第十一話 沈む地、断たれる空
ーー14時17分・銀行跡地
地面が、生きているように脈打った。
「チッ……!」
反射的に後方へ跳ぶ。
直後、さっきまで立っていた場所から、泥の腕が噴き上がった。
ーーズボオッ!!
空気を裂く音とともに、粘性の塊が空を掴む。
「避けろ!!触れんな、それ全部アウトだ!」
危険を察知した燐の怒号。
その声に被さるように、無数の腕が地面から伸び上がる。
逃げ場を潰すように、囲い込むように。
まるでーー狩りだ。
「……面倒な能力だな」
久鬼さんが一歩前へ出る。
投げた針が泥へと突き刺さるが、すぐに泥に呑み込まれた。
しかし、次の瞬間ーー
彼の姿が、消えた。
視界が一瞬だけ歪む。
久鬼はすでに泥の腕の内側へと踏み込んでいた。
「遅い」
刀が振るわれる。
ーーズブリ。
当たる寸前、灰山の身体が崩れた。
泥へと還元される。
「ははっ、無駄無駄」
声が、久鬼さんの足元から響く。
そこから、新たな“顔”が浮かび上がる。
「ワシはここにもおるしーーあそこにもおる」
背後、横、上。
泥という泥すべてに、灰山の“気配”が宿る。
「実体が……分散してる?」
つるが呟く。
「違うな」
俺は首を振る。
「“全部本体”だ」
厄介どころの話ではない。
倒す、という概念そのものが成立しない。
「ならーー全部叩き潰すだけだろ!」
燐が踏み込む。
ーーゴオオッ!!
金棒が振り下ろされる。
その瞬間、金棒の内部に蓄積された運動エネルギーが解放される。
衝撃と同時に、泥が弾け飛ぶ。
「効いてんじゃねぇか!」
一瞬。
確かに“崩れた”。
だがーー
ーーズルリ。
弾けた泥が、再び集まり、形を成す。
「意味ねぇよ、坊や」
灰山の笑い声。
粘りつくような嘲笑。
「壊すだけじゃあ、ワシは死なん」
次の瞬間。
泥の腕が、燐の足首を掴んだ。
「……っ⁉︎」
ーーズブリ。
飲み込まれる。
「燐!」
俺が踏み出す。
だがーー
「来るな!!」
燐が叫ぶ。
「これは……触れたら終わりだ!」
金棒で叩きつける。
だが、腕は離れない。
むしろ、沈む。
じわじわと、足から“価値”が削られていく。
「つる!」
俺は短く呼ぶ。
つるはすでに動いていた。
「ーー“凍銀糸”」
空気が、凍る。
彼女の周囲の熱が奪われ、銀の糸が紡がれる。
高速で放たれたそれが、泥の腕に絡みついた。
ーーギギギギッ!!
凍結し、泥の動きが止まる。
「今です!」
つるの呼びかけに呼応して、俺は踏み込む。
掌に“水”を収束させ、泥に放つ。
その瞬間ーー
時間が、加速する。
泥が崩れ、劣化が一気に進行する。
ーーパキン。
凍結していた泥が、砕け散った。
「っはあ……助かった……!」
燐が距離を取る。
「なるほどのぉ」
灰山の声が、愉しげに響く。
「“時間を加速させる”か……。良い能力だ」
泥が、再び膨れ上がる。
さっきよりもーー速い。
「……学習してる?」
つるの声が強張る。
「いや、どちらかと言えば、“適応”だ」
久鬼さんが静かに言う。
最悪だ。
戦うほどに、こちらに合わせてくる。
「それにーー」
久鬼さんの視線が、わずかに上を向く。
「一人、足りない」
その言葉の意味を理解するより早くーー
ーーキイン。
音が、消えた。
風が止まる。
泥の音も、呼吸も、すべてが“途切れる”。
「……っ⁉︎」
つるが息を呑む。
ーー次の瞬間。
空間に線が走った。
見えない刃。
それが、世界そのものを削り取る。
景色が、僅かに“ズレる”。
「……遅い」
背後から、少女の声。
振り返るが、そこには何もない。
ただ、そこだけ、空間が妙に“揺らいでいる”。
「鋏口.....鈴......」
つるの声が震える。
見えない、感じられない。
だが、確かにそこにいる。
「泥に沈むかーー」
少女の声が、耳元で囁く。
「それとも、切り落とされるか」
選択肢など、存在しない。
「ーー好きな方を選びなさい」




