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家計簿作成(3)


「ロイド、聞いてもいい?」

「いかがしましたか?」

「ロイドたちのお給金ってどうやって決めているの?」


 さすがに個人情報を見せるのはどうかと思い、手元の一覧を見せることはやめた。

 一瞬ロイドはきょとんと間の抜けたような表情をして、それからちょっと考えるように首をひねった。


「低いと思ったら奥様に言う、という感じです」

「……え?」

「お二人ともお優しいですから、大抵ご了承いただけますよ」


 そうそう言いながら、ロイドはキティとミモザにベッドメイクの指示を淡々と行う。ノートを開いていた脳内が混乱する。

 つまり、言い値で給与が変わるってこと?

 それはよろしくない。大変よろしくない。


 金融において、ある程度の未来予測というものは非常に重要なものではある。収入に関してはもちろんだけれども、それ以上に大きなインパクトになりえるものは「支出」だ。

 今必要なお金はいくらか、将来どのタイミングで、いくら必要になるのか、準備すればいいのか。そして何より万が一が発生したときにどうするのか。

 リスク管理こそ金融の肝とも言える。むしろリスク管理のために金融が必要なのだ。


「私のお小遣いも、ほしいって言ったらくれるのかな」

「それはそうでしょうねえ」

「特にご主人様は、お嬢様にメロメロですから」


 クスクスと笑いながらキティとミモザが相槌を打つ。

 すごい。でも、お金をたくさん使ってもいいと言われても、ぱっと何に使いたいか思いつかないのは貧乏性だからだろうか。

 いや、前世の記憶が取り戻す前から私にはあんまり物欲のようなものはなかった気がする。

 ゲームの中のアイラはどうだったのだろう。さすがにそんな隅々の記憶までは覚えていない。


「アイラ様、何か欲しいものでもあるんですか?」


 ロイドが楽しそうに声をかけてきた。それに合わせてキティとミモザも楽し気に笑った。


「キティはですね、お嬢様に似合う新しいドレスが欲しいです!」

「それならミモザだって、少し大人になられたお嬢様に似合うちょっと豪華な髪飾りが欲しいです」


 ドレスはレースが、髪飾りは少し宝石を、みたいな話をミモザとキティが楽しそうに始めたところで意識を二人の会話から切り抜けた。

 申し訳ないけれど、やっぱり着飾るのにわくわくはしない。

 キティとミモザが可愛くしてくれたあとの自分を見るのは、嫌いではないのだけれど。


「欲しいもの、って言われると困っちゃうね」

「お嬢様は、美味しいものがよろしいのではないですか?」

「……食いしん坊みたいじゃない」


 ロイドは何も答えずに楽しそうに笑っただけだった。食べ物に目がないことは否定が出来ない。

 確かに、美味しいごはんは食べたいと思ってしまうものね。一番の私の欲望は食なのか。本当にただの食いしん坊ではないか。


 ちょっと恥ずかしくなったので思考を再び従業員の給料表に向ける。

 それにしても、ある程度の従業員の指標のようなものは準備しなければいけない。そんなに難しいものを準備する必要がないにしろ、ある程度のものを準備する必要があるだろう。


 問題は、私にその知識はないということ。

 この件はお父様に相談したほうがいいかもしれない。そのためには、どうしてそういうことをするのかのある程度の証拠を出していきたいところ。


 やっぱり、数字をにらめっこするの、楽しい。


「アイラ様、楽しそうですね」

「そう?」

「はい、大変楽しそうです」


 ロイドが嬉しそうに笑った。

 ……そんなに、楽しそうな顔をしていたのだろうか。


「お嬢様はわかりやすいですよ」

「そうです。表情の変化は大きくないですけれど」


 キティとミモザが嬉しそうに笑いながら、近付いてきた。

 言われ慣れない言葉に自分の頬に触れる。そんなわかりやすい表情をしているのだろうか。

 前世も、アイラとしても、小さな頃から無表情だと言われ慣れているはずなのだけれど。わかりやすいなんて言われたことはないはずだ。


「私たち、ずっとお嬢様を見ておりますからね」

「全部お見通しです」


 胸の中がむず痒い。こういう感覚、なんといえばいいのだろうか。

 恥ずかしくてじん、と顔が熱くなる。


「あ、お嬢様照れてる」

「可愛い」


 キティとミモザが顔を覗き込んでにやにやと笑う。慌てて顔を覆うが、その隙間からなんとしてでも私の顔を覗こうとキティとミモザがすぐ近くまでにじり寄る。


「やめて」

「えー、なんでですか」

「可愛いお嬢様の顔をもっと見たいんですよ」

「恥ずかしい」


 私の言葉にキティとミモザがきゃあ、と嬉しそうに悲鳴をあげた。

 嫌なのだけれど、嫌じゃない。本当にこの感情をなんと呼べばいいのか。むず痒くてたまらない。




 ***




 計算機が欲しい。

 数字を整理しながら何度も考えたが、どうやらこの世界には計算機なる文明の利器は存在していないらしい。あれがあるだけで随分と計算効率が上がるのだけれど。

 ないものは仕方がない。一つ一つ丁寧に計算していく。



 こうして洗いなおしてみると、やっぱりある程度の無駄遣いが見えてくる。

 それはある程度簡単に見直せるとして、まず一番の問題はこの家に「貯蓄」の概念が存在しないことだ。

 問題はその貯蓄の方法だ。どの方法がこの家に合うのだろうか。


「アイラ様、少しお休みされてはどうですか。難しい顔されてますよ」

「……そうね」


 ふ、と息を吐き出す。

 家計簿作りも順調だ。物事が徐々に進んでいくというのは気分がいい。けれど、計算ばかりで頭が疲れるのも仕方がない。

 ロイドに呼ばれるがまま、勉強机から離れて普段お茶を飲む小さな机に移動する。


「今日はカリラ様から頂いた砂糖菓子をお出し致しますね」

「お母様から?」

「はい、アイラ様が頑張っているから、と」


 コトリ、と小さな音を立てて目の前に置かれた丸く白い食べ物。

 見た瞬間に、前世の記憶が蘇る。


「珍しいですよね。今王都で流行っているそうですよ」


 なんと。

 目の前にあるお菓子は、どう見ても「マカロン」だ。

 白い塊を手に取って、小さく噛む。知っているマカロンよりはしっとりとした舌ざわりだが、そのとびぬけた甘さと、しっとりした舌ざわりはやっぱり私のよく知るマカロンの味と同じだ。

 見た目の可愛らしさと、とびぬけるほどの甘さ。


「おいしい」


 体に悪いんじゃないかと疑うほどの甘さが、計算に疲れた脳に染み込んでくる。

 ゆっくり飲み込むのとほぼ同時に、ミルクティが差し出された。


「お気に召して頂けたようで」

「すごく、おいしい」


 ロイドが嬉しそうににっこりと笑った。なんだかすこし恥ずかしい。

 照れ隠しのように、ゆっくりミルクティに口を付ける。砂糖の入っていないまろやかな風味がマカロンとよく似合う。

 幸せ。


「あまり、ご無理なされないでくださいね」


 ロイドの笑顔に今日も癒される。

 家計簿の完成と同時に、お父様にお話ししなきゃいけないから、それもちゃんと考えないと。



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