レース少年に出来る事
先輩たちの戦いは非常によろしくない。
ガラン先輩の攻撃も大した効果が見られない。
攻撃を一手に受けているサンドバル先輩も、いつ総崩れになるか分からない状態だ。
校章でとりあえず逃げるべきだ。僕たちがここにいる以上、先輩たちも見捨てて逃げる事が出来ない。
(なぁ、この脱出装置の使い方って)
《それを高く掲げ、場所をどこか思い浮かべます。広さが必要なので、寮の玄関付近が良いかと》
なるほど、やってみよう。
立ち上がり、目一杯高く校章を掲げる。
場所は寮の玄関……寮の玄関……寮の玄関……
すると、自分とリーシャ先輩の回りを魔法陣のようなもの、いや魔法陣が取り囲む。
寮の玄関……寮の玄関……
一生懸命思い浮かべている。間違いではない。ないのだが。
「結構……時間がかかる」
《30秒ぐらいかかります》
なるほど、こんな便利グッズがあるなら先輩たちも戦いながらこれで逃げてしまえばいいと思っていた。
しかし、こんなポーズで敵の前で30秒もキープするのは、戦闘中は不可能だ。
その上魔法陣が滅茶苦茶光を放っていて目立つ。隠れながら逃げる事も難しいだろう。
とはいえ地面から立ち上る光は、自分とリーシャさんの全身を包み込もうとしていた。
もう少し……。
「グギャギャァ!」
「えっ!?」
全くの不意打ちだった。
背後から突然何者かに蹴りを入れられる。
転送は中断され、校章が手から離れ、地面に落ちる。
「ギャギャァ!」
この声は聞き覚えがある。
急いで体制を立て直し、腰の剣を抜く。
そこにはスケルトンセイバーが立っていた。
思い返すと、そういえば足元に骨が転がっていた。
ミノタウロスにやられたスケルトンだとは思っていたが、まだ生きていたとは。
迂闊だった。
先輩二人は完全にミノタウロスと戦っている。
この場は自分一人で切り抜けるしかない。
幸いさっきより自分はレベルも上がり、目も多少戦いに慣れてはいる。
こいつはしかも、ミノタウロスに一撃を入れられているはず。
なんとかなるかも……と思った考えは甘かった。
「グギャッ!」
「くっ!」
スケルトンセイバーの攻撃は、相変わらず重さが違う。
もう守っている場合でもないので盾を捨て、剣を両手で持って受け止めようとする。
しかし明らかに受けられない重さの攻撃になんとか太刀筋を変えつつ距離を取ろうとする。
スケルトンセイバーはその返す刀で、ブンと下から上に切り上げる。
右の頬が熱い。
液体の流れる感触の後、鋭い痛みがワンテンポ遅れて襲ってくる。
《まずいですね》
「やっぱきついな」
《勝ち目はかなり無さそうですが》
「まぁ勝ち目は……」
ハッとする。
そう、勝つのは難しい。
だがこの場合の勝つというのは、本当に相手を倒す事なのだろうか。
ミノタウロスは壁を壊してここに来た。
スケルトンに攻撃を与えるのは難しい。
しかし、攻撃を与えるのがスケルトンではないのであれば、このステータスでも……。
賭けだ。後から考えると非常に危険な賭けだった。
でも賭けに気づいた時には、もう既に走り出していた。
スケルトンセイバーは僕の攻撃に備える。
僕の選択したのは突き。
敵の攻撃を受けても仕方ない。どうせ相手の攻撃は受けられないなら躱すしかない。
スケルトンセイバーの剣をなんとか避けようとするも、脇腹に剣が当たる。
大丈夫、めっちゃ痛いが多分軽症だ。
僕はスケルトンセイバーの肋骨の隙間に剣を突き入れると、背中側の肋骨の隙間を通す。
そのままスケルトンセイバーごと後ろの壁に突き刺す。
本来、ここの力比べは勝てなかったはずだ。
「うおおぉぉっ!」
しかし火事場の馬鹿力と言うべきか、その時だけ僕はスケルトンセイバーに力比べで勝った。
スケルトンセイバーはまるで壁に画びょうで止められたポスターのように、剣で壁に貼り付けてやった。
「ギャギャギャァ!」
「うお、あぶなっ」
スケルトンセイバーはその場でばたばたと暴れる。
急いで距離を取ろうとするが、スケルトンセイバーは持っていた剣をこちらに投げつけた。
間一髪避ける。セイバーの剣はすぐ自分の左を、風を切る音を発しながら飛んで行った。
勝ちだ。勝った。
《あっ》
「ん?」
ティンクルの声で後ろを振り返る。
そこには、投げられたスケルトンセイバーの剣によって、真っ二つにされたブロンズの校章があった。
「うわ、どうしよう」
《それまだ使えないですかね?》
念の為一応リーシャの近くで上に掲げて使ってはみるけど、何の反応もない。
まずいな。
サンドバル先輩も校章は持っているはずだが、明らかに取りに行ける雰囲気じゃない。
何より鎧の下にありそうだ。一旦脱ぐのを待ってもらえる状況には思えない。
こうなったら僕がなんとか単身で出口まで戻るしか……。
「けふっ……かふっ……」
リーシャさんが咳き込む。
呼吸が無い状態からむせる状態まで来たという事は、一応少しは回復しているようだ。
秘蔵の快三ポーションを使ったんだ。十数万の効果は出して貰わないと困る。
いや待てよ。
校章を持っている人が、ここにいるのは2人じゃない。3人だ。
見てみると、思った通りリーシャさんの腕にも校章が付いている。
「ちょっとすいません」
まだ意識の回復していないリーシャさんの腕から校章を引っ張る。
力を入れると簡単にブチっと取れた。取れやすい構造なんだろう。
これで転送が出来る。そう思った時だった。
「ごぉぁあん!」
ミノタウロスの渾身の強打がサンドバル先輩の盾を叩いた。
その時、それまで何度も攻撃を耐え忍んでいた盾が、音を立てて砕けた。
「ぐ……くそっ」
「サンドバル!」
サンドバル先輩は盾を投げ捨てると、槍を手に持ち攻撃をなんとか受ける。
しかしその場でなんとか耐えられていたさっきまでの均衡は完全に崩れている。
致命傷を負うのも時間の問題だ。
どうする、自分はもう武器も盾も無い。
どうせあったとしてもダメージが通らないまでも、何か出来たかもしれない……。
いや、違う。
武器はまだ、ある。
気づいた時には、体は動いていた。
リーシャ先輩が気絶していても握っていた弓を手に取り、矢の入った筒を強引にはぎ取る。
弓を射った事は生前も無かった。
また、父さんに教えてもらったことも無かった。
しかし、何故か外す予感はしなかった。
ブンブンと斧を振り回すミノタウロス。
体も左右に、上下に動いている。
普通は当たる気はしない。
でも、ここだろう。何故だか確信があった。
「ぐぉっ」
「おぉ?」
「やるねぇ!」
僕の放った一矢は、ミノタウロスの右目に深く刺さっていた。
これは僕の生前の才能ではない。
僕の転生後の特訓でもない。
レース君の、元々の素質があったのだろう。
「先輩こっち!」
「おう!」
サンドバル先輩が急いでこちらに駆けてくる。
ガラン先輩は、サンドバル先輩が離れたのを確認して何かを地面に投げた。
辺りに煙が漂う。煙幕か。
ミノタウロスは怒り狂いながら、目の矢を抜いた。
矢が刺さりはしたものの、失明どころか血が流れた様子もない。どうなってんだ。
「先輩これ任せます」
「分かった」
リーシャさんの校章をガラン先輩に手渡す。
先輩は高く校章を掲げる。
僕は筒に残った矢を番え、構える。
煙幕があるとはいえ、魔法陣は光を発する。
それにミノタウロスが気づく前に、僕はもう一矢放つ。
矢はミノタウロスの耳に直撃する。
絶対に脳まで貫通してそうに見える一撃だが、ダメージが入っているようには見えない。
それどころか完全に無視されているように見える。
敵はこちらに気づくと、猛ダッシュでこちらに来ようとする。
筒からもう1本矢を取り出す。
もう矢が無い。最後の1発だ。
すぐさま矢を番え、放つ。
先ほど矢を受けた右目ではなく、今度は矢が左目に命中する。
ミノタウロスの足がまた一瞬止まる。
魔法陣の光は肩まで来ている。
「ぐぉぁあああ!」
「させるかぁ!」
完全にブチ切れた敵は、目の前まで接近し、斧を振り上げる。
サンドバル先輩が槍を横に両手で持ち、真正面から斧を槍で受け止める。
槍がミシミシと悲鳴を上げる。
そして待ち望んだ次の瞬間。
4人は光に完全に包まれた。そして姿が消えた。
ミノタウロスの斧は何も無い空間を通り、地面に突き刺さる。
怒りが消えないミノタウロスは、哀れにも壁に貼り付けられていたスケルトンセイバーの頭を掴むと、腹いせに粉々にした。