表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜狼伝  作者: 水鳥川 陸
20/20

20

村の入り口で停められた車から降りると、結城は開いたままの窓枠に手をかけ、運転席を覗き込んだ。

「いいですか?あなたが責任を感じる筋合いは全く無いですから」

筋合い、と結城は敢えて強い言葉を使う。

「村を出たら、俺のことは忘れてください」

南は、ずっと気になっていた疑問を口にした。

「これから、どうするんだ?」

「・・・そうですねぇ。俺はもう歳をとることがないから、ずっとここにいると怪しまれちゃいますよね、キモチワルイって」

冗談めかして、そしてふわりと笑った。

「近いうちにここは出ようと思ってます。どこか遠く・・・そこでも騙しきれなくなったら、また違う所へ」

「千香ちゃんや皆に使ったような、その、催眠術みたいのを」

「あれは」

言いかけた南を、結城は遮る。

「あれはあまり使いたくないんです。人の記憶を変えるということは、その人の思い出や思いにも、少なからず影響を与えてしまう。俺は・・・もう、そうまでして自分を守る必要がないんです」

強い決意が見えて、南は彼を直視できなかった。

うたさん、吉継さん、庄五郎さん・・・ごめん。

「さよなら、南さん」

「・・・さよなら、結城君」



ゆっくりと走り出した車は、ウインカーを上げ国道へと入っていく。

サイドミラーに、結城が深く頭を下げているのが見えた。

エンジン音だけが聞こえる車内。

「・・・」

いいのか?

俺は、このまま帰ってしまっていいのか?

俺に出来ることは、本当にないのか?


―あの時お百度参りをやり遂げたのは、うたじゃなくて俺なんですー


―願いは、うたがきちんと赦されて人間に還ること。そのために納めたものは・・・俺の幸せ全てです。だから、俺が人に還ることはもう決してないー


南ははっと目を見開く。

右足が、力一杯ブレーキを踏んでいた。

ミラー越しに、結城が、まだ同じ場所に立っているのが見える。

「俺は・・・」

見通しの良い国道には、見渡す限り他の車がいない。一気に車を反転させて、今通ったばかりの道を戻る。


「何をやってるんですか」

終始南の行動を眺めていた結城が、車から降りてきた南に心底呆れたように言った。

分かってる、無謀なのは俺だ、でも-。

「俺は、お前を見捨てては戻れない。結城・・・宗次郎だけが不幸になる未来にはさせない」

「・・・困った人だなぁ。あんたに一体何が出来るというんです?」

宗次郎の口調が微かに変わった。

辺りの風が強さを増す。

黒い瞳の奥に見え隠れする、銀色の光。

「あまりしつこいと、俺は本当に手を下さなくちゃならなくなる。記憶を操らないと決めたので、あんたを黙らせるには殺すしかない。忘れたんですか、俺はもう立派な人殺しなんですよ?」

「・・・分かってるよ」

そして知っている。

わざと相手に恐怖をちらつかせておいて、本当は相手を守ろうとしてること。

吉継さんの最期に見えた、彼の涙。

「宗次郎。お前を人に還すために、俺がお百度参りでもなんでもやってやる」

うたのお百度参りは成就しなかった、百日続けることができなかったからだ。

一方の宗次郎は二度もそれを成し遂げ、そして願いは成就した。

それなら自分のお百度参りの願いも聞き遂げてくれますよね、神様?

「それで?・・・最後は俺を殺してくれるんですか?そして今度はあんたが化け物になるんですか?」

南は、真っ直ぐに結城の顔を見つめた。

「それ以外の方法を探すよ」

「そんなのありませんって。あるなら俺がやってましたよ」

「それは宗次郎がずっと独りだったからだ。今度は俺がいる。2人なら、きっと今よりも前に進める。助手・・・ていうか相棒だろ、俺たち」

自分は間違えているのかもしれない。

先輩は、春奈は、こんな俺を笑うだろうか。

生きているのか死んでいるのかも分からない程、意思の無かった自分が。

でももう、立ち止まることはできない。

自分を突き動かす、その理由と出会ってしまったから。

「・・・」

「だけど、もしもそれでも無理だったら。唯一の方法が本当に宗次郎を殺すことしかないんだったら・・俺がいつか必ずお前を殺してやる。幸せを取り戻すために。・・・だから一緒に行こう」

そう言って差し出された右手。

それをしばし唖然として見つめていた宗次郎。

そのの口元が、ゆっくりと笑みの形を作る。

「・・・あんたも馬鹿の付くお人好しだったんだな。俺の周りは本当にこんな奴ばっかりだ」

笑い飛ばそうと思うのに、視界が歪んで上手くできない。

諦めて、泣き笑いの顔のまま、南が差し出した右手を取った。


あの時、光の中にうたの声が聞こえた。

「宗次郎様。生まれ変わったら、今度こそ一緒に」

ずっと聞きたかった声。

ずっと望んでいた言葉。

天に還って行くうたが、その手を自分に差し伸べていた。

分かっているけれど、もう一度。

もう一度だけ触れたくて、その手に己の手を伸ばす。

だが、確かに繋いだはずの手は、互いをすり抜けて離れてしまった。

うたがはっとして宗次郎を見つめた。

「いいんだよ、これで。・・・俺は一緒に行けないんだ」

涙を零して何度も首を横に振る彼女は、そのまま光の向こうに溶けていく。

残された自分は永遠にこの地に繋ぎ止められたまま。

「幸せになれ、うた」

そうして消えていく彼女の姿を、この目にしかと焼き付けた。

願い通り見届けられた。

だから自分はもう平気だ。


「そう思ってたんだけどな・・・」

「え?今、何か言った?」

運転しながらこちらを窺う南は、そんな自分の決意を簡単に揺るがせた。

自分の運命はもう決まっていると、分かっているのに。

差し伸べられた手を、自分は取ってしまった。

信じてみたいと、思ってしまった。

「・・・何にも」

そう言って、静かに笑った。


白い軽自動車が日暮れた山道を走り抜けていく。

人ならざる者と、いつの日か彼を殺すと誓った男。

これから2人の辿る道程は、誰も知らない。

最後まで読んでいただいた方、本当にどうもありがとうございました。

拙い文章と内容で申し訳ありませんでした。

お気づきの点やご感想等いただければ、とても嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ