第4話 ポルックス村を散策
最初の村、ポルックス。
宿で1泊したものの気怠さが残ってしまう。慣れないベッドによるものか。
村を散策し、うっかり村の外の草原で寝てしまった山波。
そこに現れた魔物が……。山波の運命やいかに
朝起きると良く寝た割には気怠さが残っている。
何か夢を見たようだ。若いころは、ドラマ、映画、アニメ、小説、漫画など見たもの聞いたものなどで夢を見ることがある。
この年になるとさすがにそれは減っている。覚えていないだけだろうと思うが。
昨日会ったドラゴンに影響して、昔のアニメや小説からドラゴンに関係する夢を見たのかもしれない。
夢を見た。という記憶は残っているのに。どのような夢だったかまでは覚えていない。
ただ、この気怠さは夢に起因するのかもしれない。
若いころ、マラソンをしている夢を見た。朝起きたときは気怠く、翌日足が筋肉痛になったことがある。
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時計は7時前を示していた。顔を洗った山波は朝食を食べに1階の食堂に向かう。
堅いパンと木製の皿にはいった野菜スープ、あとは木製のコップに入ったお茶のようなものに、パンにつける赤いジャム、薄いチーズのようなものであった。
パンはそのままでは齧ることもできないので、ナイフで薄く切って、赤いジャムっぽいものをつけて食べた。酸味が効いていたがほんのり甘い香りがしていた。
(ベリー系とは違う何かだろうか?)
さらにパンはスープに浸しながら食べても美味しかった。
毎日この堅いパンを食べろと言われる誰もがうんざりするだろう。しかし、この世界の人々はそれが当たり前である。
偶になら問題はない。まさに異世界旅行気分に浸れるというものだと山波は感じていた。何しろフランスパンだって堅いのだ。
※作者注:フランスパンが堅く、殺人に使えるなどというのは山波氏のイメージです。フランスパンで殴られた程度で人が死ぬわけ……。
食事を終え、部屋に戻りバッグを抱え、宿を出ることを女将さんに伝える。また来てくださいと言われたので「ええ」と答えた。
此方の世界で宿を取る時は1泊ということはほとんどない。数日馬車もしくは徒歩で村と村を移動しているのだ1泊だけでは疲れが取れない為、最低でも3泊はして体の疲れを取るのが普通だ。
山波の場合、キャンピングカーで来ており、1泊まで経費で精算できるものの2泊目以降は自腹になる。なので1泊で宿を出て残り数泊が必要な場合はキャンピングカーで宿泊する予定であった。
昨日は冒険者ギルドに行こうと考えていたようだが、まずは村を散策することにする。
入ってきた門を表門とすると、そこから延びる道が中央通りであり、そこの通りの反対側にあるのが裏門である。
中央通りの左右にはさまざまな店舗が並んでいる。門に近いところは宿、そこから中央に歩くと金物屋(鍋だけではなく農具なども扱っている)、武器屋、雑貨屋、飲食店、果物店、食糧店などが立ち並んでいた。家の作りはほぼ同じで木と石、レンガ、白い部分は漆喰であろう。窓にあるガラスは透明ではなく半透明のものが木枠ではめ込まれている。店は道よりも一段高くなっている。そして2階建てが多く見られる。
30分くらいだろう、中央通りをぶらぶら歩いたら反対側の門に出た。
門番に話を聞いたところこちらは畑が広がっていて、村や町などを結ぶ交通路はない。
さらに、畑のその先は小高い丘に出て、そこには草原が広がっている。
門を出て畑道を歩いている。これだけの広い麦畑はなかなかの景色だ。日本では北海道などで見られるのかもしれない。
ただ、住んでいる場所にもよるが、日本だとほぼ水田なので麦穂を直に見ると珍しい穂先が見て取れる。缶ビールに印刷はされているが、実物はなお面白い。地球と同じ形状をしていることにも興味をそそられる。
景色を撮影しながら、そのまま歩いていると麦畑が無くなり、なにかの畑に変わった。見たこともないものが植えられている。太く短い幹があり、高さは50cm位だろう。そこから枝が分かれて、その枝の先にキャベツのような物がついている。枝は6本くらいあり、それぞれ枝の先に1玉生っている。大きさはキャベツの半分くらいのサイズである。
これは野菜に分類されるのか、地球に持っていったら一悶着起きそうだ。
他にも見たことのないものが生っていた。
さらに歩いていると、小さな塀が畑を囲んでいてその先はやや上りになっている。そこを上がりきると足首位の草があたり一面生えていた。門番が言っていた小高い丘の草原なのだろう。
ところどころに小さな黄色い花が咲いている場所があるものの、ほぼ緑一色である。
既に花が咲いた後なのか、これから咲くのかは分からないが草原となって広がっていた。
北海道や牧草地などならこのような景色はあるだろう。時折、風が草の間を駆け抜けている。
先ほどの幹キャベツ(山波が勝手に命名)を除くと異世界という感じはしない。
しかし、草原の先に草を食んでいる動物がいるのだが……。
草を食べるのをやめ、首を上げてこちらを見た動物。再びこちらを気にすることなく草を食べ始めた。
見た目は牛のように見える。いや牛そのものであろう。ただし、足が6本あるというのを除けば……。
毛並みは明るい茶色でとてもきれいに見える。風が吹くと毛並みが揺る。
一定の距離を維持していれば襲われることもないと楽観的に考える旅行者の悪い癖を出して、ドラゴンやこのような動物を見るとまさに異世界に来た感に心躍らされている。山波はレンズを駆使して写真を撮りまくっていた。
一通り写真を撮り終えた山波は、草原の草が気持ちよかったためか、青空に白い雲がのんびり移動する景色を草原で寝ころびながら見ていた。その空には地球にはない星が昼間でも三つ見え、細長い帯状の線が地平線から反対側の地平線へと一つの筋を描いていた。
そんな山波だが、昨日は時間としてよく寝たつもりであったが、朝起きたときの気怠さもあり、さらに気持ちのいい風と草原の香りの影響かそのままその場で1時間程寝てしまっていた。
起き上がり回りを見た山波の横には、少し離れて先ほどの六本足牛が足を折りたたんで寝ていた。
思わず声を出しそうになったがなんとか声を飲みこみ、隣にいる牛をじっくり観察した。
足が6本なのは当然不思議であるが、それ以上に野生の牛の割には毛が長く、その毛並みがとても綺麗で、呼吸によるお腹の上下運動に日差しが反射されキラキラと輝いていた。
それを見ていると、触ってみたいという衝動を抑えられなくなっていた。
ゴロウが上半身を起き上がらせた事に気が付いた牛の目が開き彼を見たが、逃げる様子もなくそのままの状態で横になっていた。
「ちょっと撫でていいかな?」
衝動にまけた山波は牛に声をかけた。
牛が『ばみゅん』と声を出して鳴いた。
牛のイメージで『モー』って鳴くという期待を裏切らた山波はその鳴き声が妙にツボにはまってふふふふっと笑ってしまっていた。
その笑いに牛が怪訝な顔でゴロウを見て、再び『ばみゅ~ん』と鳴いたので、さらにツボに入ってしまっていた。
その牛の鳴き声を撫でていいと許可を得たものと受け取った山波は、笑いをこらえながら牛のお腹と背中の中間部分を撫でていた。
その触り心地は、はるか昔の農業体験によって牛舎の牛を世話したときに触った牛のような触りごたえではなく、やや長めの毛がふわふわでとても気持ちがいいものであった。
近寄って見ると本当に大きい事がわかる。頭からお尻までを体長としたら、大体4m位だろうか、足を折り曲げているので正確ではないだろうが体高は山波並みの高さがありそうである。その高さは憶測で2m位だろうか。ダックスフンドを大きくして、真ん中に足を増やしたような体型である。さらに、ふわふわした体毛は10cm位ある。手を牛に押し当てると手首まで完全に毛に埋もれてしまった。角もがっしりしている。その体格に似あわず近くで見る目はとてもつぶらであった。さらに、牛舎で体験したような臭いがほとんどしない事に気が付いた。草原の香りがそのまま山波の鼻腔をくすぐっていた。
「それにしても人のそばによって来たり、人に触らせたりする野生の牛がいるとは思わなかったよ。それにしても気持ちいいなお前」
と話したら、再び『ばみゅ~~ん』と鳴いた。
流石にこらえきれなくなり、大声で笑いながら牛を触りまくった。
暫く撫でられていた牛の耳がピクリと動いたかと思うと、牛が立ち上がり、再度『ばみゅ~ん』と鳴いてから草原の奥に向かってのっそり歩いて行きだし森に向かった。もう少し触っていたかったと残念に思う山波であった。
「お~~~~い」
と遠くからこちらに走ってくる人影が2つあった。
剣を帯刀し金属製の胸当てをした体つきの良い男性と、胸当てをしてはいるが長剣ではなくナイフよりは大きめの短剣と背中に弓、矢の入った筒を腰に携帯している女性が駆けてきていた。
近くに来てさらに確認してみると、男性は体つきは良く、身長は180cm位だろう。濃いグレーの短髪で無精ひげがある。年齢は30歳前後にみえ、腕には幾つもの刀傷の痕が見られる。
女性は、見た目は20代後半と言ったところだろう。身長は170cmぐらい、肩までの長くはない赤茶色の髪が目立つ。目鼻立ちは良い。
日本人であればおおよその年齢など想像できるのだが、外国人風に見えてしまうとさすがに年齢までは分からない。
2人は山波のそばまで来てから話しかけてきた。
「大丈夫ですか? 何もなかったですか?」
その問いかけが何のことであるのか直ぐに理解できなかった。
「私が? でしょうか?」
「そ、そうです。あなたです。先ほどスレイプバッファローに襲われていませんでしたか?」
「???」
その言葉に不思議そうな顔をしてし、考えるように首を斜めに傾けていた。
「何の事でしょうか? 6本足の牛ならどこかに行ってしまいましたけど?」
「そうそれです!! そいつがスレイプバッファローですよ。凶暴で人間を見たら襲い掛かってくる魔物です。門番から連絡を受けて駆け付けたのです」
「えっ? まもの?」と小声で繰り返していた。
その人の話を山波の理解できる範疇に当てはめると……。
山波が、魔物と呼ばれるスレイプバッファローに襲われているようだと思った門番が確認せずに、あわてて誰かに伝え、その結果冒険者ギルドへの救出依頼となり、この2人がここまでやってきた。ということであった。
山波がその説明を聞いた後に、2人にここであったことを説明すると。
「そ、そんな、スレイプバッファローが人を襲わないで、体を人に触らせるなど……」
「ありえません。一体貴方は何者ですか?」
男性が状況に驚き、女性が怪しむように聞いてきた。
一番こたえにくい質問が、「何者」というものではないだろうか?
100人中100人が「お前は何者だ」と聞かれて即答できないだろう。(※ゴロウ視点)
「私はゴロウ・ヤマナミと言います。この世界を気ままに旅行しようと思っています。さっきの牛の事は何も知らなかったので、襲われるとか全く思わなかったのですが……。とても優しそうな牛でしたが」
そう、草原で寝ている人間のそばにわざわざ近寄ってきて、横で休むなんて普通なら考えられない。それは地球であってもだ。
再度その状況を思い出すと、六本足牛はまるで山波を守っていたようにも考えられる。
女性が、
「と、とりあえずですね。無事でよかったです。申し訳ないですが依頼達成を冒険者ギルドに報告したいので、ゴロウさんも付いてきていただけますか? その際、先ほどの説明もギルドにしていただきたいのですが」
「ということは、お二人は冒険者さんとかですか?」
その質問に、はっ!とし、顔を見合わせた二人は、
「わるい。俺はこの村で冒険者をしているジョルジュというものです」
「わたしはスミレンといいます。同じく冒険者です」
男性の方は慣れない言い回しをしてしまったようだ。
「ゴロウです。私は冒険者ギルドの場所を知らないので付いていけばいいですかね」
「ええ、お願いします」
山波は二人の後を付いて冒険者ギルドに向かった。
門番は山波を見て驚いていたが、山波が先ほどと同じ説明をしたところ、さらに驚かれ、そして早とちりしていたことを謝罪してきたが、気にしないでほしいというのが精いっぱいであった。
なにしろ、この世界では山波の行動が常軌を逸していたからである。
修正
毛並み並み→毛並み