『走れメロス・リアリティショック・チャレンジ』
日付:20XX年某月某日
場所:文芸部部室
議題:太宰治『走れメロス』における物理法則の無視について
出席者:一ノ瀬詩織(部長)、二階堂玲(副部長)、三田村宙、四方田萌
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一ノ瀬「さて、皆! 今日、私たちが挑むべき、偉大なる文学の謎は……太宰治が描いた、友情と信頼の物語! 『走れメロス』よ!」
(一ノ瀬、文庫本をテーブルに置き、高らかに宣言する)
四方田「あ、知ってます! 小学校の時、国語でやりました! 妹の結婚式のために、親友を人質にして王様と約束する話ですよね! めっちゃエモい話じゃないですか! 親友のために必死で走るって、尊すぎます!」
一ノ瀬「その通りよ、四方田さん! 人を信じることの尊さを、力強い筆致で描いた、日本文学史に輝く金字塔……! けれど、この感動的な物語には、一つだけ、看過できぬ、致命的な欠陥があるの」
二階堂「欠陥、ですか?」
一ノ瀬「ええ。物語の舞台、シラクスの市からメロスの村までの距離は、片道十里。およそ四十キロメートルよ。日没までに帰ってこなければ、親友は処刑される。……けれど、メロスが村を出て帰路についた時、彼の前には『氾濫した川』『山賊の襲撃』といった、数々の困難が立ちはだかるわ。疲労困憊のメロスが、これらの障害を乗り越え、日没までに四十キロを走破する……。これって、物理的に、不可能じゃないかしら?」
二階堂「……確かに。状況証拠だけ見れば、メロスは到底間に合わない。タイムリミット付きの長距離移動。しかも、複数の妨害工作付き。常識的に考えれば、計画は破綻しています。ミステリーなら、アリバイトリックを疑う場面ですね」
三田村「……人間の身体能力には限界が存在します。トップアスリート級の心肺機能と、最適化されたエネルギー補給戦略がなければ、障害がなくとも指定時間内での走破は困難。帰路の障害は、成功確率を限りなくゼロに近づける。これは、根性論で解決できるタスクではありません」
四方田「えーっ! でも、そこは『友情パワー』で乗り切ったんですよ! 信じる心が奇跡を起こしたんです! 愛の力です!」
一ノ瀬「ふふふ……素晴らしいわ、みんな! そうなの、四方田さんの言う通り、これは『友情パワー』なのよ! そして、その奇跡の力を、誰もが納得できる『理屈』として描き出すことこそ、私たち文芸部の使命よ!」
(一ノ瀬、パン! と柏手を打ち、部員たちを見回す)
一ノ瀬「そこで、提案します! 題して、『走れメロス・リアリティショック・チャレンジ』! メロスの絶望的な帰路を、誰もが『なるほど、それなら間に合う!』と納得できるように、各自が自由な発想で書き直すの! 発表は、一週間後!」
二階堂「なるほど。メロスがいかにして障害をクリアし、時間内にゴールできたか。その『方法』を構築しろ、と。面白い。完璧なタイムテーブルと、論理的に破綻のない走破計画を立案してみせましょう」
四方田「やったー! じゃあ、私が書くメロスは、親友のセリヌンティウスのことを考えすぎて、脳内からなんかすごいドーパミンとかアドレナリンとかが出ちゃって、火事場の馬鹿力的な感じで走る話にします! エモは物理法則を超えるんですよ!」
三田村「……了解。メロスの身体能力をブーストさせた外的要因、あるいは彼の肉体に秘められた未知のポテンシャルの存在を仮定し、帰還プロセスを再構築します」
一ノ瀬「いいわ、いいわよ、みんな! ミステリー、SF、そして愛! なんでもありよ! ただし、条件が三つ! 一つ、書き出しは、原作通り『目が覚めたのは翌る日の薄明の頃である。』で始めること。二つ、結末は、メロスが刑場にたどり着き、『待て。その人を殺してはならぬ。メロスが帰って来た。約束のとおり、いま、帰って来た』と叫ぶ場面で終わらせること。三つ、その間の出来事を、誰もが納得できる形で描くこと! いいわね?」
四方田「はいっ!」
一ノ瀬「よろしい! 私はもちろん、太宰治先生の魂と、人間の持つ不屈の精神をテーマに、最も格調高く、最も感動的な『走れメロス』を書いてみせるわ! さあ、創作開始よ!」
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議事録担当・書記(四方田)追記:
今週の宿題:メロスが間に合った超合理的な理由を考えろ。友情パワーはアリだけど、ちゃんと理屈もつけろ、とのこと。うちの部活、だんだん体育会系になってきたかも(笑)。