第五話 魔法学園の惨劇 3
「その魔物は…… 魔物はどうなったのです?」
「ルディンです」
パロッツオのからだは、いつの間にか小刻みに震えていた。
「式典から戻ってきたルディンは、学園に結界が張りめぐらされているのを見て、なにかが起きたことを察知しました。彼は結界を無理やりこじ開けて、その惨劇を目の当たりにしたのです」
「ルディンはどうなったんです?」
「彼は狂ってしまいました」
「狂った?」
「友人や仲間、先生たちが死に絶えているのを見て……精神に異常をきたしたのです」
ルディンの怒り、絶望、ショック、悲しみ——
パロッツオには想像しきれなかった。
生まれつきの才能ゆえに子供のころからどこか醒めた目で、世の中をみてきた自分には、一瞬で気が狂ってしまう寸前の感情など、理解できようはずがなかった。
「どうやって、彼が千体もの魔物を倒したかわかりません。だれも見ていないのですから。ただ、のちに検死等にたずさわった魔法庁の局長は、たったひとことだけ残しています……」
「どんな魔法を使ったのか、想像がつかない——と」
「ある魔物はまるで雑巾でも絞ったように、からだを幾重にもねじられて、ねじ切られていたそうです。また頭から足まで百枚ほどに薄くスライスされたものや、口から骨をまるごと引き抜かれたもの、腹が縦に裂けてそこから、べろりとからだの中身が裏返っていたものなど、想像すらおよばないほど凄惨な様相を呈していたどうです」
「……」
「しかし、上位クラスの魔物になると、もうわけがわからなくなっていました」
「わけが……わからない?」
「ええ、ただぐちゃぐちゃの肉塊に成り果てていたそうです。燃やされ、溶かされ、無数の穴をあけられ、切り裂かれて、潰されていた……と」
「ど、どうやったら、そんなことが?」
「わかりません……」
学長は頭をふった。
「いっせいに、いくつもの高等魔法を、想像もつかない力量ではなった…… そう想像するしかないのです」
「彼は、ルディンはどうなったんです?」
パロッツオはルディンのことを問いたださずにおれなかった。
「言ったでしょう。狂ったのです」
「ええ、それは聞きました」
「二日後、やっと外部にこの事件が知られることとなりました。魔法庁は最高位の箝口令をしいて、調査部隊を派遣して内部にはいりました……」
「そして、二年生の教室で、彼を見つけました……」
「彼は…… ルディンはなにを?」
「授業を受けていたそうです」
「え?」
「ネクロマンサーの魔法を使って、ばらばらになったクラスメイトを精いっぱい人間の形につないで……つぎはぎだらけの皆と、授業を受けていたのです」
「魔法庁の担当官が踏み込んだとき、彼はにこにこしながら、先生にむかって挙手していたそうです。頭も腕もなくなっている先生の死体にむかってね」
パロッツオの脳裏にその光景が浮かんできた。
壁も床も天井も血で真っ赤に染まった教室。あたりに肉片が転がったなか、ぐちゃぐちゃになったクラスメイトに囲まれながら、白いローブを着てかわらず微笑んでいるルディン——
パロッツオはおもわず口元をおさえた。
のどの奥をついてこみあげてくるものがなんなのか、彼自身にもわからなかった。
「パロッツオ、わかったでしょう。あなたがあの旧校舎に惹かれたわけが……」
パロッツオは口をおさえたまま、うなずいた。
目から熱い涙が噴きだした。
「ルディンは今、どこにいるのか。生きているかどうかも不明です。精神が壊れて境界線を越えたのか、境界線を越えるほどの魔法を使ったから精神が壊れたのか。今となってはそれもわかりません。どちらにしても、あの旧校舎に近づくのはおよしなさい」
パロッツオの涙はとまらなかった。
血まみれでほほえむルディンを思うと、泣けて泣けてしかたがなかった。
アッヘンヴァル学園長は、しばらくのあいだ、黙って彼を見守っていたが、やがて力強く言い放った。
「もうじき夜が明けます。もうおやすみなさい。眠るのです。パロッツオ」
とたんにあらがえないほどの睡魔が襲ってきた。
そのことばには、慈悲の魔法がこめられていたのかもしれない。パロッツオは遠のいてゆく意識のなかで、今一度、ルディンを思った。
彼を忘れてしまうのか?
もしかしたら次に目が醒めたとき、ぼくはルディンを覚えていないかもしれない——
忘れたくない。
けれど、忘れなければならない。
忘れなければ、きっと自分はまたあの校舎に導かれ、ルディンの魂をさがしてしまうから。いつか彼と会ってしまったら、二度と帰ってこられなくなるから。
パラッツオの指が無意識に動いた。自分以外のだれかのために、こんなに本気で祈ったのは初めてだった。
鎮魂の歌をあらわす印を結んだ指は、やがて力なく床に落ちた。
魔力のある者を誘っている。
名だたる魔法学園のしずかな旧校舎——
ルディンの魂は、今も自分とおなじような強い魔力をもつ者を、血まみれの教室のなかで待っているのかもしれない。
お読みいただきありがとうございます!
少しでも面白いと思っていただけたら、お気に入り登録や下記☆☆☆☆☆にて評価いただけると励みになります!
どうぞよろしくお願いいたします!
このシリーズの新シリーズにも着手していますが、反響がないようなら見送るつもりです。
ぜひとも応援してください。
さて、次の恐怖はまた格別です。
男性には、とくに身にこたえる恐怖かもしれません。
複数の頭をもった種族を仲間に加えてはならない——
そう忠告を受けるまでもなく、冒険者のみなさまがたはご存知でしょう。
ですが、この忠告に耳をかさずに、複数の頭を持つ女をパーティーに加えた冒険者がいたのです。
さぞやひどい目にあっただろう?
いいえ。飛び抜けた能力をもったふたつの頭は、彼に勝利と栄光と、そして王族に匹敵するほどの富をもたらしました。
ただ、この男は忠告をきくべきであったと悔いているのです。
そう、こころの底から——
第六話 複数の頭を持つ女




