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村の入り口で停められた車から降りると、結城は開いたままの窓枠に手をかけ、運転席を覗き込んだ。
「いいですか?あなたが責任を感じる筋合いは全く無いですから」
筋合い、と結城は敢えて強い言葉を使う。
「村を出たら、俺のことは忘れてください」
南は、ずっと気になっていた疑問を口にした。
「これから、どうするんだ?」
「・・・そうですねぇ。俺はもう歳をとることがないから、ずっとここにいると怪しまれちゃいますよね、キモチワルイって」
冗談めかして、そしてふわりと笑った。
「近いうちにここは出ようと思ってます。どこか遠く・・・そこでも騙しきれなくなったら、また違う所へ」
「千香ちゃんや皆に使ったような、その、催眠術みたいのを」
「あれは」
言いかけた南を、結城は遮る。
「あれはあまり使いたくないんです。人の記憶を変えるということは、その人の思い出や思いにも、少なからず影響を与えてしまう。俺は・・・もう、そうまでして自分を守る必要がないんです」
強い決意が見えて、南は彼を直視できなかった。
うたさん、吉継さん、庄五郎さん・・・ごめん。
「さよなら、南さん」
「・・・さよなら、結城君」
ゆっくりと走り出した車は、ウインカーを上げ国道へと入っていく。
サイドミラーに、結城が深く頭を下げているのが見えた。
エンジン音だけが聞こえる車内。
「・・・」
いいのか?
俺は、このまま帰ってしまっていいのか?
俺に出来ることは、本当にないのか?
―あの時お百度参りをやり遂げたのは、うたじゃなくて俺なんですー
―願いは、うたがきちんと赦されて人間に還ること。そのために納めたものは・・・俺の幸せ全てです。だから、俺が人に還ることはもう決してないー
南ははっと目を見開く。
右足が、力一杯ブレーキを踏んでいた。
ミラー越しに、結城が、まだ同じ場所に立っているのが見える。
「俺は・・・」
見通しの良い国道には、見渡す限り他の車がいない。一気に車を反転させて、今通ったばかりの道を戻る。
「何をやってるんですか」
終始南の行動を眺めていた結城が、車から降りてきた南に心底呆れたように言った。
分かってる、無謀なのは俺だ、でも-。
「俺は、お前を見捨てては戻れない。結城・・・宗次郎だけが不幸になる未来にはさせない」
「・・・困った人だなぁ。あんたに一体何が出来るというんです?」
宗次郎の口調が微かに変わった。
辺りの風が強さを増す。
黒い瞳の奥に見え隠れする、銀色の光。
「あまりしつこいと、俺は本当に手を下さなくちゃならなくなる。記憶を操らないと決めたので、あんたを黙らせるには殺すしかない。忘れたんですか、俺はもう立派な人殺しなんですよ?」
「・・・分かってるよ」
そして知っている。
わざと相手に恐怖をちらつかせておいて、本当は相手を守ろうとしてること。
吉継さんの最期に見えた、彼の涙。
「宗次郎。お前を人に還すために、俺がお百度参りでもなんでもやってやる」
うたのお百度参りは成就しなかった、百日続けることができなかったからだ。
一方の宗次郎は二度もそれを成し遂げ、そして願いは成就した。
それなら自分のお百度参りの願いも聞き遂げてくれますよね、神様?
「それで?・・・最後は俺を殺してくれるんですか?そして今度はあんたが化け物になるんですか?」
南は、真っ直ぐに結城の顔を見つめた。
「それ以外の方法を探すよ」
「そんなのありませんって。あるなら俺がやってましたよ」
「それは宗次郎がずっと独りだったからだ。今度は俺がいる。2人なら、きっと今よりも前に進める。助手・・・ていうか相棒だろ、俺たち」
自分は間違えているのかもしれない。
先輩は、春奈は、こんな俺を笑うだろうか。
生きているのか死んでいるのかも分からない程、意思の無かった自分が。
でももう、立ち止まることはできない。
自分を突き動かす、その理由と出会ってしまったから。
「・・・」
「だけど、もしもそれでも無理だったら。唯一の方法が本当に宗次郎を殺すことしかないんだったら・・俺がいつか必ずお前を殺してやる。幸せを取り戻すために。・・・だから一緒に行こう」
そう言って差し出された右手。
それをしばし唖然として見つめていた宗次郎。
そのの口元が、ゆっくりと笑みの形を作る。
「・・・あんたも馬鹿の付くお人好しだったんだな。俺の周りは本当にこんな奴ばっかりだ」
笑い飛ばそうと思うのに、視界が歪んで上手くできない。
諦めて、泣き笑いの顔のまま、南が差し出した右手を取った。
あの時、光の中にうたの声が聞こえた。
「宗次郎様。生まれ変わったら、今度こそ一緒に」
ずっと聞きたかった声。
ずっと望んでいた言葉。
天に還って行くうたが、その手を自分に差し伸べていた。
分かっているけれど、もう一度。
もう一度だけ触れたくて、その手に己の手を伸ばす。
だが、確かに繋いだはずの手は、互いをすり抜けて離れてしまった。
うたがはっとして宗次郎を見つめた。
「いいんだよ、これで。・・・俺は一緒に行けないんだ」
涙を零して何度も首を横に振る彼女は、そのまま光の向こうに溶けていく。
残された自分は永遠にこの地に繋ぎ止められたまま。
「幸せになれ、うた」
そうして消えていく彼女の姿を、この目にしかと焼き付けた。
願い通り見届けられた。
だから自分はもう平気だ。
「そう思ってたんだけどな・・・」
「え?今、何か言った?」
運転しながらこちらを窺う南は、そんな自分の決意を簡単に揺るがせた。
自分の運命はもう決まっていると、分かっているのに。
差し伸べられた手を、自分は取ってしまった。
信じてみたいと、思ってしまった。
「・・・何にも」
そう言って、静かに笑った。
白い軽自動車が日暮れた山道を走り抜けていく。
人ならざる者と、いつの日か彼を殺すと誓った男。
これから2人の辿る道程は、誰も知らない。
最後まで読んでいただいた方、本当にどうもありがとうございました。
拙い文章と内容で申し訳ありませんでした。
お気づきの点やご感想等いただければ、とても嬉しいです。




