第九話 守りたい人のために
彼は、弱虫だった。
彼は、泣き虫だった。
だから、私が守らないと――そう思っていた。
けど彼が、何処かに消えてしまった。
守るべきものがない生活は、退屈だった。
彼が戻ってきた。
彼は強くなっていた。
誰にも守られる必要がないほど。
けど私にはわかる。
彼がまだまだ弱いことを。
今も昔も、彼は彼のままだった。
だから私は、シグマを支えてあげたい――――
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
シトリン劇場内を駆け巡る尚紀。
彼女はシグマが通ったと思われる道を、道ばたに倒れている死体を目印に走っていた。
ビルの屋上を飛び降りてからずっと走りっぱなしであるが、全く息を切らしていなかった。
「動くな!!」
背後から男の声と、銃を構える音がした。
尚紀は瞬時に足を止める。
「下手な真似をすると女でも撃つぞ」
男が二人、尚紀に拳銃を向けていた。
その男二人は、エルフが連れていた例の護衛二人であった。
「劇場が爆発しないから来てみたらここまでやられてるとは・・・・・・!」
「仲間は何処だ? 他の連中がやったんだろ?」
男二人が銃を向けたまま要求してくるが、尚紀は動揺してなかった。
「・・・・・・悪いけど、先急いでるから。けど、見逃してくれないよね、普通」
そう言うと、尚紀は素早く身を振り向かせ、男二人に突撃する。
「なっ――!?」
「っ――!?」
男二人は銃の引き金を引く寸前、同時に腹を殴られ、そのショックで気絶して倒れた。
「・・・・・・放置していいわね。どのみち、後であの馬鹿共が始末すると思うし」
尚紀は身を戻し、先を急いだ。
※
その頃――
シグマと男は、狭い部屋の中で戦闘を繰り広げていた。
「素晴らしい!! 実に素晴らしいぃ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
男は歓喜の声を上げ、部屋中を駆け回りながら、指鉄砲を両手に作り指先から弾丸を、シグマに撃ち続けていた。
一方でシグマは無表情かつ無言で、男と対照的に回りながらマグナムを撃っていた。
互いに弾丸を避けながら、不規則に駆け回っているが、部屋は十畳ほどと銃を撃ち合うには狭すぎる空間のため、全て回避できるわけがなかった。
しかし、両者ともに被弾をもろともしていなかった。
シグマは幼い頃、兄を失ったショックでそれ以前の記憶と共に痛覚をも消失してしまった。
過度なストレスが原因なのかどうか、実のところはっきりしていない。
だが痛覚を失ったことは、シグマが仕事をやる上で都合が良かった。
男――名を名乗る機会が来ないので改めて。
彼の名はヴァン・エイコサ。
名前を見たとおり日本人ではない(シグマ達もそう見えないが、彼らは日本人なのでご安心を)
彼はアルムスター夫妻暗殺を目論んでいたテロ組織の副長であった。もちろん、その組織はシグマの手によって崩壊したが、唯一ヴァンだけはその場で息を引き取っていなかった。
場に警察が来る前に、シグマこと<ガーネット>のデータを採取しようと【ディガンマ】の一員が先に足を運んでいた。そして瀕死のヴァンを発見。<ガーネット>の情報提供を引き換えに、彼は新しい体を手に入れた。
その後も【ディガンマ】の一員として、各国でテロを起こしながらシグマを探していた。
復讐するために――
「その動きッ! あの頃と同じだ!!」
ヴァンは戦いを楽しみながら、身の動きを早めた。
(ここで撃ち合っても埒が明かない・・・・・・一度下がって広い場所へ移すか)
そう思ったシグマはマグナムの弾倉を素早く入れ替え、地面に撃った。
カイたちを逃がした時と同様の弾で、部屋に煙幕を張った。
ヴァンの視界を奪った隙に、シグマは廊下に出て、劇場内のホールを目指した。
(対機械用の電磁弾。平凡な依頼でまさか機械人間が来ると予想できず、手持ちには弾倉一つ分――それも六発。慎重に、確実に頭を撃ち抜くには広い場所で――)
考えながら走っていたシグマが、唐突に足が挫け間抜けのように前に転んだ。
「!?」
すぐに起き上がろうとするが、全ての感覚が消えたように全身に力が入らなかった。
(被弾、し過ぎたな・・・・・・・・・・・・)
「・・・・・・やはり、こうなりましたか」
後を追ってきたヴァンがゆっくりと、シグマの横に立ち指鉄砲を彼の頭に向けた。
「実のところ、私は君に憧れを抱いていた。正確には私も、かな。元いた組織は君と同様、部外者及び戦意喪失者は殺さないようにしていたからね。アルムスター夫妻の暗殺を企てていた頃に、運命で定められていたかのように君が我らを殺しに来た。侵入者を排除しようとした他の連中は真っ先に殺された。組長室まで辿り着いた君に対して私と組長が降伏したことは覚えているかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「だがお前はッ! ほんの僅かの情けもかけることなく、無情にも殺した!! 撃たれた直後に怒りを覚えた。お前に憧れていた自分にだ!! そして君に失望した。我々が憧れていた『冷酷紳士』は幻の存在だということにな・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
己の過去を打ち明けたヴァン、シグマは何の反応も示さず黙って聞いただけだった。
「これでようやく復讐が果たせる。組長だけじゃない、他の連中の無念も全て――」
「ふざけないで・・・・・・・・・・・・」
「!?」
聞き慣れた声に、シグマの表情が動いた。
うつ伏せの状態で体を動かせず、目線を上げてもその人の姿を確認することは不可能だったが、既に声だけで判断できていた。
(尚紀先輩!? どうしてここに!?)
シグマの身を案じて劇場に入った尚紀が、遂にここまで辿り着いたのだ。
異常な殺気を放っているヴァンに怯まず、彼女は睨んだ顔で近づいていた。
「あなた達だって大勢の人を殺してるでしょ? あなた達に復讐したい人たちだって少なくないはずよ。無関係者と弱者を見逃して何善人ぶった顔してるのよ? あなた達みたいに悪人になりきれない外道に、シグマを侮辱する資格なんてないわ!」
「黙れ!! 貴様に何がわかる!!」
生意気な口をきく尚紀に対し、ヴァンは怒りを露わにし、鋭い目つきで彼女を睨んだ。
「彼の全てがわかる――て言ったら嘘になる。私は、<ガーネット>になる前の彼しかわからないから。けど不思議とわかるのよ。今でも、シグマは臆病で、優しい人だって。だから、関係のない、何もできない弱者を殺すことはしなかったのだと思う」
「・・・・・・・・・・・・!」
シグマは心を見透かされた、不思議な感覚に陥った。
「そうであるのならなぜ我々だけを! なぜ全員も殺したんだ!!」
「あなた達テロ組織は自らの意志で社会に反逆してるのよ。とても弱者とは思えないわ。もちろんシグマもそう、殺し屋をやる以上時には罪のない人を殺すことだってあるはず。その経験を積んできたからこそわかったのよ! あなた達がいかに悪者であるかを!!」
「温室育ちの小娘に・・・・・・何がわかる!!」
怒りが頂点に達したヴァンが、指鉄砲を尚紀に向けた。
「先輩逃げて!!」
その様子を真っ正面から見ていたシグマが叫んだ。
それと同時にヴァンが弾丸を放つ。
「大丈夫よ」
尚紀は物怖じせずあっさりと弾丸を避け、素早くヴァンの懐に入る。
「なんだ――」
なんだと――と驚く暇も与えずに、尚紀はヴァンの顔面に右拳を強くぶつけた。
彼の体は盛大に宙を舞った後、背中を床に叩きつけられる。
「――――――――――」
ヴァンの顔に穴が空き、電磁音を立て数秒体をビクつかせた後、絶命した。
「あれ、もしかしてアンドロイドだった? にしては脆すぎるわね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
自分が苦戦した相手をあっさり倒した尚紀。シグマは青ざめた表情で彼女を見ることしかできなかった。
そして彼の視線に気づいた尚紀は、彼の方を向いて笑顔を返した。
「大丈夫だったでしょ? 私は強いんだから!」
予定よりも遅くなってしまいすみませんでした・・・・・・
この話で一応エルバ救出依頼編は終わりますが、第一章はまだまだ続く予定です。
今月もう一回更新日があるのですが、賞に出す作品を仕上げるために、30日の更新を休載とさせていただきます。それに伴いメイン作品の「混沌のディオス・ウォー」も来週は休載となります(明日の更新はやりますのでご安心を)。勝手ながらすみません!




