天山摩耶の物語 その3
太一くんを止めるために一番簡単な方法は、『石田荘慈が自殺した』という事実を証明するための情報を突きつけること。となれば、必要なのは彼が自殺するに至った原因だ。妙なところでジャーナリストとしての腕前を発揮することになりそうだぞ、これは。
――石田荘慈。入念にネットで検索してみたが、ヒットするページはない。江連朝顔と浅からぬ繋がりがあるのなら、何かしら引っかかってもいいはずなのだが。男女の関係だった、とかなのかな。
こうなると、頼れるのは自分の脚だ。わたしは石田荘慈についての情報を集めるべく方々を回った。
生前の石田氏はあまり親戚と関係を持たなかったらしく、彼の親戚周辺から得られる情報といえば〝無職のギャンブル好き〟ということくらいしかなかった。「間違いなく悪い人じゃなかったんだけどね。真面目に働いててくれればうれしかったんだけどな」とは彼の義理の兄の弁である。
交友関係のほとんどは競馬場で知り合ったという人物。そのうちのひとりである細身の男性の話によると、石田氏は東京競馬場で知り合ったある人物の紹介で、一年ほど前から都内にある会社で働きはじめていたんだという。
「あいつが会社勤めになってから何度か会ったけどね、ずいぶん疲れてるみたいだったな。仕事が大変だとかで」
親戚から得た情報とは裏腹に、石田氏は働いていたらしい。一体どんな会社だったのだろうか? となれば、次に行くべきは彼の職場だ。たとえばそこで上司にパワハラを受けていたとかいう情報を掴めれば、自殺の証明になるだろう。
千円札と引き換えに細身の男性から受け取った名刺によると、石田氏が働いていた『樹星社』は東京都の府中市という住所である。その日のうちに訪問してみようと車を走らせ、到着したのが夕方のこと。小さなオフィスビルの二階の窓からは人の姿が見えない。試しに扉を叩いて「すいませーん」と呼びかけてみたが返事もない。どうやら留守にしているらしい。
情報社会の昨今、困った時はインターネット頼りだ。スマホを使って『樹星社』と調べてみれば、ウォーターサーバーのレンタル会社と出てくる。ホームページは小綺麗にまとめてあるが、導入実績や連絡先が記載されていなかったり、オフィスが小さいわりに社員数が20名とやけに多かったりと、なんだかいろいろ怪しい。ヤクザのフロント会社なんてこともあるかもな。
あいにくわたしはこの手の情報に詳しくない。というわけで、〝二流雑誌の一流記者〟を自称するウラ街道の事情通、記者仲間のタナベお姉さまに『樹星社』について電話で聞いてみると、『ああ、知ってる知ってる』と酒焼けした声で明るく答えてくれた。
『あそこね、ヤクザあがりの半グレ連中が仕切ってる会社。ウォーターサーバーのレンタルなんてウソウソ。オレオレ詐欺の受け子から売春の斡旋、パパ活のケツモチまで、金のためならなんでもアリの奴らよ』
ジャーナリストの勘は大当たり。でも、この辺りの情報は事前に仕入れておくべきだったな。奴らが留守でよかった。もし奴らがいたら、面倒なことになってたかもしれない。
ともあれ一歩前進だ。こんな会社で勤めていたのなら、それこそ自殺の原因なんていくらでも出てくることだろう。
石田氏について調べを進めていた1月20日の夜、三谷永さんから電話が掛かってきた。『明日空いてる?』と切り出した彼女によると、太一くんが石田氏の家の整理を任されたとのことだ。
『それでなんだけど、家の整理をするあいつを邪魔してくんない?』
「邪魔って、またどうして?」
『いいからやってよ。報酬、欲しいでしょ?』
「まあそう言うなら別にいいけど……でも、邪魔なんて出来るかなあ。あの子、結構ガンコそうだったよ」
『大丈夫。あいつ、たぶんシスコンだから。年上の女の言うことに逆らえないようになってんの』
それって、シスコンとかじゃなくて姉という存在にトラウマがあるだけとかじゃないのかな。そんなことは口が裂けても言えないけど。
〇
翌日の1月21日のこと。太陽が眩しい寒空の下、ミニクーパーを走らせたわたしは石田荘慈さんの家へと向かった。
彼の住んでいたアパートに着いたのは午後の13時半ごろ。「さむさむ」と肩を縮めながら車の外に出て、急ぎ足でアパート二階にある石田さんの部屋のチャイムを押せば、例の太一くんが扉の隙間から顔を覗かせる。警戒心マックスといった表情で、「どちら様ですか」と問いかけられ、ちょっとムッとして「もう忘れたの? この前会ったばっかりなのに」なんて返したが、そういえばサングラスとマフラーを身につけていたんだった。これじゃ顔がわかるわけない。
わたしは顔を隠していたものを外して笑ってみせた。太一くんはますます怪しいものを見る目つきになる。こういう大学生くらいの子って、マスコミを異様に嫌ったりするんだ。少し驚かせてやって、主導権をこっちで握ろう。
「なんでわたしがこんなところにいるんだ、って顔してるね」
わたしは太一くんの顔をビシッと指さす。
「三谷永太一。年齢は二十歳。大学生。母方の叔父である石田荘慈とは仲がよく、しょっちゅうふたりで出かけていた……で、あってるよね?」
「……あの。失礼ですが、いま忙しくて――」
名前も年齢も石田氏との関係も当ててあげたのに、太一くんはあんまり驚いていない様子だ。もう一撃インパクトを与えてやんないとダメかも。
「実はね、わたしはウルトラフォースの死について追ってるの。弾丸もミサイルも弾き返す文字通りの超人が誰に殺されたのか、君も興味があるでしょ?」
「……言いたいことは色々ありますけど、そもそも殺されたってなんですか。あの人が殺されたなんて、ニュースじゃ言ってませんよ」
「それは規制が掛かってるだけ。数日のうちにウルトラフォースは『殺された』って報道が出るはず。だいたい、彼が死んだってニュースは発表された時に死因は報道されてなかったでしょ?」
つい流れで適当なことを言ってしまったが効果は抜群。わたしの言葉を受けた彼は迷ったように視線を泳がせる。今がチャンスだ。扉の隙間に肩を入れ、部屋の中に身体を滑り込ませる。ひとまず潜入成功。下手しなくても不法侵入だけど。
太一くんは呆れたような顔で「それで、俺になんの用ですか」と訊ねてきた。どうやら、わたしを追い出すのは諦めたらしい。よし、ここで一気に懐に飛び込んでやろう。
「要件はひとつ。シンプルかつ簡単。三谷永くん、わたしと手を組まない?」
「なんですかそれ。手を組んで俺になんのメリットがあるんですか」
「君、おじさんの死について不審に思ってるんでしょ? わたしは、あなたの知らない石田荘慈について知ってる。もしかしたら、そのことが彼の死に関わってるのかもしれない。その情報と引き換えに、君はわたしに協力する。どう?」
「……それ、本当ですよね?」
「知らないの? 正義のマスコミは嘘をつかないの」




