49. 人狩り道中
領民の歓声を聞きながら町を離れていくアスタロート達。
「頑張れよー」と領の入り口から声を掛けてくる領民達。
そこには、一切の一片の曇りもない本心からの言葉だった。
アスタロートには、町の人の考えが分からなくて理解に苦しんでおり、この世界の常識に恐怖すら覚えていた。
振り返ると、まだ町の人たちが手を振っている。
みんなで食料となる動物の狩りにでも出かけに行くとでも思っているのではないだろうか。
これから狩りに行くのは人なんだぞ。
この世界に来て初めて憎悪の感情を向けたアスタロートの視線の先にはかかしの魔物が折れ曲がらない木の腕を振っているのが見える。
その景色を見てアスタロートはここが異世界であることを、また自分の常識が通用しないことを再認識させてくれる。
昨日からのことを何度考え直しても理解が出来ない。
フルーレティーは私が気に入らなかったら反旗を翻してもいいと言っていた。
領の人間たちの反応は人狩りに対して反対どころか絶賛だった。
このことから、私が考えているよりも人狩りは犯罪行為ではないように思える。
だが、人を攫い奴隷に身分を落とす行為などどう考えても肯定できそうにない。
裏切ってもいいというフルーレティー側にリスクしかない提案は、裏を返すとフルーレティーの自身の現れだ。
まるで私が裏切らないことを分かっているような気もしたし、私が裏切ろうとも味方でいようとどちらでもいいと考えているようにも思えた。
色々と考えにふけっていると、一行は森の入り口までやってきた。
森には整備された道路もなく獣道を進んでいくようだ。
「よし。ここから荷台を担いで行くぞ。アスタロートと俺はオーラを纏って歩くぞ。」
「えっ? なんてった?」
物思いにふけっていたアスタロートは反応に遅れる。
荷台を担いで行くことは聞いていたが、その後に何か言っていた。
「オーラを纏えって言ったんだよ。」
リザリンがオーラを纏って近づいてくる。
オーラを纏うと言うことは、戦闘体勢に入るようなもので・・・。
「森の中はそこまで危険なのか?」
「あぁん。ちげーよ。魔物避けだよ。知性のある強い生き物は俺たちに襲いかかることはない。まぁ、お前のオーラよりも強い魔物や知性のない魔物は襲いかかってくるがな。」
この世界の魔物はオーラ量が自分より多い相手には喧嘩は売らないのか。
オーラ量を見て視覚的に勝てないことを察してしまうのかもしれないな。
「ふーん。そうなんだ。」
素直に、返事をするとリザリンが頭をかきはじめる。
「一応言っておくが、襲ってくる魔物は、俺たちに勝てる相手か、知性のない魔物だ。勿論例外もある。魔物の縄張りに長時間滞在したり、子育て中の魔物は決死の覚悟で襲ってくる。」
「なるほどねぇ。」
「お前あれだな。戦闘は強いのに、残念な感じなんだな。たまには頭の修行もしろよ。フルーレティー様の側近なんだろ。」
「はぁ。頭残念とか言うなよ。初めてここに来たからまだ知らなかっただけだし。」
「なら、そういうことにしておこう。後、初めてのお前に1つ指示をしておこう。道中の飯は極力現地調達だ。荷台を運ぶメンバーの分も食料を確保しなければいけない。お前もしっかり食料を確保しろよ。」
「あぁ。分かったよ。」
「よし。担ぎ終えたな。なら出発するぞ。」
周囲を確認して荷台を担ぎ終えたことを確信したリザリンは出発の合図をし、戦闘を歩き始めた。
アスタロートも指示を受けたとおり全力でオーラを纏う。
「ひぇぇぇ。」
馬車の近くを警護していた昆虫系の魔人がアスタロートのオーラに驚き悲鳴を上げ振り返ってくる。
急にオーラを全開にしたのが悪かったのだろう。
「すまない。驚かしてしまっひゃぁぁぁ。」
こんど、驚いたのはアスタロートだ。
目が複数あり口を左右に開け管の舌を出しながら悲鳴を上げている魔人と目が合ったからだ。
あまりにも異形な顔を見てアスタロートも悲鳴を上げ、咄嗟に氷の斧を生成する。
その顔つきは技将ベーゼルと大差ないが、突然目に入ったのが悪かった。
斧を構えてすぐに仲間と気づいたアスタロートは、攻撃せずに済んだ。
落ち着いて辺りを見渡すと全員が脚を止めて私の方を振り返っていた。
「おいおい。あんなオーラ見たことねぇ。」
誰かがぽつりと言った。
そういえば、フルーレティー以外の前で本気のオーラを見せたことなかったな。
突然強いオーラを発したから周りを驚かしたようだ。
「すまない。突然驚かしたな。」
悲鳴をあげていた昆虫系の魔物に声を掛ける。
私が斧を出したことに驚いたのか、4本の細い腕を上げながら話しかけてくる。
相手に敵対心がないことを示す方法はこの世界でも同じであるようだ。
「ひゃい。わっわたしの方こそ。悲鳴を上げてごめんなさい。」
意外にもかわいらしい声が返ってくる。
女性と言ったら良いのか雌といったら良いのか分からないが、性別は女であるようだ。
よく見ると来ている服も所々フリルが付いている。
オーラの出所が私であることが分かったのか、周囲の人は近くの仲間と話しながら進み出した。
話の内容は当然私のオーラの称賛の声だった。
アスタロートに取って、称賛の声は何よりも好きなことだった。
前世での芸能活動でも、ファンの声が何よりの励みになった。
ほんの少しだけ、自分のことを称賛してくれたメンバーと前世のファンを重ねて見てしまった。
東国にいたのはほんの少しだけだが、人狩りの前までアスタロートは東国の人たちのことを嫌いになりきれていない。
西国に行き勇者のパーティーとして魔王と戦うのに何の理由もなく戦えるほどアスタロートは考えなしではない。
何か戦う理由が欲しいアスタロートは、今回の人狩りが戦う理由となるいい機会だが、それと同時に彼らの残虐な行いを目の当たりにして嫌いになりたくない気持ちもある。
相容れない感情に悩まされながら荷馬車の後ろを着いていく。




