江連朝顔の物語 その3
――海面まではもう遠い。視界がだんだんと薄らぼんやりしてきた。だというのにまだ死ねない。人間って意外と頑丈だよな。ウルトラフォースはあっさり死んでいたのに。死ぬのにも才能って必要なんだ。
恐ろしく鮮明な脳内にフラッシュバックするのはウルトラフォースとの思い出の数々。懐かしいな。彼は生まれ持ったその強大な力のせいで、愛する女を強く抱くことすらできないから、自分によく似た顔の男に愛する女を代わりに抱かせて映像を撮り、自分自身はそれを見て満足していた。今回の件であの映像が役に立ったからまだ救われたが、あれは死の間際になっても未だ不快な記憶だ。
はっきり言って彼を憐れだと思ってた。でも彼は世界で唯一、スーパーヒーローという概念を持つことを公に許された存在。たったひとつのその事実だけで、なんだって我慢できた。
だから、彼が「自分の子どもが欲しいんだ」と言い出した時、わたしは自分が母体になることを望んで提案した。
すべてが〝強すぎる〟彼は『昔ながらの方法』で子どもを作ることができない。だから、彼の種を使って作った受精卵をわたしの子宮に入れ、そこで育てることにした。
受精卵は無事にわたしの身体に定着。順調にいけば、予定日は来年の9月。そのはずだった。
12月24日、事件が起きた。子宮内の受精卵がフィルムを早回ししたように急成長を始めたのだ。一時間にひと月分のペースで成長する子どもに耐えきれずに子宮は破裂し骨盤も骨折。手術を受けたわたしの命は助かったが、子どもは助からなかった。
子どもが死んだと聞いた時の、彼の失望と諦めがブレンドされた表情と、彼がつぶやいた言葉は、たとえ生まれ変わったところで忘れることはできないだろう。
「……結局、俺は俺以外の何者なんかにはなれないのか」
結局、彼が自ら死を選んだ理由はそこにある。つまるところがアイデンティティの喪失。人として親にもなれず、ウルトラフォースという顔を隠して小説家として活動するまでの才能もなく……。だから死んだ。それだけ。
佐々木邑李はなにを勘違いしていたのだろうか。ウルトラフォースはスーパーヒーローなんでしょ? だったらそれ以外の役割なんか必要ない。そもそも、そんなものを持つことすら許されていないんだから。
◯
ウルトラフォースの死が公表されたのは、1月1日新年早々のことだ。マスコミは一斉にわたしの家に駆けつけ、なんとか美味い話を聞こうと躍起になったが、「思い当たるようなことはありません」と判を押したような答えを涙ながらに繰り返していると、3日と経たず家まで来るようなことはなくなった。
それと入れ替わるような形で家まで訪れるようになったのが、天山摩耶というフリーのジャーナリストだ。年齢はわたしと同じ。性別は女。何度も家に来ることに加えて、家の周りをしつこくうろつくようになったから、これは使えると思い、駒として利用することにした。馬鹿と鋏は使いようだ。
駒は彼女だけではなくてもう一人。石田荘慈の甥である三谷永太一くんだ。彼の名前と顔写真を石田のスマホから発見した時は本当に驚いた。でも、彼の額の古傷を見たとき、これは運命だと確信した。
昔から彼のことは誰よりも知っている。彼なら間違いなく、わたしを裁いてくれることだろう。
石田荘慈のスマホから彼へメッセージを送っておき、彼が叔父の死に対し疑問を抱くように誘導しておく。また、石田の家にわたしが〝乱暴された映像〟を保存したUSBメモリと、盗撮したように見せかけたわたしの写真を入れておいた封筒を見つけやすいように隠しておき、家の様子がわかるように隠しカメラも仕掛けておけば仕込みは完了。あとは時が来るのを待つだけだ。
1月12日。地方新聞に石田荘慈の死亡を報じる記事が掲載された。どうやら、公安の連中も本格的に動き出したらしい。問題はここからだ。
石田の葬儀が執り行われたのはそれから5日後。葬儀へ訪れ、あり得ない金額の香典を置いていけば、想定していた通りふたりはばっちり食いついた。
香典返しと称してケーキを片手にわたしの家までやってきて、小動物のように怯えながらも、勇気を持ってわたしから情報を聞き出そうとする彼。いま思い出しても、はじめてのお使いでも見ているような温かい気分になれる。
彼と話して残念だったのは、わたしを覚えていないらしいということだ。でも、いいんだ。彼は昔となんら変わっていないようだったから。




