不幸に生まれた(作:二階堂 玲)
一ノ瀬「さて、気を取り直して。次は玲の番ね。あなたの詩、聞かせてもらえるかしら」
二階堂「ええ。私の詩は、あなたたちのものとは少し違うわ。感傷や哲学的な問いかけではない。ただ一つの選択がもたらす当然の結末を、ありのままに記述しただけよ」
(二階堂、ノートパソコンの画面に視線を落とし、淡々とした体温の感じられない声で、テキストを読み上げた)
***
不幸に生まれた
作:二階堂 玲
不幸に生まれた 哀れな男
はやくも人生 お先真っ暗
いつも口癖に こうつぶやいた
「こんな人生 もうまっぴらだ!」
そこで仰いだ 悪魔の薬草
長い階段を 一瞬に下りた
さて着いたのは 死者の祭壇
そこで本当の 暗闇を見た
***
(二階堂が読み終えても、部室には彼女の声の冷たい余韻だけが漂っていた。最初にその沈黙を破ったのは、四方田の震えるような声だった)
四方田「……ひどい……。ひどすぎます、副部長……! この男の人、ただ、今の人生が辛くて、楽になりたかっただけじゃないですか! それなのに、もっとひどい暗闇を見ちゃうなんて……。救いがなさすぎますよ……!」
一ノ瀬「そうね……。玲、あなたの詩は、あまりにも無慈悲だわ。希望のかけらもない。けれど、その一切の甘えを排した、潔いまでの絶望の描き方には、かえって心を揺さぶられるような凄みを感じるわ。特に『長い階段を 一瞬に下りた』という表現。安易な死を選んだ男の、その取り返しのつかない選択の重みが、この一行に凝縮されている。見事よ」
二階堂「別に、絶望を描こうとしたわけじゃないわ。これは、論理的な帰結の詩よ」
四方田「論理的……ですか?」
二階堂「ええ。この男は、『人生がお先真っ暗だ』という、極めて主観的な、そして証明不可能な前提に基づいて行動を起こしている。その結果、『本当の暗闇』という、客観的で二度と覆ることのない事実にたどり着いた。ただ、それだけのこと。原因があって、結果がある。そこに。感傷が入り込む余地はないわ。彼は、間違った問いに、間違った答えを出した。その当然の結末を描いただけよ」
一ノ瀬「……なるほど。あなたの言う通り、冷徹な因果律の詩なのね。あまりに、あなたらしい解釈だわ……」
三田村「……興味深いですね。二階堂さんの解釈では、この男は自らの意思で安易な解決策を選んだ、ということになる。……ですが、私は少し違う見方をしました」
(三田村が、静かに顔を上げる)
三田村「この男は、本当に自分の意思で『悪魔の薬草』を仰いだのでしょうか? 私はこの詩を、『不幸に生まれた』という、最初のたった一行によって、その後の全ての運命が決定づけられてしまった男の、悲劇の記録として読み取りました」
二階堂「……どういうこと?」
三田村「彼は、自分の人生を『真っ暗だ』と思い込まされていた。周囲の環境によって、あるいは、社会そのものによって。そして、彼が『もうまっぴらだ』と呟いた時、まるでそうなるのを待ち構えていたかのように、『悪魔の薬草』が彼の前に現れる。これは、彼の自由な選択ではありません。初めから、彼が進む道は、その『暗闇』へ続く一本道しか、用意されていなかったのです。これは個人の選択の物語ではなく、抗うことのできない社会構造の、あるいは運命そのものの、冷たい仕組みを描いた詩なのではないでしょうか」
(三田村の解釈に、一ノ瀬と四方田は息を呑んだ。二階堂は、しばらく黙って三田村を見つめていたが、やがて、ふっと、その口元に珍しくかすかな笑みを浮かべた)
二階堂「……面白い解釈ね。常に物語の裏にある大きな構造を見ようとする。あなたのそういうところ……嫌いじゃないわ」




