その14
田沼生活も4ヶ月が過ぎた。 広瀬と遊んでから夏休みに入り何事もなく普通に過ごしていた終盤にある客が訪れた。
母親は仕事なので俺が出ると……
「おっと、珍しいお客さんだな。 西…… いや、なんかややこしいな。 田沼」
「西澤……」
前の俺の…… 西澤の姿をした田沼、こんなとこには来ないだろうと思っていたから少し驚いた。
「こんなとこじゃなんだから入れよ」
「えらく馴染んでるようだな西澤」
「お陰様でな、楽しくやってるよ。 お前はどうだ、俺に馴染めたか?」
「黙れよクソ野郎」
どうやらとても不機嫌なようだ。 ようやく実感してきたか。 リビングのソファにドカッと座ると家の様子を見て田沼は「チッ」と舌打ちした。
「何がそんな不満なんだ? 俺の身体を乗っ取って最高だって言ってた奴の顔じゃないな」
不規則な生活をしているのか西澤(田沼)の顔は以前にも増して不健康といった具合だ。 まるで俺がこの姿になる前の田沼のよう。
「なんなんだお前の家は? 俺が少し生活態度が悪いからって豹変しやがってよ!!」
「相変わらずか」
俺が勉強出来るようになったのも運動も得意でストイックに打ち込まなきゃならなくなった俺の元親。 厳しくて俺が思い通りにならないとすぐにヒスを起こす母親に暴力を振るってでも自分の思うように指導してきた父親。
俺がメキメキと実力を伸ばし始めたら途端に優しくなる、逆も然り。 ああ、動悸がなんであれ身体を入れ替えてくれてありがとうよ田沼。
「ざけやがって! こんなの聞いてねぇ!!」
俺が出した飲み物を弾き飛ばしコップが割れた。
「何すんだよ?」
「てめぇ、何人の身体好き勝手してくれてんだ?」
「お前の身体? 違うだろ、今は俺の身体で俺は西澤じゃなくて田沼だ。 人に許可を求めることなく勝手に入れ替わっておいて思ってたのと違うからって八つ当たりなんて無様で滑稽だな、頭の中身も取り替えられたら少しはマシになってたのにな」
こいつの無様さに笑えてくる。
「てめぇッ!」
「待てよ、お前最近女子からも評判悪いんだって? 元俺の容姿が優れていたからって取っ替え引っ替え女遊びしてればいずれそうなる」
田沼は俺の襟首を掴んで今にも殴り掛かりそうだ。 前もこんなシーンあったな、けど……
「ぐッ……」
田沼の腕を捻り上げた。 やっぱ元俺の身体、それなりに抵抗はある。
「力も大分弱くなったな、大方グータラ過ごしてたんだろ? やめとけ、今ならお前にだってきっと勝てるぞ俺は」
そう言うと田沼は俺を離した。
「なんでこうなるんだよ、俺は産まれてからずっとこれだ。 容姿も悪い、頭も悪い、イケメンになって好き放題やろうと思ったら要領悪くて女子からも顰蹙を買うようになった、なのにてめぇは俺の身体のくせにそれなりに渡り歩きやがって」
「バカかお前? コンプレックスの塊みたいな奴でも真剣に打ち込めばそれなりになるんだよ、逆に言えばどんなに質が良くても磨かなきゃお前のようになる、この現状はお前のせいだ」
そう言うと田沼は「くくくッ」と笑い出す。
「そうかよ! なあ、お前広瀬と随分仲良いよな?」
「広瀬? ああ、別にあっちが勝手に話してくるだけで仲良くなった憶えはない」
「…… 広瀬は俺に話かけてくれた」
「それを拒絶したのもお前だよな」
「違う!! どう接したらいいかわからなかっただけだ! なのになんでお前と入れ替わった途端にあいつがお前に話し掛けるんだよ? そんなのおかしいだろ、俺が最初だったのに!」
なんでいきなり広瀬の話題になってんだよ、しかもこいつ言ってることめちゃくちゃだな。 女とどうでもいい会話は苦痛でしかないが話そうと思えばそれなり…… まぁこいつにはそれが無理だったからこうなんだろうな。
「広瀬はきっと俺のことが好きだった」
「…… は?」
「そうだよ、広瀬は俺のことが好きだったから話しかけてきたに違いない!」
「大丈夫かお前?(頭が)」
なんだその勘違いストーカーみたいな解釈は?
「広瀬は誰とでもそれなりに話が出来て例えお前みたいな奴でもドン引きはしてただろうが話し掛けただけだと思うぞ一応隣だし」
「そんなわけあるか!! だったらなんであんなに仲良さそうなんだよ!?」
「そんなもん広瀬に訊けよ」
「…… お前は泥棒だ」
「うん?」
「俺から広瀬を奪って! クソみたいな家庭に放り込んで俺をぬか喜びさせて苦しめる最低の泥棒だ!!」
…… 言い掛かりにも程があるだろ、なんで俺は気分とはいえこんな奴を助けようと思ったんだか。 まぁこいつの思惑はどうでもいいが俺は実際この入れ替わりは満喫しているが。
「あのなぁ、客観的に見れば泥棒はお前なんだよ、お前と違って俺はお前を恨んじゃいないけどな」
もし、仮にもしもう一度身体が入れ替わって全てが元通りになっても田沼はまた元の田沼に戻るだけだろう、そうなっても多分きっとこいつは今と同じことを言うと思う。
「俺の最終的な目標は広瀬を俺の女にすることだ」
くそ、こんな場面なのに笑わせる気か?
「マジかよ? その笑える最終目標を俺に言う意味は?」
「バカにするんじゃねぇよ! 俺から広瀬を奪ったお前に後悔をさせてやる!」
「後悔?」
勝手にすればいい、そんでもって盛大な空回りをし続ければいい。
そして俺が割れたコップを捨てに行った隙に田沼は帰ったようだ。




