52. アスタロートのドーン
暗闇の中からアスタロートの意識が浮上し始めたのは、妙な息苦しさを感じた時だ。
いや息苦しいなんてレベルじゃない。
息ができない、苦しい。
喉の奥に何かが詰まっているみたいだ。
状況を把握するためにぱちりと目を開けると、目の前あるに6つの目と目が合った。
ノーズルンだ。
「グボッホベホベ。」
目の前の状況に驚き悲鳴を上げたが、口から喉に掛けて何かが入っているからうまく声を出せない。
咄嗟に、口に入っているものを掴む。
「きゃ。」
目の前の昆虫系の魔人が小さな悲鳴を上げるとか、握ったものがヌメヌメしていたとか関係ない。
早くこれを抜かなければ、窒息死してしまう。
勢いよくのどに詰まっているものを引き抜くのと同時に、覆いかぶさるようにしていた昆虫系の魔人を喉に詰まっていたものと一緒に押しのける。
ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ。
詰まっていたもののが抜け、肺に空気が送られる。
「ハァ。死ぬかと思った。」
数回深呼吸して、苦しさの原因であろう昆虫系の魔人に話しかける。
「おい。寝込みを襲うなんて酷いじゃぁないか!」
「ひゃっひゃい。すみません。そっその放していただけないれしょうか。」
昆虫系の魔人は、ものすごく話しにくそうに細い手で口元を隠しながら話しかけてくる。
放す?
この魔人は確かにそう言った。
見ると、昆虫系の魔人の舌が口からものすごく伸びている。
その舌の行き先を目でたどっていくと右手に辿り着いた。
「えぇぇぇ!!!どどどどどどどういうこと!?」
アスタロートは、飛びあがりながら舌から手を放す。
「えっえっええぇぇぇ。」
落ち着いて考えろ。
喉に詰まっていたものを右手で引き抜いた。
その右手に舌が握られていたということは、つまり喉に詰まっていたものはこの魔人の舌ということになる。
なんでぇ?
直前の記憶を辿るとこの脳ぐらいの魔人がソレクレンチョウやオオカタツムリを舌で食べていたことをぼんやりと思い出す。
「ハッ。もしかして俺の脳みそ食おうとしたのか。」
油断も隙もあったもんじゃない。
オーラを集めてようとしたところ否定される。
「ちちち違います。脳を食べるなら目玉から舌を入れますから!」
「じゃぁ、何してたんだよ。」
「そっそれは、アスタロートさんが水不足で倒れられたので、直接胃に水分を送っていたんです。」
「えっ、じゃぁ、舌をくっ口に入れて直接水を飲ませてくれたってことか。」
「はっはい。もう、3回は飲んでいただいたので、水分が足りないことはないと思うのですが・・・。」
「もっと他に飲ませ方なかったのかよ。窒息死するところだったよ!」
脱水症状で倒れたと思ったのか、確かに意識してみると胃の中がタプタプだ。
しばらく水は飲みたくないな。
「すっすみません。それで、お加減のほうは?」
「あぁ、大丈夫だ。ありがとう。えぇーと・・・。」
あれ、こいつの名前なんだっけ?
「ノーズルンです。自己紹介がまだでしたね。」
「そうか、ありがとう。ノーズルン。」
目が覚めてあれだったから、てっきり襲われたのかと思ってしまった。
俺を心配してくれての行動だったんだな。
礼を告げると左右に開く口がパクパクと動き、隙間から舌の管が見える。
あの管が、俺の口の中に入ってたんだよな。
あれ、舌と舌を絡め合わせたキスのことを、ディープキスと呼ぶ。
ってことは、俺はこの脳みそちゅるちゅる女とディープキスしてたってこと!?
いや、ディープキスなんて生易しいもんじゃない。
舌を通り越して喉まで達していた。
つまり、スーパーディープキスをしたってことだ。
前世を含めて初めての経験だ。
初めての相手が見た目バリバリの昆虫系魔人だっていうのが残念だ。
どうせならフルーレティーのような美しい女性に口移しで水を飲ませてほしかったな。
いや、そもそもあの長い舌を持っていないとできないのか。
ん?待てよ。
そういえば、こいつら水持ってきてたっけ?
人用の食料はあらかた持ってきてなかったような気がするが・・・。
ここは、異世界もしかして・・・。
アスタロートの背中を嫌な汗が流れる。
「すまない。水分ってもしかしてお前の唾液とかオオカタツムリの粘液じゃないだろうな。」
「そっそんなこと無いです。」
よかった。
この世界の住人たちは、カタツムリの粘液を普通に飲んだりするからもしかしたらと思って、かなり焦ったぜ。
「ちゃんと、先ほど打ち倒した新鮮なソレクレンチョウの生き血ですよ。」
「おぇー。おぇー。ゲホッ。おぇぇぇぇ。くそったれーーーー。なんてもん飲ませるんだよ。」
想像しただけでも、気持ち悪い。
早く何とかして吐き出さなくては、頭がどうにかなってしまいそうだ。
荷台の外に向かって何とか胃の中のものを吐き出そうとするもうまく吐き出せない。
オオカタツムリや唾液も嫌だけど、生き血も嫌だよ。
どっちが嫌かといえば甲乙つけがたいが、ありえない。
荷台から顔を出し、胃の中のものを吐き出そうとしていると荷台の後ろを担いでいる二人の魔人が騒ぎ出した。
「ドーンか?ドーンが来るのか?」
「アスタロートさん大丈夫か?ドーンってなるのか?」
何を騒いでいるのか分からないが、手を喉の奥に突っ込んで吐き出そうとする。
「ドーン。って口から出るのか?」
「ドーンしたら危ないんだろ。何が危ないんだっけ?」
「アスタロートさんに決まってんだろ。」
「えぇぇ。アスタロートさん大丈夫なんですか?」
魔人たちが騒いでいるが完全無視を決めこむ。
もう少しで、出そうだ。
オボロロボロロロロォォォォ。
胃の中から喉を逆流し大量の真っ赤な生き血を外に吐き出した。
「ぎゃーーーーー。ドーンしたーーー。」
「口からマグマが噴火したーーー。」
「もう終わりだぁぁ。」




