でも、今はどうしてるのかよく分からなかったから……」
「そうかぁー。そうだなぁ……意外と近くにいるかもね。ほら……あいつは野球好きだから」
青年はグラウンドを見つめながら、どこか遠い記憶を思い出すように微笑む。
「じゃあ今日の試合を見に来てるかもね」
その言葉に青年の隣に座るダークエルフの女性がサングラスを外しながら話しかけてくる。
「きっと見に来てると思いますぅー。ここだけの話……アズマは広島の大ファンですから」
いたずらっぽく笑うその仕草に、どこか神秘的な気配が宿る。
「そうなんだよ……もう30年もワールドチャンピオンから遠ざかってるんだ。(血涙)久々の優勝を見届けないと!」
「プッ! お兄ちゃん……アズマみたいだね。でも勝つのはドヤーズだもんね」
「むぅー負けないぞ! 今日はカープスが勝つ!」
青年と獣人少年が顔を見合わせてにらめっこ!……やがて爆笑する。
「「ハハハハハハ」」
そのやり取りを聞きながら獣人パパが何かに気付く。
(もしかして……本物!? あの隣の美女はイリス様!?)
背筋に冷たいものが走る。だんだん青ざめるパパ獣人。だが同時に、信じられないほどの幸運に震える。その様子に気付いたダークエルフの美女が軽くウィンクする。
(や……やっぱり!?)
胸がドクンと鳴る。だが次の瞬間、スタジアムを揺るがすほどの大歓声がすべてをかき消した。主審のプレイボールの声が響き試合が始まる……スタジアムでは人間も獣人も亜人も(それこそアンデッドまで)みんな仲良く観戦している。
誰もが同じ瞬間に歓喜し、同じ瞬間に悔しがる――その光景は、光と闇が争っていた時代には誰も想像できなかった未来。かつてコミュ障の転生者が創ると誓った『ダークエルフの彼女と大手を振って歩ける世界』がそこにあった。
おわり
どうも、久留間です。全108話、ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
最初は、一人のコミュ障な転生者がダークエルフの美少女と出会う……という、ある種「よくある」始まりだったかもしれません。しかし、書き進めるうちに、アズマという少年の「優しさ」が、僕の想像を超えて物語を動かし始めました。
僕は故郷広島という地を愛しています。被爆の苦難から立ち上がり、平和を願い、そしてカープというチームを家族のように愛するあの熱量。アズマが魔大陸に築いた「呉」という国と「広島」という都の成り立ちには、僕の理想とする「毛利元就風のおもてなしの心」をこれでもかと詰め込みましたw
最終話、100年後のスタジアムでアズマとイリスが正体を隠して試合を観戦しているシーン。あれを書いている時、ようやく「ああ、アズマを幸せにしてあげられた」と、作者として心から安堵することができました。アズマとイリスの伝説はここで一区切りとなりますが、彼らの「楽しい時間」は、これからもずっと続いていきます。
最後に、このお話は読者様の予想を裏切る異世界ものを目指して書いてみましたが、いかがだったでしょうか?よかったら、感想など頂ければ嬉しいです。これまで熱いリアクション等をくださった皆様へ最大の感謝を捧げます。また次の、新しい「伝説」でお会いしましょう!
久留間猫次郎




