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七件屋の悪魔  作者: 西季幽司
第一章「クマゼコの呪い」
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ガーディアン②

「業務上過失致死罪の判決が出て懲役が言い渡されたが、執行猶予がついた。被害者の黒枝は妻とふたり暮らしで、息子が一人いたらしいが、早くに亡くしている。自殺だったらしい。執行猶予がついたとは言え、田口家も悲惨だった。田口の妻は、子供たちが人殺しの子と呼ばれることに耐えられないと言って離婚を申し出た。田口との離婚が成立すると、子供たちを連れて村を出た。その後、刑を終えて出所した田口も、暫くは村にいたらしいが、突然、姿を消したらしい」

「ひとつの事件がふたつの家族を崩壊させてしまったのですね」

「その通りだ。去年、中津に戻った時、偶然、田口家の長男と会った。今は母親の旧姓、加志崎を名乗っている。少し話をした。縁が切れたとは言え、故郷だ。七軒屋の近況について、色々、教えてもらった。だから詳しい」

 もともと詳しかった上に、事件発生の連絡を受けて県警に顔を出し、僕が来るまで七軒屋について調べていた。この人にはかなわないと素直に思う。

 ハンドルを握る横顔に見惚れてしまう。格好良い。

――いいんだ。君は隈井さんになる必要はない。

 広大君がそう言ってくれることだけが救いだ。どうせ、何をやっても隈井さんにかわない。


 山国川が削り取った深い渓谷の山腹を縫うように国道が走っている。

 ハンドル操作を誤れば谷底へ真っ逆さまという危険な道路を走り続け、乗兼寺という寺の横にある坂道に分け入る。車が一台通るのがやっとの勾配の急な坂道だ。右に左に、酔う程、登って行くと七軒屋へたどり着く。正直、寿命の縮まる思いだった。こんな道、僕に運転は無理だ。

 坂道を登りきると、開けた場所に出た。僻村に似合わない鉄筋コンクリート造りの二階建て建物があった。山守診療所だと隈井さんが教えてくれた。

 県警を出てから二時間はかかった。

 診療所の前は若干、広くなっていて車を停めることができた。警察車両が二台と軽自動車が一台、駐車してあった。僕らが乗って来た車を停めると、狭い駐車場はいっぱいになった。

 昨夜の内に鑑識作業は終えている。制服姿の警官が診療所から転がり出て来た。現場保全の為に詰めているようだ。

「三苫さん。ご苦労様です」

 隈井さんが車を降りて挨拶する。顔見知りのようだ。僕も慌てて車から降りた。下郷警察官駐在所の三苫巡査部長だ。三十過ぎだろう、コンタクトがダメなのか、今時、珍しく度の強いメガネをかけている。つぶらな瞳の上で、太い眉毛が見事なアーチを描いている。意志が強そうに見える。

「事件の状況は?」

「被害者は弐の屋の主、服部順治さんです。妻の由紀さんと村人の芦刈喜則さんが診療所に入って遺体を確認しました。服部順治さんは電話で首藤医師に呼び出されたそうです」

 三苫巡査部長が遺体発見の状況を詳しく説明してくれた。そして、最後に「芦刈喜則さんと服部由紀さんには自宅で待機してもらっています。話を聞きますか?」と尋ねた。

 隈井さんは首を振って、「先ずは現場を確認しておきます」と答えた。

 参った。いきなり現場検証だ。

 三苫巡査部長の案内で、診療所に足を踏み入れる。隈井さんの背中から発せられる圧力に引っ張られるような気がした。

 診療所に入って直ぐに待合室があった。昔の病院には、こういうソファーがあったなと郷愁を感じさせる茶色い長椅子が並んでいた。待合室の奥に診察室のドアがあった。

 血の匂いがする。むせ返りながら診察室へ入った。

 中は薄暗い。診察室は長方形になっていて、入ると直ぐに診察台があった。救急患者の処置室となっている。向かいの壁は窓になっているが、ブラインドが降りていた。

 左手奥に机と患者が腰をかける丸椅子がある。診察の際に、首藤医師が使っていたものだ。入り口から見えないように、衝立で仕切られていた。更に奥に薬棚があり、突き当たりにドアがある。奥に更に部屋があるようだ。

「あの奥には?」と隈井さんが聞いた。

「隣は受付兼首藤医師の執務室になっています。首藤医師は日頃、執務室にいて受付を兼ねていたようです」と三苫巡査部長が答えた。

「この建物は二階建てのようですね」

「二階に入院用の病室がありますが、もっぱら首藤医師の居住空間になっていたようです」

「遺体は?」

「衝立の向うです」

 いよいよだ。無残な遺体が横たわっているところを想像したが、既に遺体は運び去られた後だった。遺体発見から半日経っている。考えてみれば当たり前だ。拍子抜けしてしまった。

 だが、床には血痕が広がっていた。そして、遺体をかたどった白線が引かれていた。御免なさいと心で唱えながら手を合わせた。何故、謝るのか自分でも分からなかった。

「遺体はうつ伏せの状態で床に倒れていました。背中に無数の傷跡が見られ、幾つもの傷跡が平行してついていました。まるで熊に襲われたかのようでした。首筋などは、三分の一くらい切り裂かれて、傷口がぱっくりと口を開けていました」

 三苫巡査部長が遺体の状況を説明してくれた。想像するだけで、胸がむかむかする。むごい話だ。

 医療器具やカルテが部屋中に散乱していた。格闘があったというより、被害者が犯人に追われ、必死に逃げ回った跡に見えた。

 狭い診察室だ。早々に観察を終え待合室へ戻った。

「芦刈喜則さんは、これは人間業じゃない。クマゼコの仕業だと言っていました。診療所に入った時に、獣の匂いがしたなんて証言しています」

「クマゼコ?」

 聞いたことがない。何だろう?

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