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江連朝顔の物語 その4

 順調に進んでいた計画に予定外の歪みが生じたのは1月22日の夜ことだ。知らない番号から電話がかかってきたと思ったら、相手はあの公安の郷田だった。


 まさか、計画がバレたのか。高鳴る鼓動を手のひらで押さえつけながら電話に出ると、彼は開口一番『不用心だな』と吐き捨てた。


「なんですか、急に」

『家の外にいる記者のことだ。言っただろ。嗅ぎ回られるようなことがあったら連絡しろ、と』

「……わざわざわたしまで見張っているんですか?」

『我々はそこまで暇じゃない。ただ、お前の家の周りに不審な車が停まっていると警察に通報が入ってな。その旨の連絡が一応こちらまで回ってきただけのことだ。感謝しろよ。アレは我々で処分しておく』


 余計なことを。彼女が殺されては計画が台無しになる。わたしは焦りを悟られないよう、あくまで淡々と会話する。


「あれはいいんですよ、あのままで」

『何故だ。放っておいていいことなんてあるか?』

「わたしの身に降り注いだ『悲劇』を広めるためには、ああいった存在が必要不可欠でしょう?」

『それは我々の息がかかった者の仕事だ。心配するな』

「その息がかかった人というのは何歳くらいの方なんですか? 性別は?」

『大手新聞社に勤める男のベテラン記者だ。あんなフリージャーナリストよりもよほど言葉に信憑性がある』

「わたしたちがこれからやることを考えれば、信憑性よりも大切なのは、いかにドラマチックなものが書けるかでしょう。そう考えれば、わたしと同世代で、わたしと同じ性別の彼女の方が適任だと思いますが」


 嫌な沈黙が数秒流れた後、郷田は軽く息を吐いた。


『お前の言う通りだろうな。処分は中止だ』

「頭の柔らかい方で助かります」


 郷田からの通話が切れる。わたしは額に滲む汗を手の甲で拭い取った。


 トラブルは翌日にも続いた。ウルトラフォースが書いたあの下手な小説の手書き原稿が、未だ石田荘慈の家に眠っていたのである。あの小説については完全に隠しておくつもりだったのに。


 アレが見つかってしまった以上、わたしが出版詐欺に引っかかっていたというシナリオに変更せざるを得ない。この程度ならば大きな歪みは生じないだろうが、帳尻は若干合わなくなる可能性はある。とはいえ、今さら修正は効かない。このまま突き進む以外にないだろう。


 計画がすべて成功した後、わたしは歴史からどう扱われるんだろうか?


 世界で唯一のスーパーヒーローを殺した悪女? それとも、スーパーヒーローが何より愛した女性?


 ……考えたところで意味もないか。どうせ、わたしがその未来を知ることはない。



 1月24日。シナリオの変更に伴って〝タネ〟を撒いておく必要があり、わたしは太一くんに会いに彼の大学まで向かった。学友と語り合う彼の顔は一見したところ穏やかだが、一皮剥いたところでは青い感情が渦巻いていることだろう。彼にはその調子で、なにも疑わず突き進んでほしい。


 食堂で声をかけたら後で話そうということになって、わたしたちは一緒に近所の喫茶店へと向かった。ホットコーヒーを注文して向かい合う男女。外から見ればわたしたちは、カップルか何かに見えるのだろうか。


 小説の件を切り出すと、彼がわざとらしい態度で「あったかなあ、そんなの」なんて言い出したものだから、わたしは思わず吹き出しそうになった。彼のような人が、慣れないことをやるものじゃない。


 本題はわずか10分足らずで終わってしまった。コーヒーはまだ半分ほど残っている。このまま帰ってしまうのも勿体なく、わたしは「あの」と切り出した。


「太一さん、〝超人〟ってご存じですか?」

「超人って、ウルトラフォースみたいなスーパーヒーローのことですよね」

「いえ。わたしが言う超人はもっと精神的なもので……簡単に説明してしまえば、自分が信じたものや価値観を決して曲げない人のことを言うんです。だから、あんな風に空を飛べたり、岩を素手で割ったり、弾丸をはじき返す肌を持ったりしてなくても、超人って呼べるんですよ」

「その超人がどうかされたんですか?」

「いえ。ただ、そんな〝超人〟が存在するなら、きっとそういう人をスーパーヒーローって呼ぶんじゃないかなって」


 彼は不思議そうな顔をして首を傾げていた。



 2月1日。太一くんが家までやってきた。もちろんわたしを裁くためだ。警察を装って電話をかけたのが変声機を使って声を変えたわたしだったことも、『樹星社』にいた男がわたしの雇った売れない劇団員であることも、自分自身で選択したはずの行動がわたしに選ばされていただけだったということも、彼はなにひとつとして知らない。


 いま、彼はわたしと対面するようにリビングのソファーに腰かけている。薄っぺらい演技を続けるわたしを睨む彼の表情は、群青色の正義感に満ち溢れている。


「――おじさんを殺した実行犯はウルトラフォースです。でも、そうさせたのはあなただ。江連さん、あなたがおじさんを殺した本当の犯人ですよね?」


 ――ありがとう、太一くん。わたしの思い通りに動いてくれて。


「いえ。ウルトラフォースを殺したのはあなたです。俺は、あなたが彼に自殺をするよう仕向けたんだと思っています」


 ――ありがとう、太一くん。こんなわたしを裁いてくれて。


「……おじがあなたにしたことは、たしかに許せないことだと思います。実際、身内の俺にだって許せません。でも、だからって殺すまではやりすぎです。別の形で罪を償うことだって出来たはずです」


 ――ありがとう、太一くん。こんなわたしを気遣ってくれて。


「さようなら、江連さん。どうか、お互いに二度と会うことがありませんように」


 ――さようなら、太一くん。生まれ変わっても、あなたのことは絶対に忘れない。


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