第四話 ダンジョンで赤ん坊を抱く女 2
「いよいよ、第五階層だ」
探索を前にミーゲルは檄をとばした。
「ここで手に入れたいのは、激レアアイテムの『迷いの扉』や『精気の石』だ」
「オレは『蒼い香玉』っていう宝石を拝みてぇもんだぜ。家がたつほど高値がついてるっていう話だからな」
戦士ザカリスが顔をにやつかせながら言うと、賢者ロドリゲスも声を弾ませた。
「高い経験値が得られるモンスター『ジャーゴン』と『オッカム』には、遭遇しておきたいところですね」
「それと、マンドレイクに気をつけろ、でしょ」
弓使いのトーニャが沈むような声でつけくわえた。
ミーゲルは舌打ちしそうになった。あえて意識しないようにしている話題を、無神経に口にするのが気に入らなかった。が、ミーゲルはにっこり笑って言った。
「ああ、じゅうぶん注意してくれ!」
たしかに第五階層は、総覧の記述通り、とても魅力的だった。
弱いくせに経験値だけはたまるモンスターのジャーゴンやオッカムには、驚くほど遭遇できたし、ほかのダンジョンでは手に入りにくい、珍しいアイテムがいくつも転がっていた。
ありあまる成果に、パーティー全員の士気はあがっていった。あのトーニャですら顔が上気してみえた。
だが、サウス・エリアに足を踏み入れた瞬間、あたりの様相が一変した。
鬱蒼とした草木に覆われて暗いうえ、肉食の植物がいたるところに生えてた。ここがマンドレイクが出没するエリアだと、ミーゲルは直感したが、気をつけるべきは、それだけではなさそうだった。
「マンドレイク!!」
トーニャが悲鳴のような声をあげた。
目をむけると、畑のように地面をならした一画に、おかしな形の草がはえていた。一見するとただの草だったが、その茎の根元部分に人間の顔のような瘤があった。
ただれたような醜い面相に、苦悶したような表情を浮かべているように見える。人間であればだれもが嫌悪感をもよおす姿をしていた。
マンドレイクにまちがいなかった——
「トーニャさん、大丈夫です。引き抜かなければ、なんの危害も加えません」
賢者ロドリガスがトーニャをなだめた。
「ですが、もうこの近くをうろついているかもしれませんわ」
「そうだな……」
戦士ザカリスは相槌をうちながら、ゆっくりと剣をひきぬいた。ミーゲルはザカリスに目で合図をすると、剣を引き抜いて正面に構えた。
「ロドリガス、そちらも魔術のスタンバイを! トーニャ、おまえは弓に矢をつがえろ。ぜったいに近づけないようにしてくれ。ザカリス、きさまはオレと一緒に突撃するぞ!」
だが、返事がなかった——
ハッとして背後を振り返ると、だれもいなかった。
「おい、ロドリガス、トーニャ、ザカリス! どこだ?」
いつのまにかあたりに、うっすらと靄がたちこめているのに気づいた。
瘴気?
マンドレイクは幻影や幻覚をみせる毒を吐くと聞いていたが、それがもしかしたらそうかもしれない。
ミーゲルはそそくさと布をとりだして口元をおおった。
もう遅いかもしれない。
だが、これ以上、深い幻影のなかに落ちるわけにはいかない。
ミーゲルはすり足で慎重に歩をすすめた。
さきほどまでは面白いように倒せた弱いモンスターでも、たったひとりでは命取りになりかねない。
と、どこからか、赤ん坊の泣き声のようなものが聞こえてきた。
幻聴かと思ったが、耳をすませてみると、まちがいなく赤ん坊の泣き声だった。
赤ん坊を抱く女——?
あの老人の忠告が脳裏によぎった。
逃げる? どこへ?
ミーゲルは一瞬逡巡した。だがこの泣き声をたどっていったほうが、はぐれたパーティーと出会える確率が高いと、ミーゲルは判断した。
彼らもいま、この泣き声を耳にしているはずだ。トーニャは別として、ロドリガスとザカリスは、自分とおなじ考えにいたると信じていたからだ。やみくもに探し回るより、おなじ泣き声に近づくほうが、再会できる可能性が高い——
ミーゲルは長い回廊を進んでいった。
泣き声がしだいにはっきりとしてくる。
回廊の角を曲がる。
そこにそれはいた——
白いドレスを着た女性。
遠めでよく見えなかったが、シルエットから女性であるのはまちがいなさそうだった。その女性は腕に赤ん坊を抱いたまま、じっとその赤ん坊を見つめていた。
ふっと赤ん坊の声がやむ——
こちらの存在に気づいたようだった。女性はミーゲルのほうにチラリとふりむくと、通路から分岐する別の通路のほうへ、すべるような足取りで逃げだした。ふたたび赤ん坊が泣き始める。
逃げた——?
ミーゲルはてっきり襲ってくるものだと思っていたので、反射的に女性のあとをおいかけた。赤ん坊の泣き声が、どんどんと遠ざかっていく。
さきほどまで女性がたたずんでいた十字路までくると、女性が逃げた通路にからだをむけた。
すでにそこに人影はなかった。
だが、その通路とは反対側、自分の背後の通路のほうに女性がいた。
奥のほうに離れていて判別しにくかったが、赤ん坊を抱きかかえた女性なのはまちがいなかった。
おかしい——




