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電子書籍化記念閑話:幸せになるために

 王太子の離婚から数か月。かつて王太子の婚約者候補筆頭だったマリエッテは、久しぶりに王宮へと足を運んだ。

 王族が私的な客をもてなす応接室で、テーブルを挟んで対面に座った王太子が気まずそうに眼を逸らす。マリエッテはそんな彼を無言で眺めていた。輝くような金髪。澄み切った空を思わせる瞳。名工が作り上げたと言っても信じてしまうほどに整った(かんばせ)。ずっと憧れていた人。彼の隣に並べるよう研鑽に励み、その努力は必ず報われると無邪気に信じていた幼い頃の自分を思い出し、マリエッテはため息をつきたくなった。しかし、淑女の矜持で微笑みを崩すことはない。


「済まなかった」

 目を伏せながら、王太子が小声で謝った。

「それは、何に対してでしょう?」

 マリエッテの問いに、王太子が顔を上げる。その青い瞳に見つめられ、胸の奥に澱固まっていた初恋の残渣が溶けだすように気がして、マリエッテは軽く唇を噛む。

「私が誤った選択をしてしまい、君の人生を狂わせてしまった」

「わたくしだけではありませんわ」

「そうだな。あの女が勝手に解雇した王宮の使用人たち。王太子妃のお気に入りだと増長した愚者たちに迷惑をかけられた人々。何より、どうあっても償いきれぬほど辛い境遇に追いやってしまったロンバウト。すべて私の愚かさ故だ」

「ロンバウト卿に関しては、わたくしの方が罪深い」

 初恋の人と結ばれ、助け合いながら国を治めていく。そんな未来を奪われた。そして、選ばれなかった女だと憐れみと嘲笑を受ける身となってしまった。それならば、もっと落ちてしまえばいい。王太子が罪悪感に囚われてしまうくらいに。決して捨てた哀れな女を忘れさせたりしない。マリエッテはそんな想いに囚われてロンバウトを選んでしまった。継ぐ爵位がない三男とはいえ、自らの努力で近衛騎士となり騎士爵を得たロンバウト。近衛最強と呼ばれた高潔な騎士。落ちるために選ぶような人ではなかった。それなのに彼の婚約者としての務めさえ果たせず、獣化した彼を拒否してしまった。マリエッテは許されるはずはないと感じていた。


「マリエッテ。私の妃となってもらえないだろうか?」

 長い沈黙の後、王太子が静かに求婚の言葉を口にした。そこには何の熱もない。部下の勧誘のようだとマリエッテは思う。

「わたくしには殿下を癒して差し上げることができません」

 それはマリエッテが王太子から告げられた別れの言葉だった。

「済まなかった。私が選ぶべきは王太子妃としての覚悟と資質を持つ者だった。私一人だけを癒やせる者ではない」

「わたくしは一生涯殿下を愛することはありません」

「君の努力を無下にしたのだ。今更愛されたいなどとは思っていない。ただ、共にこの国のために身を捧げてほしい」

「お受けいたします」

 決して幸せにならない。そして、王太子を幸せにしない。そんな決意を胸にマリエッタは王太子の後妻になることにした。

 こうして、王太子の再婚が決まった。


 それから一か月ほど経った頃、魔女に攫われロンバウトに助け出された少女が王都にやってくることになった。彼女はロンバウトの想い人だという。マリエッテは彼女を公爵家のタウンハウスに招待することにした。

 アニカという名の少女はキラキラとした目でロンバウトのことを語った。彼がどれほど高潔で優しく勇敢なのか。町の人々を日々助け、頼りにされているか。身体能力に優れ、信じられないほど強く、馬よりも早く走り、屋根よりも高く跳べるのか。

 ロンバウトほど素晴らしい人はいないと口にするアニカの頬は朱く染まっている。

 ロンバウトを見捨てた元婚約者を後悔させたいのだろうと、マリエッテにはアニカの意図がよく理解できた。しかし、マリエッテには後悔することさえ許されない。それより、ロンバウトを想う女性の存在が嬉しい。


「お願いがあるのです」

 無欲だったアニカが願いを口にした。マリエッテはできる限り叶えたいと思った。それがロンバウトへの贖罪になるかもしれないと。

「どうか王太子殿下と幸せになる努力をしてください」

 幸せになることなど絶対に許されない。マリエッテはそう思っていた。

「わたくしが幸せになってもいいのでしょうか?」

「当たり前です。だって、お二人が幸せでなかったら、国民を幸せにできないと思います」

 アニカが微笑む。とても可愛らしい笑顔だ。ロンバウトはそんな彼女の笑顔に癒されているに違いない。それは彼が不幸な境遇に負けず、騎士であり続けようと努力した結果だ。そう思うとマリエッテの目から涙がこぼれる。

 そして、自分も幸せになる努力をしてみようと思った。


本日(3/27)コミックシーモア、ピッコマで配信が開始されます。


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