76. 完治までの日々 2度目の塗り薬
「いてぇ。ちょっ待ってくれ。あぎゃっあぎゃぁぁぁ。」
翌日、約束通りの時間に受付嬢がやってきて、アスタロートは体を濡れタオルで拭かれたあと、また同じように塗り薬を塗られる。
「はいはい。すぐ終わりますから、辛抱してくださいね。」
「いでぇぇぇ。そんなに、傷口に練り込むように塗らなくてもいいじゃないか。」
そう、この受付嬢、傷口に塗り薬を練り込むようにして塗ってくるのだ。
昨日はもっと優しく塗ってくれていたと思うんだけど、気のせいだろうか?
「はい。これで終わりですよ。」
パチン。
完成の合図と共に受付嬢が、アスタロートの肩を叩く。
「いでぇぇぇ。ちょっと、どういうつもりだよ。傷口を叩くことないだろ。」
「何を言っているんですか。私の生まれ故郷では塗り薬はこうやって塗ると効果があっていいと言われているんですよ。」
「くそぉぉ。なんちゅう言い伝えだよ。」
アスタロートは簡単に信じてしまったが、そんな言い伝えなどこの世界のどこにもない。
実はこの受付嬢は、リザリンに好意を寄せており、リザリンに対してはめっぽう甘いのだ。
そんな、リザリンが、久しぶりにギルドへ来てくれたと思ったら、アスタロートの話ばかりで、いつものクリームケーキをいやいやと言いつつも喜んで作っていたのだが、アスタロートに言いつけられたため、今日からはもう投げないと言ったのだ。
詰まるところ、アスタロートは受付嬢の嫉妬を買ってしまったのだ。
受付嬢は、この行為がただの八つ当たりであることを十分理解しているが、そうしないことにはこの心のモヤモヤが収まらないのだ。
「いてぇ。よぉぉ。」
肩を庇いながらグズっているアスタロートを見て、溜飲を下げた受付嬢は、アスタロートへ木の実を渡し、帰り支度をする。
「これが、今日のご飯の木の実ですよ。栄養満点なのきちんと食べてくださいね。それに、傷の治りははやいですね。これでは、私も長くは楽しめそうにないですね。」
アスタロートの背後で、ぽつりと受付嬢がつぶやくが、アスタロートにはしっかり聞こえた。
「えっ。なんか不穏な言葉が聞こえたんですけど!!」
「ふふふ。冗談ですよ。」
「全然、冗談に聞こえねぇ。」
受付嬢は笑ってごまかすが、今度は冗談でないことをうっすら気づくアスタロート。
俺、何か悪いことしたのか?
昨日、寄生虫を外に投げ捨ててたことが悪かったのかな?
全く身に覚えのないところで、受付嬢の嫉妬を買ってしまったアスタロートは全く見当違いのことを考えていた。
塗られ終わってからしばらくして、昨日のような痺れた痛みがないことに気づくアスタロート。
実は、昨日のアスタロートの反応を見て、やばそうな塗り薬を取り除いてくれていたのだ。
薬の塗り方で憂さ晴らしはした一方で、しっかりアスタロートの世話をする仕事はしているのである。
「では、明日もこの時間に来るので、今日と同じようにいてくださいね。」
塗り薬をテキパキと片付け帰り際に、そう言い残してはしごを下りていく受付嬢。
「分かったよ。」
どうせ断っても、来ることを知っているアスタロートは投げやりに返事をする。
受付嬢が帰ってから、木の実を食べながらゆっくり過ごしていると、アスタロートも自信の体が確実に良くなってきていることに気づく。
薬が効いていることもあるが、体を動かしても痛みはない。
ゆっくり左肩を動かして見るも、昨日までの痛みを感じない。
翼の付け根の部分を見てみると、羽根がなくなって地肌が見えていた箇所に小さな羽根が生えていた。
受付嬢が言っていた治りが早いって言うのはあながち嘘ではないようだ。
今日から、外を散歩しに行こうと心に決めるアスタロート。
このまま、巣でじっとしていてもいいが、いい加減木の実や果実生活に飽きてきたこともあるし、木の実だけではお腹が膨らまないこともあり、今日はギルドの食堂でお腹いっぱい食べることを心に決める。
まずは、ギルドに言ってお金をもらおう。
魔人ギルドに登録している魔人や亜人は、その脅威度によって毎日お金がもらえる。
基本的に、魔人はお金を使って生活することはないためあまりお金をもらいに行くことはないようだが、アスタロートは違う。
アスタロートは元々人間だったこともあり、貨幣はいくらあってもいいし邪魔になることはないと思っており、この世界の人間に近い感覚を持っている。
今はいている大きめのズボンには大きなポッケが付いているが、その中には何も入っていない。
以前、町を出る前にもらったお金と登録したギルドカードがあるはずだが、服が変わったのと同時に紛失してしまっている。
まぁ、毎日大金をもらえるアスタロートにとって対した問題ではないが、額が大きかったため少し気になる。
巣の中をよく観察しても、フカフカの藁と枝の巣だけで、包帯の上から羽織る服もなければ、前に来ていた服もお金もない。
誰かが、預かってくれているのかも知れないが、今はこの格好で歩き回るしかないようだ。
少し肌を露出していすぎて恥ずかしい気もするが、まぁいいだろ。
実際に、包帯をはだけさせていてもリザリンも何も反応していなかったし、恥ずかしがらずに堂々としていればいいだろう。
少し、この世界に来る前のドッキリを思い出してしまう。
異世界転生する前は、バスローブ姿でどこかの教会に運び込まれていたんだっけな。
今となっては少し懐かしい。
あの時と同じだ。
少し変な格好をしていても堂々としていれば多少変なことをしていても見逃されるはずだ。
そう思い、アスタロートは木から降りていく。




