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父さんの墓参り(菜菜視点)

「ふうん」

 1290円で買ったデニムシャツを窮屈そうに着た兄が、つまらなそうに鼻を鳴らした。

 

「彫刻も庭園もない墓なんですね」

「うん、お金がなかったからね……」

 うなずいて、ろくでなしだった父そっくりの兄を見上げる。

 ようやくこの人を兄と思うことに慣れてきた。


「まあ、あの父らしい墓です」

「うん……私があまり来られないから。お花とかもっと供えたいんだけど、ごめんね、ディアンさん」

「別に。僕もあなたが居なければ日本に来られなかったから」


 そういって、兄が自分の手をじっと見つめた。 

「僕はカイワタリの力を半分しか継いでいない。日本人をここに送ることは出来ても、自分で来ることは出来なかった」

「そうなの」

「ええ、混血ですからね。能力にも色々制約があるのでしょう」


 父の先妻だったアルビオナ様に『どうかディアンと仲良くしてあげて』と頼まれてしまったので、仕方なく月に一度ほど、アルビオナ様を交えて面会していたのだが、ある日ディアンに頼まれたのだ。

 ――「日本の父の墓に参りたい」と。

 なので、あの通路を通って、新幹線に兄を乗せ、静岡のこのお墓に連れてきた。

「ここが父さんの故郷」

「うん」

「いいところだ。エルドラよりずっと文明が進んでいて、清潔で、美しい。父がここに戻りたかった理由が分かる」

 とろりとした海を見つめたまま、兄が目を細めた。

「とくにあの……シンカンセ……とかいう乗り物が良かった」

「はぁ」


 兄は新幹線では気を失っていたが、『眠かっただけだ』などと言い訳を繰り返している。新幹線に負けた自分が許せないのだろう。無駄に負けず嫌いなのは誰に似たのか……。

 

「ねえ、ディアンさん」

「はい」

「カイワタリって、どうやってエルドラから帰って来るの」

「ある程度強力な魔力があるエルドラ人が、日本に帰りたいと強く念じているカイワタリの背を、昔から伝わる魔法で強く押すんです。そうすると、カイワタリはこの世界から、日本へ戻れる。僕はそれを強制的に行うことが出来ました。リコに対して行った残酷な行為も、僕のみの意思で行った事です」


 彼の口から、リコさんについての話が出るのは初めてだった。

 ゴクリと息をのむと、兄が自分を見下ろしてうっすらと笑った。

 

「僕は生まれつき陰険で、愛の意味を知らない人間です。父に捨てられ、今度は彼女に捨てられるのだと思った瞬間、嫉妬とも怒りともつかぬ炎が人らしい精神のすべてを焦がすのを感じました。僕はあの日からずっと、ただの人でなしだ」

「あの……」

 なんといっていいのか迷ったが、兄が口をつぐんでしまったので、おずおずと言ってみた。

「あんなすばらしいお母様が居てもそんな風なのは、どうして」

「さぁ」

 ディアンが首を傾げてお墓に向き直り、見よう見まねで墓石に水をかける。

 そして不器用に手を合わせ、頭を垂れた。

 同じように、私も手を合わせた。


 ……お父さん、お兄さんを連れてきました。びっくりしましたか。安らかに眠ってください。


 ぎこちなく心でそう語りかけ、顔を上げる。

 兄も同じように顔を上げて、自分を顧みて、さっきの続きを話してくれた。

「……僕は母に甘えているのでしょう。母は誰よりも貴族の義務を理解し、実行できる人物です。僕は幼いころから、父に生き写しの僕を廃嫡してくれればいいのにと思って生きてきましたから、はぁ、やっぱり甘えでしょうねぇ……結局僕は、偉大な母の尻に潰されて生きてきた屑男なんです」


 そういって、兄が少し笑った。

 

「ああ、父も同じだったんですねぇ、ホッとしました。女を作っては捨て、子供を作っては捨て。どうしようもない人間性に僕と同じ血筋を感じる」

「えっ、ちょっと、何にホッとしたの?!」

 

 ギョッとして尋ねる。

 まさか、フラフラ出ていく気なのか。親父と同じように。

 リュシエンヌの産んだ赤ちゃんはまだ生後2か月だ。首も座って居ない。

 あんな幼い娘が可愛くないのだろうか、こいつは!


「ま、まさか、あっあんたっ、親父みたいにかっかっ家族を」

「違います。僕たちが憎まれて捨てられたんじゃないって事に、ようやく納得がいったからホッとしただけです。父は心を病んでいただけ、なのでしょうね。そして故郷に流れ着いて、孤独を選んで安らいで死んでいった……」


 兄がそう言って、胸のポケットから小さな紙を取り出し、父のお墓の上に置いた。


「ルリィの絵姿です。水を弾き、日で色褪せないように加工してもらいました。ここに置いていきます」

「あ、可愛い……」

 

 生まれたばかりの赤ちゃんのリアルな絵が、その絵には描かれていた。

 栗色の髪の毛に、パッチリした青い目。

 アルビオナ様が溺愛してやまない、可愛いルリィちゃんの特徴が良く捉えられている。

 最近ニコッと笑うようになって、本当に本当に可愛いのだ。

 これは大げさではなく、おばの自分から見てもあの子は天使だと思う。

 

「僕が描いたんです」

「すごい、意外と上手」

「ルリィは美人なので描きやすいんですよ。笑顔が他の子に比べて相当可愛いし。顔が母親に似てくれて良かった。他の部分は僕たちに似てほしくないですね」


 なんという親ばかだろうか。

 

「たぶん僕がルリィを捨てることは無いと思います。リュシィもあと2、3日は確実に家に居て、子育てしていると思います」

「ちょっと! 2、3日って……。どんだけリュシエンヌさんを信用してないの」

「信用するのは無理ですねぇ」

「はぁ……」

 だめだこりゃ。

 肩を落とし、とぼとぼと歩き出した。兄もまた、ついてくる。

「菜菜さん」

「はーい」

「父さんが好きだったという、シラコとか、シオカラというのが食べてみたいんですが」

 

 また、食べなれない人には若干えぐいチョイスを……。

 あれはエルドラの人にはちょっと無理だ。

 父は酒飲みだったから好きだったのだろう。

 

「あー、ちょっとその辺の食品は癖があるよー、お酒のつまみなのよ」

「そうなんですか、平気ですよ」


 また強がっている。

 そう思って肩を竦めた。

 ……新幹線で気絶したくせに。

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