ヒヨコの魔女
部屋の中に奇妙な光景がある。制服を着た少女と、15センチ弱の黄色いヒヨコのぬいぐるみが正対している。ヒヨコのぬいぐるみは机の縁に腰かけて、短い足を組み、如何にも尊大な態度に見える。一方、少女はその机の椅子に腰掛け、両手を膝の上に乗せ、俯きながらヒヨコのぬいぐるみをチラチラ見ている。まるで、悪事を働いて親に反省を促されている子供のようである。
「では、落ち着いたところで、質問しよう。君の名や身分を知りたい」
ヒヨコのぬいぐるみが喋る。現実ではあり得ない事だが、少女は驚きもせずに答えた。
「ソニア・エヴァークレストです。ログロース学院中等部3年、16歳です」
ソニアは、色白の肌に亜麻色の胸辺りまでの長い髪。制服は、黒を基調とした白と黄色のラインが入ったジャケットに、下は同じようにラインの入った膝までのスカート。そして、その制服の上から、白のフード付きの外套を羽織っている。
私、何でこんな事になっているの?部屋に帰ってくるや否や「そこに座りたまえ」って、偉そうに。まぁ、座った私も私だけど……。
「ふむ、いい名前だね。ではソニア、君は時魔法が使えるのかい?」
「そんなっ、時魔術なんて使えません。試しというか……ちょっと挑戦してみようかなと……」
「ふむ……」
ヒヨコは1人考え始める。手こそ短く届いてはいないが、腕を組もうとはしている。
――――――気まずい。何か言わないと……。
「あの……あなたは……」
ソニアがヒヨコに質問するも、全く無視される。
「今日僕が体験したことと、ソニアの言葉から仮定づけると、つまり僕の精神は、一時的に君の身体に定着した訳だ。それも.時魔法と呼ばれる、この僕でさえ使えない時魔法をソニア、君が使ってだ」
ヒヨコは短い手で少女を指しながら、確認するかのようにこつこつと述べた。
「えーと、えーっと、まぁ……はい、使ったのかなぁ?と……すみません……」
ソニアは、時魔術を使えたのかよくは分からないが、このヒヨコの言う通りにしておいた方がいいだろうと、困惑しながら歯切れ悪く答えた。
「ふむ……そして、僕が君の身体に定着した時には、当の本人であるソニアの精神は、今、僕がいるヒヨコのぬいぐるみに移っていた訳だ」
非常に分かりにくいです……。
「あの……どう意味でしょうか?」
ソニアは上目遣いで恐る恐る聞く。ヒヨコは「ふぅ」と一つ息を吐く。
「つまり、僕が君の身体に入った時には、君がこのヒヨコのぬいぐるみに入っていた。そして、今は本人である君が自身の身体に戻り、僕がヒヨコのぬいぐるみに入っているということだよ。何故だか分かるかい?」
この時伏せられる口調に、ソニアは先程から主導権を握られている。
「えーと、えーっと、まぁ……はい、分かりません。何故でしょう……すみません」
「何故、君の精神は本体に還り、僕の精神はヒヨコのぬいぐるみなのだ。僕の本当の身体には還らずに」
「……すみません、自分だけ元通りで……」
「時空を飛び越えて精神が入れ替わるか……仮定こそしてみたが、そんな事ありえるのか?」
また、ヒヨコは1人考え始める。やはり、手こそ短く届いてはいないが、腕を組もうとはしている。
私、時魔術を使ったの?使ったことにされてるけど。試しはしてみたけど……魔術が発動した実感は、全くないんだよなぁ。何より、彼女が言うように「時魔術」で精神だけが入れ替わることなんてあるの?でも、実際入れ替わっていたしなぁ……うーん……。
ソニアも同じように考え込んでいる。ヒヨコのぬいぐるみと正座した女子学生が、じっと考え込んでいるという、何とも不思議な時間が流れる。すると、突然ヒヨコのぬいぐるみは急に立ち上がった。そして、口こそ動いていないが、嬉々とした声で言う。
「面白いじゃないか!この際、解決できないことは一旦置いておこう!僕は自分の人生に飽き飽きしていたところだ。ソニア、君は僕に新しい楽しみをくれた。今から、君は私のご主人様だ!」
もう、頭が痛い。私が大切にしてきたヒヨコのぬいぐるみが喋ったと思ったら、時魔法とか訳わからないこと言って、そして今度は私に感謝を述べているし。しかも、私を「ご主人様」などと呼ひ始めた。
「あ、あの……ヒヨコの中にいる方?」
「ん、なんだい?」
「貴方は、一体どちら様なのでしょうか?」
一拍間を置いて、ヒヨコは驚く。
「そうだった、申し訳ない。自己紹介がまだだったね」
ヒヨコは、すくっと机の上に立ち、挨拶をした。全く手は全く届いてはいないが、カーテシーのように手を広げて挨拶をしてくれているようだ。
「僕は、アナスタシア・ウィリンガム。ご主人様が使用した時魔法で、別の時間軸からここへ連れてこられたのだと思うよ。こんな身なりはしているけれど、僕の時代では、なかなか有名な魔女だったんだ」
ソニアはヒヨコが、魔女、女性であることに安堵した。
そっか、「僕」と言っていたから、てっきり男性かと思った。良かった、一時的だとしても男性に身体を預けるのは何となく嫌だもの。
「じゃあ、私が時魔術を失敗しだばかりにアナスタシアは、この世界に来てしまったのね」
同性と聞いて安堵したソニアは、口調が緩む。
「失敗?使用できた事が既に大成功さ!ここに来たのは、まあ、本意ではないがね。でも、結果は頗る良好だよ」
アナスタシアは、胸を張ってご機嫌をアピールする。ソニアは「ふふふっ」笑みを浮かべた。
「面白い人ね、アナスタシア。私があなたを連れてきてしまったのなら、あなたを元の世界に戻せるよう、頑張るわ」
「適当によろしくお願いするよ、ご主人様」
ここに、二人の奇妙な関係が出来上がった。それは、これから起こる世界を巻き込む出来事のスタートだった。




