40. バクの巣
バクに連れられてやってきた場所は、町の近くにある森の中だった。
上から見た森の景色は、地面が見えないほど木々が生い茂っておりうっそうとしているが、茂みをかき分け少し森の奥へ入ると、低木や雑草は少なく幹と幹の間は適度に開いており高低差があること以外、意外にも歩きやすい環境だった。
「こっちだよぉ~。」
バクの魔物は、真っ暗闇でどこを見ても同じ景色の森の中をすいすいと歩いて行く。
「迷わないのか?」
「う~ん。迷わないよぉ~。たまに聞かれるんだけど、なんとなくこっちだって分かるんだぁ。」
バクの魔物の足取りに迷いはない。
真夜中で辺りは真っ暗だが、この目は夜目もきくようだ。
しっかりと周囲を把握することが出来る。
バクに案内された場所は、少し大きな木がある場所だった。
木の根が地上に出ており人が入れる隙間がある。
木の下が巣になっているのだろう、穴の中には藁が引かれている。
「この中なんだぁ~。」
バクはその中に入って行く。
アスタロートもその後に続くが、体の大きなアスタロートにとってバクの巣は小さく体を小さく丸めて入って行く。
中もそれほど大きくなく、二人が体を丸めて寝れるくらいの広さだ。
高さもあまりなく膝を抱えて座れるが、膝立ちすると頭をぶつけてしまうほどだ。
バクの後ろに続いて中に入り、空いているスペースのバクの隣に腰を下ろす。
「えへへへ。狭くて落ち着くでしょ~。」
「あぁ、そうだね。」
正直なところ、体の大きなアスタロートには少し窮屈に感実広さだったが、部屋に入れてもらっている手前、正直なことは言えなかった。
「えへへへ。そっかぁ。良かったぁ。ほんとはね、少し狭いかなぁって思ってたんだぁ。」
バクは、少し照れくさそうにして微笑んでいた。
こうして、バクを見てみるとかわいらしいな。
アスタロートが学校一の美女だとすると、バクはクラスで二番目くらいな感じだ。
って俺今女の子の部屋にいるじゃん。
前世でも、女の子の部屋になんて入ったことない。
妹の部屋には何度か入ったことあったが、あれは例外だ。
あっ、やば。
急に緊張してきた。
前世では人気の俳優だったからそういったお誘いに声を掛けられることがあったが、すべてパパラッチで悪質な雑誌編集者とかだった。
俺の目はごまかせないぜ。
辺りを見渡してもカメラらしき物は無い。
落ち着け俺、ここは異世界で俺はもう俳優じゃない。
公園の公衆トイレまで追いかけてきたパパラッチ達も流石に異世界までは追いかけてこないだろう。
「今日はもう遅いから木の実でも食べて寝ようかぁ。」
バクは、部屋の隅に体を捻って手を伸ばす。
体を捻った際、髪が肩から垂れ下がり腰のラインやうなじがあらわとなる。
「はっはい。」
やべぇ。意識して変な声出ちゃった。
落ち着け、相手は魔人だ。
アスタロートは夜目が良くきく目を呪いながら死線を外す。
落ち着け、今俺は女だ。
何もやましい気持ちはない。
それに、よく見ろ首が俺より2倍くらい長いじゃないか。
そう、首が長いのもなかなか良いではないか。
って、ちがーう。
目をつむり大きく深呼吸する。
ふー。
よし、落ち着いたぞ。
今、バクの魔物は部屋の隅にある食べ物を用意している。
こっちに来てから出された料理でいい思い出はない。
亜人や魔人は料理をする習慣はないようだし。
大カタツムリの出汁とか絶対に嫌だけど、生で出てきたらどうしよう。
今朝から道中で見つけた果実を少し食べただけでお腹はすいている。
でも、食べられないものは食べられない。
「おぉ~。あったあった~。」
振り返った彼女の手に握られていた者は、以外にも丸い普通の果実だった。
「この果実、おいしぃんだよねぇ。はぁい、おひとつ、ど~ぞ、ど~ぞ。」
手渡された果実はソフトボールサイズで、かすかに甘い香りがする。
「あっありがとう。」
これなら、普通に食べられそうだ。
素直に、感謝の言葉が出てくる。
「いぃよ。いぃよ。いいこと聞かせてもらったしねぇ。」
手にもらった果実の皮は少し堅く、手で皮を剥くのは難しそうだ。
どうやって食べるのかバクの方を盗み見ていると、バクは自分の爪を立ててリンゴのようにシュルシュルと皮を剥いていた。
へぇ。器用に剥くんだぁ。
自分もと思って手を見ても、真似できるような鋭利な爪はない。
リンゴのように剥くのであれば、ナイフがあれば出来る。
自分の魔法で氷のナイフを生成して剥く。
バクの魔物と肩を寄せ合って剥いていると、バクがこちらに気づいたのか、ナイフで剥いている様子を凝視してくる。
「おぉ~。器用なことするんだねぇ。」
「そうでもないよ。」
少し素っ気なく返事をする。
アスタロートは、バクに凝視され緊張していることを隠すために、果実の皮剥きに集中していように装う。
近い、近いよ。
そんなに見ないでほしい。
だめだよ。
前世でもそうだった。
女性との絡みが多い役は演じたことがない。
それは、女性との距離が近すぎると緊張で演技どころではなくなるからだ。
皮を剥いている果実の皮はオレンジ色をしており、実は薄いオレンジ色だ。
どうやら、普通の果実のようだ。
今まで、提供されてきた料理にいい物がなかったが、これは大丈夫そうだ。
アスタロートが果実の皮を剥き終わったのを見届けるとバクは果実にかぶりついた。
「ん~~。やっぱり、これ好きだねぇ。」
バクが、おいしそうに食べるのをみてアスタロートも一口食べる。
味は薄くほのかに甘みがある。
おいしいかと言われればおいしいのだろうが、もっと甘くておいしい果実はたくさんあるように思える。
「おいしいけど、もう少し甘みが強い方が好きかなぁ。」
アスタロートは素直に感想を言う。
「ノンノンノン。この果実はねぇ、ある工夫をするとさらにおいしくなるんだぁ。この前、ギルドの厨房で遊んでたときにひらめいたんだぁ。」
そう告げると、バクはまた木の根裏側へと手を伸ばすと手にバナナほどのサイズの茶色い生物を捕まえてきた。
「大カタツムリの中身だよ。これのエキスを付けると味が濃くなっておいしいんだぁ。」
オオカタツムリの中身というもはや巨大なナメクジにしか見えないそれを、両手で握り果実の上でぞうきんのように絞る。
ジュルジュルジュルジュル。
物体からあふれ出るエキスは、バクの果実の上にどろりと落ちおる。
「ん~。やっぱりこれだよねぇ~。はい。あなたも、どぅぞ。どぅぞ。」
先ほどより、少ししぼんだオオカタツムリの中身を差し出してくるバク。
「いらねぇよーー!!!」
アスタロートは拒絶した。




