第4話 まだない豆を売りました
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「前金はもらった」
クロードさんは、当たり前のように言った。
わたしは帳簿を抱えたまま固まった。
「確認します」
「確認しなくてもいい」
「します」
わたしは深く息を吸った。
「うちは今、食堂組合から豆の前金を受け取りました」
「ああ」
「でも、その豆はまだありません」
「ああ」
「明日の朝、馬車を二台借りて仕入れに行く」
「ああ」
「もし仕入れられなかったら?」
「信用が落ちる」
「落ちる、で済みますか!?」
わたしの声が倉庫に響いた。
ロイが横で帳簿をのぞき込んでいる。
「商会主、前金は銀貨三枚です」
「銀貨三枚……」
多い。
多すぎる。
さっきまで返済に困っていた商会が、今度は銀貨三枚分の納品義務を抱えている。
儲かったはずなのに、胃が痛い。
「クロードさん。これは契約ですよね?」
「契約だな」
「契約は守らないといけませんよね?」
「当然だ」
「では、なぜ相談なしで受けたんですか!」
「受けられる時に受けた方がいい」
「うちの商会の契約です!」
「だから君の商会が大きくなる」
「順番がおかしい!」
クロードさんは、まったく悪びれなかった。
むしろ、少し不思議そうだった。
「食堂組合は、明日も豆を欲しがる」
「それは、たぶんそうでしょうけど」
「小麦はまだ止まっている。祝宴の準備は続く。食堂は煮込み料理を増やす。なら、豆は要る」
「だからって、まだ持っていないものを売るなんて」
「先に売るから、仕入れられる」
わたしは黙った。
意味はわかる。
前金があるから仕入れられる。
納品先が決まっているから、売れ残る心配も少ない。
でも、失敗したら信用を失う。
昨日までのベルカ商会は、在庫を抱えて苦しんでいた。
今日のベルカ商会は、在庫がないのに苦しんでいる。
どうしてこうなったのだろう。
「馬車はどうします?」
ロイが聞いた。
「借りる」
クロードさんが答えた。
「どこから?」
「東門の運送屋。昨日、荷を降ろした馬車が二台空いている」
「なぜ知っているんですか」
「市場で見た」
「見ただけで?」
「馬の泥が乾いていなかった。荷台は空。御者は酒場で昼から飲んでいた。明日の仕事は入っていない」
ロイが感心したようにうなずいた。
わたしは額を押さえた。
「観察力が怖いです」
「便利だろ」
「怖いです」
「便利なのに」
「怖いものは怖いです」
とはいえ、馬車が必要なのは事実だった。
食堂組合へ納品するなら、手運びでは足りない。
豆を仕入れて、明日の夕方までに戻る必要がある。
「どこで仕入れるんですか」
「北の農村」
「また北ですか?」
「あそこの豆はまだ残っている」
「どうしてわかるんですか」
「昨日、君が話していた。雨で橋が落ちて、村人が現金に困っていると」
「あ……」
たしかに言った。
クロードさんは、聞き流していなかったらしい。
「でも、橋が落ちているなら馬車は通れません」
「橋は通れない。だから西回りで行く」
「遠回りですよ」
「小麦の馬車が止まっている今、北の豆を買いに行く商人は少ない。遠回りでも間に合う」
「間に合うんですか?」
「普通なら厳しい」
「え」
「だから、馬車を二台にする」
普通なら厳しい。
その一言で、また胃が痛くなった。
「クロードさん」
「なんだ」
「普通なら厳しいことを、普通に言わないでください」
「普通にやらないから間に合う」
「なお悪いです!」
ロイが静かに手を上げた。
「商会主、運送屋との交渉は私が行きます」
「お願いします。安く借りてください」
「はい」
「いや、高くていい」
クロードさんが言った。
わたしとロイは、同時に振り向いた。
「高くていい?」
「明日の夜まで確実に押さえたい。安く借りると、途中で別の仕事を入れられる」
「そんなことをされたら困ります」
「だから高く借りる」
「高く借りたら利益が減ります」
「馬車が来なければ利益どころじゃない」
また正論だった。
この人は、支出を嫌がらない。
必要なら払う。
払った分を上回る利益を取りにいく。
わたしとは考え方が違う。
わたしは、減らさないことを考える。
クロードさんは、増やすために使う。
「……わかりました。馬車は確実に押さえます」
「あと、御者に昼食をつけろ」
「なぜですか」
「急がせるから」
「人使いが荒いですね」
「腹が減ると遅くなる」
「妙に現実的!」
ロイが運送屋へ向かった。
倉庫には、わたしとクロードさんが残った。
空になった倉庫。
増えた銀貨。
まだない豆の契約。
昨日より商会は儲かっている。
でも、昨日より失敗した時の損も大きい。
「クロードさん」
「なんだ」
「あなたは、いつもこうなんですか」
「こう、とは?」
「儲かったら、すぐ次に使うんですか」
「必要なら」
「怖くないんですか」
「怖いかどうかは関係ない」
「関係あります」
「あるのは、間に合うか、間に合わないか。売れるか、売れないか。払えるか、払えないか。それだけだ」
言い方は冷たい。
でも、冷たい人ではない。
昨日の豆も、今日の樽も、誰かを困らせて儲けたわけではなかった。
必要としている人に、必要なものを出した。
ただ、早すぎる。
判断が早い。
動きも早い。
わたしの心の準備だけが毎回遅れる。
「商会主」
しばらくして、ロイが戻ってきた。
「馬車二台、押さえました」
「いくらですか」
「通常の一・五倍です」
「高い……」
「ただし、明日の夜までベルカ商会専用です。御者二人も確保しました」
わたしは帳簿に書き込んだ。
馬車代。
御者の昼食代。
豆の仕入れ予定額。
数字が増えていく。
利益も見える。
でも、失敗した時の損も見える。
「これでいい」
クロードさんは帳簿を見て言った。
「少し高いですが」
「安い」
「え?」
「食堂組合との継続取引が取れるなら安い」
継続取引。
その言葉で、わたしは少し黙った。
もし本当に取れたら、ベルカ商会は変わる。
売れ残りに悩むだけの商会ではなくなる。
仕入れて、運んで、納める商会になる。
食堂組合の仕事を受けられれば、他の店からも声がかかるかもしれない。
でも、その最初の仕事で失敗したら終わる。
「明日は、わたしも行きます」
わたしは言った。
ロイが驚いた。
「商会主が?」
「はい。これはベルカ商会の仕事です。クロードさんに任せきりにはできません」
「馬車旅だぞ」
クロードさんが言った。
「わかっています」
「朝早い」
「起きます」
「食事は簡単だ」
「我慢します」
「道中で帳簿は書きにくい」
「そこは関係ありますか?」
「ある。暇だ」
「暇ではありません!」
クロードさんは少し考えた。
「来るなら、交渉は君がしろ」
「わたしが?」
「北の農村とは、君の商会が取引している。俺より君の方が信用される」
その言葉で、少し背筋が伸びた。
クロードさんは、何でも自分でやる人だと思っていた。
でも、そうではないらしい。
わたしが持っているものも、ちゃんと見ている。
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