第2話 安心する前に仕入れろ
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「駄目です」
わたしは、商会主としてきっぱり言った。
「その銀貨四枚は返済用です。仕入れには使いません」
「全部は使わない」
クロードさんは、空になった倉庫を見回しながら言った。
「そうですか」
「銀貨三枚使う」
「ほぼ全部です!」
わたしの声が、倉庫に響いた。
さっきまで豆袋でいっぱいだった倉庫は、今は空っぽになっている。
豆は売れた。
銀貨四枚も手に入った。
なのに、目の前の男はそれをもう使おうとしている。
「クロードさん。うちは明日の夕方までに銀貨五枚を返さないと、倉庫を差し押さえられるんです」
「なら、明日の夕方までに銀貨五枚以上にすればいい」
「言い方が軽い!」
「重く言っても金は増えない」
正論だった。
正論なのが、たいへん腹立たしい。
わたしは帳簿を抱え直した。
「せめて今日くらいは安心させてください。さっきまで商会が潰れかけていたんですよ」
「今も潰れかけている」
「言い方!」
「銀貨四枚を抱えて眠れば、明日は倉庫が残る。だが、それだけだ」
「それだけ、とは?」
「空になった倉庫は金を生まない。次に売るものがなければ、また同じことになる」
言い返せなかった。
この人は、借金の残りも知らない。
馬車の修理代も、減ってしまった取引先のことも知らない。
それなのに、言っていることは何ひとつ間違っていなかった。
ベルカ商会は、今日助かっただけだ。
明日も明後日も、その先も助かる保証はない。
それでも、だからといって。
「危険すぎます」
「危険だな」
「認めるんですか!?」
「小さい商会が大きい商会に勝つには、止まらないことだ」
クロードさんは、当然のように言った。
「商会は金を持っているだけでは大きくならない」
「では、どうするんですか」
「金を在庫に変える。在庫を、欲しがる相手のところへ持っていく。そこでまた金に戻す」
聞いたことのない言い方だった。
でも、少しだけわかる気もした。
わたしは豆を倉庫に置いていた。
クロードさんは、豆を食堂組合に売った。
同じ豆なのに、売る相手と時間が変わっただけで値段が倍になった。
「それで、何を買うつもりなんですか」
「あれだ」
クロードさんは、倉庫の奥を指差した。
そこには、古い空樽が十二個ほど積まれている。
父の代から残っているものだ。
酒場に売ろうとして売れず、漬物屋に持ち込んでも断られ、今では完全に場所ふさぎになっている。
「あの空樽ですか?」
「全部押さえる」
「押さえるも何も、あれはうちの不良在庫です」
「なら都合がいい。隣の酒場裏にも空樽がある。南通りの宿屋にもある。全部買う」
「うちのお金で?」
「ああ」
「返済用のお金で?」
「ああ」
「さっき危険だと認めましたよね?」
「認めた」
「では、やめましょう!」
「やめたら増えない」
わたしは深く息を吸った。
落ち着くのだ。
商会主として。
この人はたぶん、普通ではない。
普通ではない人に、普通の説得をしても効かない。
「理由を説明してください」
「夕方に上がる」
「何がですか」
「空樽の値段」
「なぜですか」
「小麦が止まった。祝宴の料理がパン中心から煮込み中心に変わる。食堂は仕込みを増やす。酒場は保存用の酒とスープを増やす。樽が要る」
わたしは口を閉じた。
理屈は、わかる。
わかるけれど。
「でも、空樽ですよ?」
「だからいい」
「だから?」
「今は誰も欲しがっていない」
クロードさんは、積まれた古樽を軽く叩いた。
「商品が悪いとは限らない。売る場所と時間を間違えているだけの場合もある」
その言葉で、さっきの豆を思い出した。
わたしが重荷だと思っていた豆を、この人は利益に変えた。
同じことが、空樽でも起きるのだろうか。
「商会主」
ロイが、隣で小さく言った。
「危ない橋です」
「わかっています」
「ですが、今のままでも危ないです」
「……それも、わかっています」
ロイは反対している。
でも、完全には止めない。
たぶん、わたしと同じだ。
危険だ。
でも、危険でない選択肢はもうほとんど残っていない。
わたしは帳簿を開いた。
銀貨四枚。
わたしの貯金を足せば、返済はできる。
でも、そうしたところで、次の仕入れ資金はほとんど残らない。
倉庫は守れる。
商会は、守れないかもしれない。
「……銀貨三枚は多すぎます」
「では?」
「銀貨二枚までです」
「足りない」
「では、銀貨二枚と銅貨五十枚」
「足りない」
「なぜ交渉しているのに、そちらが動かないんですか!」
「必要な量がある」
「では、その必要な量を説明してください」
「空樽二十個」
「そんなに?」
「食堂組合だけで十個は欲しがる。酒場が六個。宿屋と劇場裏で残りを買う」
「全部売れる前提で話さないでください」
「売れ残るなら安く売るだけだ」
安く売るだけ。
それは、つまり失敗だ。
「失敗したら?」
「銀貨三枚が古樽になる」
「絶対に嫌です!」
「成功したら銀貨九枚以上になる」
「……九枚」
その数字に、思わず黙った。
銀貨九枚。
返済しても、残る。
馬車の修理代も出せる。
次の仕入れ資金も残る。
ベルカ商会が、本当に一息つける。
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