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『こころ・レター・コンプレッション・チャレンジ』

日付:20XX年某月某日

場所:文芸部部室

議題:夏目漱石『こころ』における遺書の物理的矛盾について

出席者:一ノ瀬詩織(部長)、二階堂玲(副部長)、三田村宙、四方田萌


---


一ノ瀬「皆、心して耳を傾けなさい。本日、我々が挑むのは、日本近代文学の黎明を告げ、今なお多くの人々の心を捉えて離さない、夏目漱石、畢生の大作……『こころ』よ!」


(一ノ瀬、文庫本を恭しくテーブルの中央に置く)


四方田「こころ! 知ってます! 大学生の『私』が、『先生』と出会って、だんだんその過去に惹かれていく話ですよね。最後、先生から分厚い手紙が届いて、全部が明らかになるっていう……。授業で読んで、めっちゃ切なくなりました……」


一ノ瀬「その通りよ、四方田さん。主人公の『私』、謎めいた『先生』、そして先生の親友であった『K』。三人のエゴイズムが引き起こした、あまりにも悲しい愛の悲劇……。そして、物語の全てを解き明かすのが、先生が『私』に宛てた、長大な遺書。……けれど、この、物語の核となる遺書にこそ、物理法則を揺るがす、重大な矛盾が存在するのよ!」


二階堂「矛盾、ですか?」


一ノ瀬「ええ。先生のあの遺書は、文字数にして、およそ六万五千字にも及ぶわ。ところが、作中で『私』がその手紙を受け取った場面を思い出してちょうだい。彼は、汽車の中で『袂の中へ先生の手紙を投げ込んだ』と描写している。さらに、その手紙は『四つ折りに畳まれてあった』とも書かれているわ。大正時代の、決して薄くはない和紙でできた原稿用紙よ。六万五千字といえば、優に百枚は超える。そんなものが、袂に入ったり、四つ折りにできたりするかしら?」


四方田「えーっ!? 確かに! 百枚のレポート用紙なんて、カバンにも入らないくらい分厚いですよ!」


一ノ瀬「でしょう? 大正時代の紙質を考えれば、袂に入るサイズに四つ折りで畳めるのは、せいぜい十枚程度が限界のはず。『こころ』は、元々新聞の連載小説だったから、おそらく、漱石自身も連載を続けているうちに、思いのほか先生の告白が長くなってしまった……というのが、通説的な見解よ。でも、だとしたら、それは、あまりにも大きな物語上の“瑕疵”じゃないかしら!」


二階堂「……なるほど。遺書の物証としての矛盾、ですね。袂に入るサイズの紙に、六万字以上の情報を記載するのは、物理的に不可能。ミステリーなら、手紙そのものが偽造されたか、あるいは『手紙』が別の何かを指すメタファーだと疑うべき状況です」


三田村「……情報の圧縮率にエラーが生じている。大正時代のセルロース繊維を媒体として、六万五千字の情報を、量子的な重ね合わせでも利用しない限り、指定の容積に格納することはできない。あるいは、手紙自体が、低次元存在には認識不可能な、四次元折りされていた可能性も」


一ノ瀬「ふふふ……素晴らしいわ、みんな! リアリティの欠如、証拠の矛盾、そしてSF的解釈! ならば、答えがないのなら、私たちが、漱石に代わって、その矛盾を解消してあげればいいのよ!」


(一ノ瀬、パン! と柏手を打ち、部員たちを見回す)


一ノ瀬「題して、『こころ・レター・コンプレッション・チャレンジ』! 先生のあの長大な遺書を、物理的に矛盾のない、十枚程度の紙に収まるように、各自が再構成するの! ただし、条件があるわ。手紙の最後は、必ず、作中で『私』が手紙の内容について触れた、この一文で締めくくること。『この手紙があなたの手に落ちる頃には、私はもうこの世にはいないでしょう。とくに死んでいるでしょう』。これを、今回の我々の活動とするわ! 発表は、一週間後よ!」


二階堂「なるほど。膨大な告白の中から、動機と真相に関わる部分だけを抽出し、論理的に再構成しろ、と。面白い。完璧な自白調書を書いてみせましょう」


四方田「やったー! 先生の、Kへの想いと、奥さんへの愛と、罪悪感でぐちゃぐちゃになった、エモエモな部分だけを凝縮して書けばいいんですね! 絶対、泣けるやつ書きます!」


三田村「……了解。情報量を維持したまま、データサイズを圧縮する。不可逆圧縮ではなく、可逆圧縮が望ましい。先生の精神モデルを再構築し、最も効率的な情報伝達プロトコルを設計します」


一ノ瀬「いいわ、いいわよ、みんな! ミステリー、恋愛、SF! なんでもあり! 私はもちろん、漱石の文体を完全に再現し、人間のエゴイズムという、この物語の核心を、最も格調高く、最も美しく描き出してみせるわ! さあ、創作開始よ!」


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議事録担当・書記(四方田)追記:

今週の宿題:先生の重すぎる愛を、10枚にまとめろ。うちの文芸部、だんだん無理難題になってきた気がする(笑)。でも、先生の心を覗けるの、ちょっと楽しみ!


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