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『山月記・リライトチャレンジ』

日付:20XX年某月某日

場所:文芸部部室

議題:中島敦『山月記』における変身の謎について

出席者:一ノ瀬詩織(部長)、二階堂玲(副部長)、三田村宙、四方田萌


---


一ノ瀬「皆、聞いてちょうだい! 今日の議題は、漢文調の格調高い文章と、人間の自意識という普遍的なテーマを描いた、中島敦の傑作『山月記』よ!」


(一ノ瀬、ぱらぱらと文庫本のページをめくりながら、熱っぽく語り始める)


一ノ瀬「ご存知の通り、主人公は李徴という非常にプライドの高いエリート。彼は詩人として名を成そうとするも、その臆病な自尊心と尊大な羞恥心によって挫折し、やがて発狂。そして、ついには人食い虎へと変身してしまう……。悲しい物語だわ」


四方田「あ、知ってます! 国語の授業でやりました! なんか、プライド高すぎてコミュ障こじらせた結果、獣になっちゃったエリートの話ですよね!」


一ノ瀬「こ、コミュ障……。まあ、現代的な解釈をすればそうなるのかもしれないわね。……重要なのはここからよ。物語の中で、李徴が虎になった心理的な理由は『臆病な自尊心と尊大な羞恥心』だと、彼自身の言葉で語られている。けれど、人間が虎になる、という超常現象そのものに対する、合理的、あるいは物理的な説明は、作中では一切なされていないのよ!」


二階堂「なるほど。動機は語られているが、犯行方法、つまり変身のメソッドについては完全にブラックボックス、ということですか。ミステリーで言えば、犯人が自白だけして、凶器やトリックが何一つ明かされないようなものですね」


三田村「……形態変化。メタモルフォーゼ。人間のDNAには、進化の過程で不要となったレトロウイルス由来の遺伝子が多数含まれている。極度の精神的ストレスが引き金となり、休眠状態だった獣化遺伝子が発現した、という仮説は成り立つ」


四方田「えー、でも、虎になっちゃうって、めっちゃ悲しくないですか? しかも親友に見つかっちゃうんでしょ? エモい……エモいけど、しんどすぎる展開……!」


一ノ瀬「そう! みんな、いいところに気づいたわ! この『なぜ』は語られているが『いかにして』が語られていない部分こそ、私たちが挑むべき文学の謎よ!」


(一ノ瀬、パン! と両手を合わせ、部員たちを見回す)


一ノ瀬「そこで、新たな活動を提案します! 題して、『山月記・リライトチャレンジ』! 物語のクライマックス、李徴の親友であった袁傪が、草むらから聞こえる声の主を訝しむ、あの名シーンから続く部分を、各自が『虎に変身した合理的な理由』を盛り込んで書き直すの!」


二階堂「書き直し、ですか。面白い。条件は?」


一ノ瀬「開始のセリフは、原作通り、これよ。『その声は、我が友、李徴氏ではないか?』。この問いかけに対する李徴の返答から、それぞれの物語を始めてちょうだい。発表は、一週間後。いいわね?」


二階堂「合理的理由、ですか。承知しました。論理的に破綻のないプロットを組み立ててみせましょう」


四方田「えー! 書き直し!? やったー! じゃあ、李徴が虎になったのには、実はめっちゃ切ない秘密があって、それを聞いた親友が彼を救うために頑張る……みたいな展開もアリですか!?」


一ノ瀬「もちろんよ、四方田さん! 解釈は自由よ!」


三田村「……了解。李徴の視点から、変身プロセスにおける細胞破壊と再構築のレポートを。三人称視点と一人称視点を交差させ、主観と客観における肉体の変容を描写する」


一ノ瀬「素晴らしいわ! 私はもちろん、中島敦先生の格調高い文体を完全に再現しつつ、呪いや宿命といった、東洋的伝奇ロマンの枠組みの中で、誰もが納得する『理』を示してみせるわ! 皆、期待しているわよ!」


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議事録担当・書記(四方田)追記:

今週の宿題:人が虎に変身した理由を考えろ。……うちの文芸部、やっぱり普通の部活じゃないと思う(笑)。


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