第1話 5
3人は駅まで逃げ切り、ホームにちょうど到着していた電車に飛び乗った。
息を切らして三人はシートに腰掛ける。幸いなことに電車は空いており、特に一成と望は腰掛けると同時に深く息を吐いた。
「とりあえず逃げ切ったか……? おい保科、お前さんが言う『目的地』ってのは、こっち側であってるのかよ?」
「いえ……真逆です。幸い、あいつらの気配は無いみたいですから、最悪の事態は免れましたが」
「そうか……ハハッ、こりゃしばらくウチに帰れそうにねえな」
「……すみません」
暗い表情で答える望を、一成は軽く小突いた。
「気にするこっちゃねえよ。こっちの予想より向こうの方が一手早かった。それだけだろ。凌いだからには次の手で取り返しゃいい」
「でも、武田さんは本来関係ありません。ボクらが油断せず、武田さんのご迷惑にならないように振舞っていれば、こんなことには」
「でも、お前らがいなくて俺が一人の時にあいつらがウチに押しかけてきてたかもしれねえだろ? もしそうなってたら今頃俺はボロ雑巾どころか死体になってたかもしれねえよ。考えたって仕方ねえ。次だ、次」
そう言って一成はニカッと歯を見せて笑った。それにつられたのか沙耶も笑う。
「そうそう、次だ次だ♪」
「――――そう、だな、沙耶。すみません、ありがとうございます武田さん」
二人の笑顔に促されるように、望の表情も少し緩んだ。
三人が乗ったのは上り電車。都心部に辿り着いた一行は――――
「さて、どうしたもんかね。致す致さんは別にして、未成年連れてラブホに泊まるってわけにもいかんしなあ」
歓楽街の方向を見ながら冗談めかして一成が言うのだが。
「……致す? ねえ望、一成さん何をするの?」
「……気にするな沙耶。きっとただの冗談だから」
「……すまん、下ネタ控えるわ」
焦る一成。思っていた以上の沙耶の純粋さに罪悪感を覚えたのだった。
結局今夜はビジネスホテルに宿泊することに落ち着いた。望と沙耶はダブル、一成はシングルの部屋である。民間の、街のど真ん中のビジネスホテルにまで人目も憚らず追ってくるようならば、もはやお手上げであると半ば自棄に近い選択ではある。
そして、ようやく一息ついた一行は――――
「……疲れた。ひたっっっっすら疲れた。今日一日長すぎだよチクショー」
「すみません。もうちょっとだけご迷惑かけます、武田さん」
「でも、一成さんに会えてよかったよぉ♪ おかげで怖くなかったし、楽しかった!」
望と沙耶に割り当てられた部屋に一成が赴く形で落ち着いていた。ソファーに望と一成が、ベットで沙耶がトランポリンのように遊びながら互いの話に耳を傾けている。
「楽しかった、なあ……こっちは今まで生きてきた中でも指折りのデンジャラスな目に遭って、生きた心地がしなかったがな」
一成が苦笑しながら答えた。
「でも、その割には随分と場慣れしているように感じましたけど。いわゆる『スポーツ格闘技』をやっている人間の動きじゃなかったですよ?」
望が少し皮肉っぽい笑いを浮かべながら答えた。
「……まあ、人の個人情報どうこうしちまうようなお前さんのことだから、俺が昔、何やってたかくらい調べはついてんだろ」
「はい、プロのキックボクサーをされていたというのは」
「……俺の師匠はいわゆる、フルコン空手からキックの道場を開いた人でな。しかも昔気質というかなんというか、『スポーツではなく武道として稽古しろ』って人でな。常に1対1で闘えると思うなとか、いろいろ教わったよ。おかげで今日その教えをちったあ活かせたかな」
「なぜ、今は続けられていないんですか? あんなに技も切れるのに」
望の質問に、一成はしばし黙った。部屋の中に沙耶が遊んでいるベッドのスプリングの軋む音が響く。
諦めか、観念か、ふっと口元を弛めて笑い、一成は話し始めた。
「――――4年前、か。これに勝ちゃあ世界タイトルに挑戦って試合で、負けた上に怪我しちまってな。俺はしばらく試合が出来なくなっちまったんだ。つっても怪我なんてのは付き物だから、俺も次があると思って落ち込んだりはしなかったけどな。だが残念ながら、次は無かったんだよ」
懐かしむ様な穏やかな口調で、一成は続ける。
「まず、俺に勝った相手がその試合のダメージで脳障害を起こして、格闘技を続けられなくなった。ま、これもプロなら覚悟してることだからそれは仕方ない。とはいえ、自分が負けた相手が、口も利けなくなっちまうのを見るのはそれなりにショックだったがな。
で、その後だ。俺が怪我を治している間に、一気に世界が変わった。いわゆる格闘技バブルの崩壊だ。テレビの中継は無くなり、スポンサーは離れ、世の中から急激に格闘技への興味が失われた。宙に浮いた世界タイトルは、団体ごと無くなっちまった。
そうなると、俺みたいな人間は生きていくのに精一杯になっちまってな。怪我してる間に溜まったツケが、俺を試合から遠ざけた。おまけにその1年後には俺の師匠も死んじまって、ついに格闘技の世界から俺はフェードアウトしていきましたとさ――――と、つまんねえ話だったろ?」
一成は苦笑しながらソファの背もたれに体を投げ出した。
「ま、俺の人生はそういう巡り合わせだったってことだ。今は毎日を細々生きるだけで――――」
「かずなりさああああああんかわいそうだよおおおおおおおおおお!!!!」
ドサアッ!!!!
「グハアッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!」
さっきまでベッドで遊んでいた沙耶は、いつの間にか一成の話で大粒の涙を流しており、話を終えた一成に向かって綺麗な放物線を描いてダイブしていた。
「一成さんっ、今まで大変だったんだねっ! ツライことがあったら私と望も応援するからねっ! うわああああああああああん!!!!!!」
ソファに横たわる一成の胸元で沙耶はガッチリと抱きつきながら泣きじゃくった。しかし。
「……沙耶、武田さんが息をしてないよ」
当の一成は沙耶の飛び込みを受け止めたまま、ピクリとも動かなくなっていた。
「天国と地獄をまとめて味わった気分だ……」
「アハハ……すみません武田さん。沙耶もいつも言ってるだろ? やたらと人に飛びつくのは危ないから止めろって」
「だって、身体が勝手に動いちゃうんだもん……」
「……いつもなのかよ、コレ」
望に叱られてしょんぼりしている沙耶。その様子を復活した一成がゲンナリしながら眺めた。
「さて、沙耶に思い切り話の腰を折られちゃいましたけど、武田さんはもう一度プロの世界に戻ろうとは考えていないんですか?」
望が一成に問う。
「……どうだかね。今となっちゃ未練があるのか無いのか、自分でもよく分からん」
一成は自嘲するように小さく笑った。
「俺よりも、お前さんの方がプロになった方が良いんじゃないかね? 若いし、技も度胸もすでに身に付けてる。おまけにビジュアルもアイドル並みときたもんだ。人気出るぜ?」
「アハハ、そんなことないですし、ボクには向いてませんよ。目立つのは……光の当たる場所は、苦手です」
望も一成と同じような笑い方で答えを返す。
「私は、二人ともカッコよくしてるところ、見てみたいなあ♪ あ、痛いの見るのはヤだけどね☆」
沙耶が満面の笑顔で二人に言う。
「とはいえこの状況を何とかしない限りは、この三人に明るい未来はありませんってか? どうしたもんかね」
「そうなんですよねえ……困ったものです」
「私は一成さんとも仲良くなれて、楽しいけどっ♪」
そして話はようやく本題に移る……
しばしの話し合いの末、三人はこれからの行動方針を打ち出した。
明日からはやはり沙耶は望が言う『協力者』の元に保護してもらうしかないという結論に到ったため、そこまで連れていく方法を模索しなければならない。しかしこれについては明日の朝、ホテルをチェックアウトするときに追手が待ち構えている可能性が大いにあるため、その方法を決めるまでには到らなかった。
そして、一成はこのまま望と沙耶と行動を共にすることに決めた。一成は望に『お前さんに仕組まれた感が半端無いけど、しょうがねえ。最後まで付き合ってやる』と言った。
「――――まあ、色々あるんだろうが、面倒くせえ話はお前さんに任せたよ、保科。後は嬢ちゃんを無事に送り届けりゃ万事丸く収まるってことだな」
「……武田さん、あまり悩み事をしないタイプですよね」
「おう。細かい事を考えるのは嫌いでな。でも今言われたことが軽い嫌味だってことくらいはわかるぞ」
「すみません。つい」
「正直分かんねえことが多すぎるからな。そもそもお前ら二人のことだってまだまだ謎ばっかだ。ま、それでもお前らは信用していいと思うし、騙されてるならその時はその時だ。分からんことは必要な時においおい説明してくれりゃあいい。
……それとな。嬢ちゃんみてえに『一成』でいいよ、呼び方。こんな関係になってるのに他人行儀ってのもこそばゆいからな。だから、俺も嬢ちゃんみたいに『望』って呼んでいいか?」
「分かりました、一成さん。と、これでいいですか?」
「おう、じゃあ明日からもよろしくな、望。それに嬢ちゃんも」
「はーい♪ 明日もよろしくね、一成さん!」
「じゃ、俺は二人のお邪魔にならないようにさっさと退散しますよっと。二人ともおやすみぃ」
「……何もしませんよ?」
望の苦笑を後に、一成は二人の部屋を出て自分の部屋に戻った。
こうして、一人の元プロキックボクサーと、訳アリな少年少女との出会いから始まった長い一日は終わった。
一成はベッドに横たわると一気に意識を深く沈めた。もちろんこれからの不安はある。得体のしれない相手との、今まで自分がしてきたものとは全く別種の闘いにこれからどうなってしまうのか先行きは全く読めない。そして、得体がしれないという点ではこれから行動を共にする二人も同様だ。巻き込まれて行動を共にしているが、素性を全て知った訳ではない。しかし一成はなんとかなると直感していた。今までだって自分の直感で生きてきた。それで、どんな辛い状況でもなんとかなってきたのだから、今度だって。根拠は無いが突然降って沸いた非日常も乗り越えられる、と、一成は眠りについた――――
ということで、スタート直後から約二年放置した後にやっとまた進み始めた今作の序章ともいうべき1話が一区切りつきました。
私の旧作をお読みの方には馴染みのあるだろう、『望』と『沙耶』も、今作の主人公ですが、やはり今作は『一成』の物語になります。
一度夢破れた男が、非日常に巻き込まれたときにどう変わっていくか。
旧作とはテーマもテイストも異なります。
異なると言えば、一人称視点だった旧作とは違い今作は三人称で書かせていただいています。元々文章が上手い方ではありませんが、慣れない書き方を四苦八苦しながら実験している側面もありますので、大変読み辛いときもあると思いますがご容赦くださいませ。修正も随時していく予定です。
と、言い訳はこれくらいにして(苦笑)
少しずつでも、面白いと思えるように努力していきますので、今後とも「二つのコブシは解けない」をよろしくお願いします。