四 童心
女神は、渡らせ給うたーー分祀、とか、わけみたま(分魂)という考え方がある。
神は神明ーーまさに、灯明のごとく、他に分けて、広げることができる・・罔象女神は、秦氏の銅鏡へ。
これより還幸だ。
兵主神社に、神体をお遷しする。
「やってくれた、のう」
じろ、と、刷雄が、座り込んでいる徐福を見下ろす。
(ふん)
「妙にしおらしいと思うておったが、やはり、肚に一物含んでおったか。ーー罔象女神を神鏡に遷御あそばせ、氏神とともに水神として祀る・・それはそれで、完結しておったが」
(藤原氏、か・・)
祭祀の家柄ーーアマテラスを祀る司祭・・あめのこやね命(天児屋命)のすえ。
だから、天岩戸の再現になったのか。
天照大神に、八咫鏡を差し出したのは、天児屋命だ。
まあ、そんな共感呪術に沿った解釈をせずとも、
ご降駕賜れた。
一瞬だけ栄光が過ったのだ。
「罔象とお呼びすべき御方を、
罔象と呼んで勧請したのう。
あれは、生活用水ではのう、馴致(ジュンチ、飼い慣らす)されぬ影と死角、野の水沢に結ぶ魔であろう」
息を吐く。
「異境辺土の道標たれ、とーーそう、祈ったか」
(さすがに、目前では、あらを見とがめられるのう)
式次第にはうるさい連中だーーあの明鏡止水のきは(際)にあっては、こちらの心情も映し出され、露呈してしまう。
魍魎としての罔象女神もまた勧請し、兵主と合祀して、
魑魅(すだま、チミ、精霊のこと)に富む坂東での水利を願う。
それが本音だ。
「ゆくのか?」
「ゆく」
徐福は言った。
「中央で、朝に媚びへつらうその未来ーーその末路が、いかなてんまつに至るのか、つぶさに見た以上は、のう」
「・・」
徒手空拳で日の本に渡り、溺れるものがつかんだわらしべ一本。そこから、長者まで成り上がったーー
また、同じことをするだけだーー裸一貫。
(じじいには、どういう仕儀に至るのか、見届けることなぞできぬがねーー)
水先案内人ーーそれが、永遠を志す道士を名乗りとする、おのれの仕事だ。
野に向かう。
地方へ!
依然、中央のみが夜の燭のようにかぼそく文明をたたえている、この時代のーー地方へ。
(あなたにも、兵主と罔象、魍魎を祀る社を築かねばならぬな)
兵主神社は、関東にもある。
千葉県柏市に兵主八幡神社、剣神であるふつぬし命(経津主命)とほむたわけ命(誉田別命、応神天皇のこと)を祀るーー創建年代は不詳。
わけみたま(分魂)ーー神明は、分けられる。
きっと、文明という人の灯も。
秦と兵主の灯火も。
「あづまえびすめが」
くくく、と、肚で、笑いを転がした。
「存外、悪うない。
「ひょうすべ、が
あづまえびす、だ」
いずれ、兵事に長けた民ともなろう。
夏雲を追うーー童のようだ。
「寂しくなる」
「ああ」
童心は、片一方で、おおいがたい喪失を抱えている。
少年の日は過ぎるが、新境地を前にした時、男は、だいたい同じ顔になる。




