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第66話:こねる??

「はい、この神社なら良さそうです。こちらの人間も通りがかりませんし」


 頭の上に乗った巨大な黄金クジャク……改め、鳥が、厳かにそう宣言した。

 どうやら道行く人の目には見えないようだが、でかくなった分重い。

 頭の上のフカフカした胴を鷲掴みにして鳥を足元におろし、古くて人の気配のない神社の、森の奥の大きな木の前で腕組みをする。


「ここに通路を作るの?」

「ハイ、あのー、こちらの方は皆大なり小なり、エルドラに干渉する能力をお持ちなので、カイワタリの扉を抜けることが出来てしまうのです。一度作ると取り外しも困難な扉ですし、迷子になったら困りますので、ここに作ればいいんじゃないかと思います~」

「わかった」

 うなずいて、がさがさした樹の幹に、虹色にキラキラ輝く半透明の自分の手を当てる。血管も骨も見えず、ただガラスのように透き通ってしまった自分の手が若干怖いのだが、これは、元に戻るのだろうか。


「エルドラのある場所を、今鈴木さんの頭の中に送りますね」

「ぎゃっ!」

 くちばしで膝の裏を思いっきり突かれ、かっくんと力が抜けてそのままゴン!と木に激突した。

 おでこを思い切りすりむき、うめき声をあげながらバカ鳥を振り返る。

「こっ、このバカ……っ! 何すんだよ! 痛いじゃないか!」

「つながりました!」

「は? 頭の中に送ってないじゃん!」

「つながりましたよ! 見てくださいっ鈴木さん!」


 思わず、自分が激突した樹をもう一度振り返る。

 ぐにょぐにょとつぶれたゼリーのように波打つ空間が、木肌の上に現れていてギョッとなった。

 樹がぶよぶよになったのではなく、樹のあるところの空間が、陽炎のようにブヨブヨになっているのだ。目を凝らしてみると、そのブヨブヨが、みよーんと広がった。

 

「げっ、何これ」

「カイワタリの扉です、さ、広げてください!」

「広げ……って……キモ……腐った柿みたいなんだけど」

「早く、界の裂け目はすぐに閉じてしまいます!」

「えー、分かったわよ……」

 言いながら、恐る恐る手を突っ込む。

 分厚いゼリーのような手触りだった。

 が、手をそのままがばっと横に広げると、ゼリーがプルプルと裂けて、けっこう気持ちいい。

「おお、割れる、割れるよこれ」

 調子よくブヨブヨの壁を割る力を込めた刹那、半透明になった右手がパチッと光った。

 同時に、そのブヨブヨした分厚い割れ目に、つるりと体が飲み込まれる。

「きゃっ!」

 そのままころりと転がって、湿った地面に叩きつけられた。うっすら雪の積もった雑草茂る広い土地が目の前に広がっている。その先には緩やかな丘陵地帯と、重たげな鉛色の空が続いていた。

 

「あ……」

 見覚えがある場所だった。毎日ダンテさんのお店から帰るときに、アレンと一緒に上った坂道。ディアンさんに掴まり、日本に追い返された場所。

 

 ……ここは、エルドラだ。

 何だか良く分からない方法だった上にデコは擦りむいたままだし。

 でも、ここは間違いなくあのエルドラ。

 慌てて手をまわして確かめると、リュックサックはしっかりと背負ったままだった。

 

「ビタミーン!」

 足元でモコモコしている鳥が、意味不明の言葉を絶叫しバサバサと飛び上がった。

「ビタミーン! ビタミーン!」

「ちょっ……ビタミンって何だよ! ミカン食ってただろ!」

 慌てて手を伸ばすも、間に合わなかった。今までとは別人のような機敏な動きで、黄金の美しい鳥が鈍色の空に舞い上がる。

「ビタミー……」

 すさまじい勢いで鳥がすっとんでゆく。声も、あっという間に聞こえなくなった。


「おい、おまえ、何なんだよ」


 茫然と鳥を見送った後、きょろきょろと周囲を見回す。

 元からペレの村のこのあたりは人通りは多くない。

 だが、あまりに人が少なすぎる気がする。

「うーん」

 腕組みをし、じっと自分の右手を見た。やっぱり自分の手が透明のきらきらになって、向こうが透けて見えるというのは気味が悪い。

「ダンテさんのお店に行ってみようかな?」

 そう呟いた瞬間、ぞわぞわっと背中に寒気が走った。

 思えば薄手のパーカーしか着ていなかったが、こちらは冬真っただ中だ。リュックからタイゾー君用に持ってきたトレーナーを引っ張り出して重ね着する。まだ寒いが、マシだった。

 でも寒気は止まらない。両腕で体を抱いて、もう一度辺りを見回した。

 

「…………」

 タイゾー君が言っていた、魔力が全部教えてくれるといった言葉を改めて頭に思い起こす。

「うぅ……」

 目を凝らし、重たげな色の空を見上げた。その拍子に、いろんな人の声が流れ込んできた。


 『設営急げ』

 『分散するな、魔導師は固まれ』

 『ディアン管理官!』

 

 どの声もせっぱつまった響きを帯びている。聞き覚えのある村の人の喋り方とは違う。

 自衛隊とか、警察の人のように思えた。


「どうしよう」

 そう考えて、右手を握りしめる。

「人がいっぱいいるところに飛んで行こう……かな?」

 自分も、タイゾー君みたいに飛べるんだろうか。

 そう思った瞬間、足がひょいっと持ち上げられ、すっ転びそうになって慌てて体制を直した。

 ――浮いてる……!

 浮力の強い塩水の中で、ぷかぷか浮いているみたいだ。

 本当に、本来のカイワタリはこうやって魔法を使えるのだ、と直感的に理解した。

 そのままヨタヨタと少し高いところまで浮かび上がり、前に進む。

 自分は運動音痴気味なので、タイゾー君のように颯爽と飛べない気がする。

 だが、足で歩くよりは大分早く、ゆるやかな丘陵を上っていくことが出来た。

「やば、これ、楽しいかも」

 思わずつぶやき、平泳ぎのように空気を掻いた。

 すいすいと体が前に進み、なかなか面白い。

 空を飛ぶの、癖になりそうだ……。

「いやいや遊んでる場合じゃないや、あの鳥を追っかけなきゃ」

 自分に言い聞かせ、真面目に『空中平泳ぎ』を再開する。

 それにしても人の気配が全然しない。

 デイジーや、ハーマンさんご夫妻はどうしているんだろう。だんだん心配になって来た。

 村の様子、明らかにおかしい……。もうちょっと奥まで行ってみよう。

「ん?」

 思わず鼻をひくつかせる。

 大量のご飯を一気に作っている匂いが……お正月の炊き出しのようないい匂いがふと鼻をくすぐった。

「んん?!」

 方向転換し、いい匂いの方にフラフラと近寄る。

 これは間違いなく、癒し芋のポタージュっぽいスープの匂いに、元気パンを焼く匂いに、じんわり香辛料でいろんな根菜を煮つけているときの匂いだ。

 

「美味しそう!」


 勝手に飛んで行った鳥はとりあえず置いておこう、あの怖い『弟』とやらも探さないといけないけど、ちょっと料理を作っているところを覗いてから……にしよう。なんとなくだが、そうしたほうがいい気がする。

 

「あ、そうだ!」

 匂いにつられてフラフラ飛んでいたら、いい事を思いついた。

 あの『食わせろ、食わせろ』とわめいている銀色の竜、鳥の『弟』に、何か食べ物を作ってあげたらどうだろうか。

 

 鳥も竜も、食べたがっている物は『お料理』ではなく『カイワタリの魔力』だ。

 鳥は、魔力を振るえる『カイワタリ』を、わざとこちらの世界に送る。

 竜は『わざと』魔力を叩きつけてもらい、それを吸い込んで満腹し、死んだふりをする。もとから、竜の身体は砕け散ってしまって存在しないのだ。

 身体があると見せかけているのは、術の一種なのだろう。


「そっか、そうなんだ……ふーん、なるほど」


 まるで、身の内に宿る魔力で、自分の発想を答え合わせしているように感じた。

 でもたぶん、これで正しいと思う。

 色々なことが『千里眼』のようにどんどん見えて、理解できて、クリアになって来る。

 何というすごい力だろう。

 でも、ずっとこんな魔力を身近に感じて来たら、頭がおかしくなりそうだ。

 ――タイゾー君も言っていた。

 力に振り回されて苦しいって。

 もう助けてくれって……。

 

 自分も今は新鮮な気持ちだけれど、いずれはそう思うだろう。こんなに何でもできすぎる、神様みたいな存在でいる時間は、短いほうがいい。

 

 鳥は、日本に居た時は、自分の作った料理を通して魔力を少しずつ食べていた。

 手料理には、その人の何か、心みたいなものが込もるものなのだ。

 魔力も同じ、自分の一部なのだろう。それゆえに、料理に魔力がこもったのだろう。

 自分の魔力は、エルドラでこそ強力に発揮できるらしい。

 もしかしたら、料理にもとんでもない魔力を込められるかもしれない。

 あの竜をお腹いっぱいにできるほどの。

 

 そこまで考えて、はたと動きを止めた。空中でぷかぷか浮いたまま腕を組む。

 

 頭の中に、一枚の羽根が風にそよいでいる姿が見える。

 巨大な、竜の姿に見える怪物、そのおでこに突き刺さった、大きな銀色の尾羽。

 あれが、金の鳥が言っていた『一枚の羽根を残して砕け散ってしまった』弟の名残なのかもしれない。

 

「あの羽も、こね回せるかな?」


 呟いてみたら、できるかもしれない、と思えた。

 なんとなくだが、可能な気がする。

 ブヨブヨに太り切った鳥をこねまわし、元の身体に直したあの方法。

 今となっては、どうやって思いついたのか定かではないが、あの鳥は自分の魔力で粘土のようにこね直せるし、魔力を食わせてあげれば体積も増やせるのだ。


 あの羽さえあれば、金の方と同じように、銀の方も鳥の形にこね直すことが出来るのではないだろうか。

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