第31話 初日から足りません
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西区施療院の試験運用、初日。
わたしは帳簿を抱えて、物置の前に立っていた。
銀貨二十二枚上限。
七日間。
昨日は通った。
今日は、回さなければならない。
「……帰っていいですか」
「駄目だ」
クロードさんが即答した。
「怖いんです」
「仕事だ」
「仕事って怖いですね」
「そうだな」
「そこは否定してください!」
管理人さんが、物置の扉を開けた。
中には、小樽と桶が並んでいる。
昨日、ざっと分けたものだ。
修理に回す小樽が三つ、部品取りが二つ、新品で補う小樽が二つ。桶は修理二つ、新品一つ。
そのはずだった。
クロードさんが、一つ目の小樽を見た。
「これは修理」
「はい」
二つ目を見る。
「これも修理」
「よし」
三つ目。
クロードさんの手が止まった。
「これは駄目だ」
「え」
管理人さんも顔を上げた。
「昨日は修理に回せると」
「底が浮いている。輪金だけでは無理だ」
わたしは小樽をのぞいた。
よく見ると、底板の隙間が少し広がっている。
昨日は気づかなかった。
「……初日から予定が崩れました」
「崩れたな」
「認めないでください」
「崩れたものは崩れた」
新品で補えばいい。
そう思いかけて、止まった。
新品を増やせば、見積もりが上がる。
初日から予備費を使うのは早い。
でも、必要な小樽が足りないのも困る。
「クロードさん」
「なんだ」
「新品を一つ増やしますか」
「まだ早い」
「ですよね」
「部品取りを見る」
クロードさんは、部品取りにした小樽を引き寄せた。
板を見る。
輪金を見る。
底を叩く。
「こっちの底板は使える」
「部品取りから?」
「ああ」
「つまり、駄目になった小樽の底を、こっちから移す?」
「そうだ」
管理人さんが驚いた顔をした。
「それで直るのですか」
「桶職人次第だ」
「確定ではないんですね」
「確定ではない」
でも、すぐ新品を買うよりはいい。
確認する価値はある。
わたしは帳簿を開いた。
「修理予定の小樽一つを、部品差し替え確認へ変更します。新品追加は保留。桶職人へ確認」
書いた瞬間、少し落ち着いた。
予定が崩れた。
でも、帳簿の中では崩れたままにしなくていい。
変更できる。
「悪くない」
クロードさんが言った。
「今のは?」
「九割」
「維持!」
「買う前に止まった」
「それ、褒めてます?」
「褒めている」
「わかりにくい!」
管理人さんが少し笑った。
その笑いで、物置の空気が軽くなった。
次は桶だった。
一つ目は修理。二つ目も修理。新品で補う予定の桶は、そのままでよさそうだった。
「桶は予定通りですね」
「今はな」
「その言い方、やめませんか」
「予定は変わる」
「知っています!」
外へ出ると、施療院の裏庭で布が干されていた。
湯を運ぶ人がいて、薬草を分ける人がいる。
小樽と桶が止まると、この人たちの仕事も止まる。
銀貨二十二枚の紙の向こうに、ちゃんと現場があった。
「管理人さん」
「はい」
「今日の分は、修理二つ、部品差し替え確認一つ、新品補充分二つで進めます。桶は修理二つ、新品一つ。変更が出たら、今日中に報告します」
「わかりました」
「新品を追加するかは、桶職人の確認後にします」
「お願いします」
言えた。
全部を決めない。
でも、止めない。
その間に置く。
施療院を出ると、クロードさんが言った。
「早くなったな」
「何がですか」
「分けるのが」
「本当ですか」
「ああ」
「全部ください」
「まだだ」
「厳しい!」
桶職人の店へ行くと、親方は作業台の上を見て顔をしかめた。
「また増えたな」
「増えました」
「いい返事だな」
「よくはありません」
わたしは小樽を見せた。
「これ、底板を差し替えれば修理できますか」
親方は小樽を回し、底を叩いた。
部品取りの底板も見る。
「できる」
「本当ですか」
「ただし、手間は増える」
「ですよね」
「新品を一つ入れるよりは安い」
「それが聞きたかったです」
胸の中が、すっと軽くなった。
新品追加は止められる。
見積もりも守れる。
「ただ、今日中は無理だ。明日の昼だな」
「今日必要な分は?」
「二つなら出せる」
「では、今日必要な二つを先に。差し替え分は明日の昼でお願いします」
「分けるのが早くなったな」
親方にまで言われた。
わたしは少しだけ胸を張った。
「最近、分けないと止まる仕事ばかりなので」
「そりゃ大変だ」
「本当に大変です」
クロードさんが横で言った。
「悪くない」
「親方の前で評価しないでください!」
「九割」
「聞こえています!」
親方が笑った。
初日から予定は崩れた。
でも、新品追加にはならなかった。
部品取りが部品として生きた。
修理の順番を変えれば、今日の分は止まらない。
ベルカ商会に戻ると、ロイが待っていた。
「初日確認はいかがでしたか」
「予定が崩れました」
「やはり」
「やはりって言いました?」
「現場なので」
強い。
ロイは強い。
わたしは帳簿を渡した。
「修理予定の小樽一つを、部品差し替え確認に変更。新品追加は保留。今日必要な修理二つは先行。差し替え分は明日昼です」
ロイがすぐに書き込む。
「では、上限額は維持できます」
「よかった……」
「ただし、桶職人の手間賃が少し増えます」
「よくなかった」
「新品追加よりは低いです」
「そこは、よかったです」
ロイは帳簿を閉じた。
「商会主、初日の処理としては良いと思います」
「本当ですか」
「はい。すぐ買わなかったのがよかったです」
クロードさんが言った。
「九割だな」
「ロイも九割ですか?」
「九割です」
「二人から九割!」
思わず声が出た。
トマが奥から顔を出した。
「商会主、よかったですね」
「よかったです!」
その瞬間、ロイが新しい紙を出した。
「では、明日の確認項目です」
「余韻!」
「部品差し替え小樽の仕上がり、桶職人の追加手間賃、施療院への報告、上限額への影響です」
「はい……」
余韻は短かった。
でも、嫌ではなかった。
銀貨二十二枚の仕事は、初日から予定通りには進まなかった。
でも、予定通りでない時のために、分けていた。
ベルカ商会は、買う前に止まった。
そのおかげで、西区施療院の初日は止まらずに済みそうだった。
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