天山摩耶の物語 その4
太一くんを言いくるめて部屋の外に連れ出したわたしは、彼をミニクーパーに乗せて道を走り出した。
しかし、うまいこと連れ出して部屋の片付けを邪魔したはいいが、これからどうしようか。車内の沈黙を埋めるためにウルトラフォースについて適当に喋りながら次の一手を考える。
協力して欲しいって言って連れ出したんだし、記者としての仕事を手伝わせようか。だとしても、何をやらせればいいかな。
適当な人を一緒に見張るテイで喫茶店で時間を潰す? いや、そんなことしたらさすがに怪しまれるかな。
だとしたら、本当に仕事を手伝わせるしかないかな。なるべく危険じゃないヤツを。となれば、江連朝顔のところに話を聞きに行かせるとかいいんじゃないかな。香典返しとかいう名目なら彼女に会わせることも難しくないだろうし、石田氏の親戚である太一くんが相手なら無碍には扱われないと思うし、そこで新情報が聞ければ一石二鳥だ。
そうだ、そうしよう。事が済んだ後で「協力のお礼」とかいって、石田氏が勤めていた会社の情報を教えてあげれば、〝憧れのおじさん〟への尊敬が薄れて彼を追うのも諦めるかもしれないし。
運転をはじめて30分。行きつけの洋菓子店で車を停め、ケーキを買ってきたわたしに、太一くんは思い切ったように「あの」と声をかけてきた。
「天山さん、いい加減に教えてくださいよ。何をするために、どこまで行くつもりなんですか」
「はい、コレ」
わたしは説明する代わりに彼の膝上にケーキの入った箱を置く。
「これは?」
「ちょー高いケーキ。江連朝顔への香典返し。お香典、ずいぶん包んでもらっちゃったんでしょ?」
「……どこでそんなことまで調べたんですか」
「正義のマスコミに不可能はないの。太一くんにはこれから江連朝顔の元へ向かってもらう。それで、彼女からウルトラフォースが殺された件について聞いてもらうの」
「香典返しに来た人が急にそんなこと聞いたら意味不明ですし、なにより江連さんがウルトラフォースとなんの関係があるんですか」
「ああ、そういえば説明してなかったっけ。あの人、ウルトラフォースのマネージャーなの。まあ、彼が殺された今となっては〝元〟って頭についちゃうかもしれないけど」
太一くんは不安そうに顎先を指で撫でる。ここで尻込みされたら堪らない。もう一押しだ。
「大丈夫だって。向こうだって太一くん相手ならそう警戒しないはずだから。世間話を振るみたいに軽く話せば、ぽろっと有益な情報が聞けちゃうよ」
「世間話で身内が殺された話を簡単にしてくれるわけがないじゃないですか」
「まあまあ、そこはホラ。太一くんの腕の見せ所ってコトで。おじさんの死についての真実を知りたいんでしょ? ギブアンドテイクだよ」
◯
江連朝顔宅付近の公園前で車を停めたわたしは、助手席の太一くんに「ほら、あそこが目的地」と説明しつつ、ジャーナリスト秘密道具のひとつ、隠しカメラ付きボールペンを取り出した。
「はい、じゃあコレ胸につけて」とジャケットの胸ポケットにそれを差してあげれば、彼は怪訝そうな顔をする。
「なんですか、これ」
「カメラとマイクがついてるの。そのおかげでわたしは、君と江連さんとの会話を生中継で見られるってわけ」
「……こんな監視みたいな真似されなくたって、頼まれたことはちゃんとやりますよ」
「もちろん君のことは信用してるよ。でも、万が一江連さんが強硬手段に出た場合の保険が大切でしょ?」
「あの人がそんなことするような人には見えませんけど」
「人は見かけによらないものなんだって。ほら、御託はいいからいってらっしゃい」
ぐいと背中を押し出してやれば、太一くんは覚悟を決めたように江連宅のチャイムを押した。ひとまずはこれでよし。
座席を倒してゆったり座ったわたしは、いかにも緊張した声色で江連に話を聞く太一くんをスマホからのんびり見守った。
◯
太一くんの『はじめての取材』は二十分足らずで終了した。見ていてハラハラするような場面はあったが、危険な目に遭わせているわけでもないので良しとしよう。
それにしても、あの取材で収穫があったのは想定外に嬉しい出来事だ。江連朝顔は石田氏との出会いについてウソをついている。人がウソをつく理由はひとつ、隠しておきたいことがある時に限る。なにを隠しているのかは、まだわからないけどね。
江連宅から戻ってきた太一くんは、糸の切れた操り人形のように後部座席に倒れ込んだ。そんな彼をを見てわたしは思わずふふと笑ってしまう。
「おっと。思ってた以上にお疲れだ。どうだった? はじめての潜入捜査」
「見ていてわかりませんでしたか? 大変でしたよ。うんざりするくらいに」
「だろうね。太一くん、声かなり震えてたもんね」
「余計なお世話ですよ」と返した彼はきちんと席に座り直し頭を下げる。
「でも、すいませんでした。役に立つような情報を聞き出せないで」
「マジメだねえ、君は。大丈夫だよ。ウルトラフォースの死についてなにか隠し事があるのは、江連さんの態度を見てわかったし。それだけでも一歩前進」
わたしは江連宅でのふたりの会話を思い出す。
「それより、江連さんがあなたのおじさんと親交があったって言ってたでしょ。アレ、たぶん嘘だから」
「いやいや。なにを根拠にそんなこと言うんですか」
「ほら、お望みの根拠」
運転席から手を伸ばし、江連朝顔の写真を見せると、太一くんはそれを凝視してぎょっとした。そりゃそうだ。彼女の口ぶりだと、まるで以前から脚が不自由だったみたいだったから。
「それ、去年の12月上旬に撮られた写真。つまり、彼女が車いすを使うようになってからそうたいして時間は経ってないわけ。そんな短い期間で何度も会って、連絡先を交換するようになるまで親交が深まると思う?」
「……あの人はいったい、なにを隠してるんですか」
「わからない。でも、わたしはそれがウルトラフォースの死に直結してると思う。こっちについてはただの勘なんだけどね」
太一くんは考え込むように視線を足元に落とした。もしかして、変に焚き付けちゃったかな。でも、アレを見せれば考えも変わるはず。
「とにかく、手伝ってくれてありがと。じゃ、今度はわたしの番だ」
わたしは太一くんに石田氏の勤めていた会社の名刺を手渡す。丸い目をしてそれを受け取った彼は、「なんです、この名刺は?」と首を捻った。
「君のおじさんが勤めてた会社の名刺」
「おじさんは定職についていないはずですけど」
「そりゃ人には言えないような会社だもん。黙ってたのも無理ないよ」
「どういう意味ですか」
「その会社ね、表向きにはウォーターサーバーのレンタル管理会社ってことになってるんだけど、実態はぜんぜん違うの。本来の業務内容はパパ活のケツモチにぼったくりバーの経営、オレオレ詐欺の受け子……その他諸々。簡単にいえば、なんでもアリの半グレ集団ってとこかな」
タナベお姉さまから聞いたままのことを話してやれば、太一くんは表情を強張らせた。無理もないよね。大好きなおじさんが犯罪者なんて知ったら。
とはいえ、これで彼は石田氏に幻滅。もう妙なことはしないようになるはず。三谷永さんからの依頼もこれにて終了――。
「……そんなわけありません。おじさんは人がいいんです。半グレだとか、そんなこと出来るわけがない」
ちょっと待ってよ。こんな風に食ってかかってくるなんて想定外にも程がある。これで変な方向にエンジンかかったら洒落にならないぞ。
わたしは慌てて「でも」と言い返す。
「事実であることは間違いないの。いくら君が否定したところでそれは変わらない」
「つまり天山さんは、おじさんが死んだのにはこの半グレ集団が関わっていると言いたいんですか?」
「可能性はある。実際、君のおじさんは『一緒に出掛けよう』って君に話したその翌日に亡くなったわけでしょ?」
不満そうにこちらを睨む彼に、わたしは諭すように言った。
「わたしが言うのもどうかと思うけど、あんまり危険なこと考えちゃだめだよ。もしそういうことをやるつもりなら、わたしに必ず連絡すること。絶対だからね」
どう考えたってマズいよな。どうか、このことが三谷永さんに伝わりませんように。




