種をまく人(作:三田村 宙)
二階堂「ふふ。面白いわね。書き手の意図を超えて、物語が勝手に深まっていく。……それこそが、詩というものの、本当の面白さなのかもしれないわね」
一ノ瀬「ええ、本当に。……さて、素晴らしい解釈が飛び出したところだけれど、次は、三田村さんの番ね。あなたの詠む七五調・七七調の世界、聞かせてもらえるかしら」
三田村「……はい」
(三田村、静かに頷くと、タブレット端末に視線を落とした。そして、一切の感情を排した平坦な声で、テキストを読み上げ始めた)
***
種をまく人
作:三田村 宙
種をまく人よ 何を悲しむ?
種がひとつも 育たないのか?
土地が荒れ果て 不毛なせいか?
君のまく種が ひ弱なせいか?
まかれた種が 多すぎるのか?
それともはたまた 少なすぎるのか?
太陽がながく 照りすぎるのか?
雨があまりにも 降りすぎるのか?
種をまくには 早すぎたのか?
種が育つには 早すぎるのか?
まかれた種が まかれたからか?
それでも彼らは 理解しないのか?
***
(三田村が読み終えると、部室は先ほどとは違う種類の静けさに包まれた。それは、困惑の静けさだった)
四方田「えーっと……。あの、宙ちゃん。これって、どういう……? ずーっと、質問ばっかりで、答えが一つもないんですけど……。種をまく人、めっちゃ悩んでて、かわいそうじゃないですか!」
一ノ瀬「そうね……。七七調の繰り返しが、まるで問答のようだわ。一つの事象に対して、あらゆる角度から、その原因を探ろうとしている。哲学的な響きもあるけれど……。最後の『まかれた種が まかれたからか?』という一文が、とても難解ね。まるで、全ての問いを投げ出してしまったかのような……。禅問答のようでもあるわ」
二階堂「原因究明のプロセスを、詩の形式で表現した、ということかしら。内的要因、外的要因、量的問題、時間的問題と、可能性を一つずつ、論理的に検証しているように見えるわ。でも、最後の一文で、その全ての論理を自ら放棄している。これは物事の因果関係を探ることそのものが、本質的には無意味であるという、虚無的なメッセージなのかしら? だとしたら、あまりにも救いがないわね」
三田村「……これは、悩んでいる『種をまく人』の詩ではありません」
(三人の感想を受けて、三田村は静かに顔を上げた)
三田村「この詩の本当の語り手は、種をまく人本人。あるいは、何かを生み出そうとする全ての人の心の中に存在する、『疑い』の声そのものです」
四方田「えっ!? じゃあ、これって、独り言なんですか?」
三田村「はい。『種』とは、穀物のことではありません。私たちが誰かに伝えようとする、全ての想いや考え、そして物語のことです。『種をまく人』とは、私たち自身。なぜ、自分の想いは正しく伝わらないのか。なぜ、誤解されたり、忘れられたりするのか。その答えの出ない問いを、自分自身に問い続けているのです」
一ノ瀬「……想いや、物語が、伝わらない、嘆きの詩……」
三田村「そうして、あらゆる原因を探った末に、最後に一つの残酷な可能性にたどり着く。『まかれた種が まかれたからか?』と。これは、想いを言葉にした瞬間、物語を形にした瞬間、それはもう、自分の心の中にあった完璧な形ではなくなってしまう、ということ。伝えるという行為そのものに、失敗が運命づけられているのではないか、という根本的な問いです」
二階堂「……なるほど。原因は環境や相手にあるのではなく、自分自身の『伝えよう』という行為そのものにある、と。……では、最後の『それでも彼らは 理解しないのか?』という一文は?」
三田村「……それは、世の中の他の人たちに向けての静かな呟きです。誰もが自分の想いが伝わらないと嘆きながら、そのどうしようもない根本的な理由には、誰も気づこうとしない。そして、また不完全にしか伝わらないと知りながら、種をまき続けてしまう。その人間の哀しい性そのものを、ただ静かに見つめているのです」
(三田村の解説に、部室は再び深い沈黙に包まれた。それは畏怖と、そして、どこか底知れない寂しさを含んだ沈黙だった)
一ノ瀬「……想いを、言葉にした瞬間に、何かが失われる……。文学に携わる者として、それはあまりにも、痛いところを突かれた気分だわ。壮大で美しいけれど……あまりにも悲しい詩ね……」
四方田「うぅ……。じゃあ、私が、推しの尊さをどんなに言葉で説明しても、絶対に、100パーセントは伝わらないってことですか……? そんなの、しんどすぎます……!」




