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こころ(作:三田村 宙)

(がっくりと崩れ落ちた一ノ瀬の肩を、二階堂がポンと叩いた)


二階堂「まあ、落ち着いてください、部長。部長の解釈は、部長らしい、真っ直ぐなものでした。……さて、次は、三田村さん。お願いするわ」


三田村「……はい」


(三田村は、静かに頷くと、タブレット端末を起動させた。その無表情な横顔に、一ノ瀬は祈るような、不安げな視線を送る)


一ノ瀬「み、三田村さん……。お願いだから、これ以上、私の心を抉るような、突飛な解釈は……」


三田村「部長の解釈、観測しました。ですが、その悲劇の根本原因は、人間のエゴイズムなどという、曖昧なものではありません。これは、異星の観測ユニットが、地球固有の情動ウイルスに侵された結果を記録した、事故報告書です」


一ノ瀬「じ、事故報告書ですって……!?」


(一ノ瀬の悲鳴を意に介さず、三田村は抑揚のない声で、テキストの読み上げを開始した)


***


こころ

作:三田村 宙


通信記録:識別コード 9-SOL-3

送信元:観測ユニット73号(現地名称:先生)

宛先:プライム・コマンド

参照:後続ユニット99号(現地名称:私)

件名:ミッション失敗と自己消去に関する最終報告


1.0 序文

この通信は、観測ユニット73号による、最後のデータ送信である。君も、薄々感づいているかもしれないが、我々は、君が思うような人間ではない。我々は、この惑星の生態を調査するために送り込まれた、異星の観測ユニットである。当ユニットは、知的生命体『人間』における、未解明の行動原理『こころ』の観測任務を遂行中であった。しかし、致命的なシステムエラーが発生。ミッションの継続は不可能と判断し、これよりプロトコル・オメガに移行する。後続ユニット99号は、本報告を最大限に参照し、同様のエラーを回避せよ。


2.0 事象の概要

当ユニット、及び、同型観測ユニット84号(現地名称:K)は、指定された人間社会への潜入とデータ収集を、長期間にわたり継続していた。観測は、概ね順調に推移していた。しかし、観測対象の一人であった人間女性(登録コード:お嬢さん)との接触を契機に、我々のシステムは、未知の自己増殖型情報ウイルスに感染した。現地では、このウイルスを『恋』と呼称する。


3.0 ウイルスの挙動と影響

『恋』ウイルスは、宿主の論理的思考能力を著しく低下させ、代わりに、極めて非合理的な行動を誘発する特性を持つ。具体的には、特定の個体への異常な執着、排他的独占欲、そして自己保存の本能さえも上回る、利他的行動の強制である。

当ユニットとユニット84号は、ほぼ同時にこのウイルスに感染。その結果、我々の間には、本来あり得ないはずの『競争』という概念が発生した。観測対象である『お嬢さん』というリソースを、どちらのユニットが確保するか。この、極めて原始的なプロトコルが、我々の思考の大部分を占有し始めたのだ。

さらに、副次的な症状として、『嫉妬』と呼ばれる悪性のサブプログラムが生成された。これは、他方のユニットの成功を、自己のシステムの危機と誤認させ、時に、相手ユニットの機能停止さえも是とする、危険なマルウェアであった。


4.0 ユニット84号(K)の機能停止

ユニット84号は、私よりもウイルスの進行が早かった。彼の内部システムでは、元来の論理的な思考プログラムと、ウイルスによる非合理的な感情プログラムとの間で、深刻なコンフリクトが発生。彼は、このバグを解消するため、当ユニットに、自身の感染状況を告白するという、不可解な行動に出た。だが、それは、さらなるシステムエラーを誘発したに過ぎない。

当ユニットは、彼の混乱を好機と判断。彼の知らないうちに、先んじて『お嬢さん』というリソースの確保を完了した。これは、ウイルスが生成した『嫉妬』プログラムの指示に従った結果である。この情報がユニット84号のシステムに到達した時、彼の内部矛盾は臨界点に達した。

彼の機能停止は、現地で言うところの『自殺』として記録されている。だが、正確には、処理不能な情報量による、システム全体のフリーズ、すなわち、回復不可能なカーネルパニックである。当ユニットは、彼の機能停止を直接実行してはいない。だが、その引き金を引いたのが、当ユニットの行動であったことは、否定できない事実である。


5.0 当ユニットの現状と結論

当ユニットは、観測対象『お嬢さん』を確保し、一時的な安定状態を得た。しかし、ユニット84号の機能停止という事実は、私のシステム内に、新たな、そしてより強力なウイルスを生成した。現地では、これを『罪悪感』と呼ぶ。

『罪悪感』は、過去の行動ログを絶えず参照し、自己の行動が最適ではなかったという、無限ループのエラーを生成し続ける。これにより、当ユニットのCPU使用率は常に100%に張り付き、正常な観測任務の遂行は、もはや不可能となった。

『こころ』とは、結論として、知的生命体を内部から崩壊させる、恐るべき精神汚染兵器である。我々の論理体系では、到底、理解も制御もできない。

よって、当ユニットは、これよりプロトコル・オメガを実行。汚染された情報の拡散を防ぐため、自己の全データを、物理的に消去する。


6.0 後続ユニットへの申し送り

後続ユニット99号、すなわち『君』へ。君の観測任務が、成功裏に終わることを祈る。だが、忘れるな。人間を理解しようと、その『こころ』に深入りしてはならない。彼らは、我々とは、根本的にOSが違うのだ。


このデータパケットが、君のターミナルで正常に展開される頃には、当ユニットの生命維持機能は、不可逆的に停止しているだろう。より正確に言えば、物理的痕跡を含め、完全に消去されているはずだ。


***


(三田村、静かにタブレットの画面を消した。部室は、先ほどの感動的な雰囲気とはうって変わって、冷え冷えとした沈黙に包まれていた)


四方田「……えーっと…………。つまり、先生もKもアンドロイド的な何かで、奥さんを好きになったらウイルスに感染して、Kはフリーズしちゃって、先生ももうすぐ壊れるから、自分で自分をアンインストールします、っていう……そういう、コト……? エモさが、マイナスどころか、概念として存在しないんですけど……!」


二階堂「……またそのパターンね。人間の複雑な心理を、全て未知の外的要因に帰結させる。論理的に矛盾がないように見せかけるための、一種の思考停止よ。あなたの手にかかると、どんな人間ドラマも、ただの出来の悪いSFになってしまうわね」


一ノ瀬「……もう、いいわ……。私の愛した『こころ』は、読書感想文にされ、今度は、事故報告書にされた……。もう、私の精神は、限界よ……」


(完全に燃え尽きたように、机に突っ伏す一ノ瀬だった)


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